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「…、い、おき…」
ゆさゆさと肩を揺らされて意識が浮上した。
とろん、と目を開けてみる。肌色。起きろ、と言われている気がする。ふにゃりと微笑んで、手を伸ばす。

「ん…ドイツはぐー…。」
「だれがジャガイモだこら!」
耳元で怒鳴られて、頬を力いっぱい引っ張られた。痛みで一気に目が覚める。

「いたたた!」
「寝ぼけてないでさっさと起きろ!」
怒鳴ったのは、ドイツでは、なく。
「…兄ちゃん…。」
「やっと起きたか…。」
朝飯、作ったから。さっさと食え。洗い物しろよ、俺は出かけるからな!そう言うだけ言って、兄はばたん、と部屋を出て行った。

「…ヴェ…。」
見回すと、当たり前、そう当たり前なんだけど、ドイツの家じゃ、ない。
布団へ顔をうずめても、するのはドイツの、清潔そうな匂いじゃなくて、兄ちゃんの太陽みたいな、匂い。
…違う、違うんだ。嫌なんじゃない。兄ちゃんと一緒に暮らすのは、やっぱり嬉しい。やっぱり、二人で『イタリア』、だから。一緒に過ごせるのは幸せなことだと、知っているから。
でも、やっぱり。

「…寂しいよ、ドイツ…。」
返事が返ってこないことが、余計に寂しくさせた。すん、と鼻を鳴らして、布団に顔を、うずめた。
それに。
ごそり、と胸に下げたネックレスに結んだ、袋を取り出す。
…中に入った鍵のかけら。…ドイツのそばにいないと、いけなかったのかな。やっぱり。もう。戻れない、のかな。
そう思うと、心が余計に重くなった。



…落ち込んでてもしょうがない。重い体を起こして、部屋に行って着替えていると、玄関のチャイムが鳴った。
「?」
誰だろ、と思いながら玄関へと向かう
「はあい?」
がちゃん、と開けると。

ふわ、と広がる甘い香り。

「…ヴェ?」
「…い、イタリア。」
おはよう、と言う、なんだかいつもより3割増しで怖い顔でにらんでくる、ドイツが、大きな花束を持って、立っていた。
「…おはよ…ど、どしたの?」
ドイツだ!というのは何よりうれしかったんだけど、なんか怒ってる?かも?と思うと飛びつけなくて、とりあえず尋ねる。
けれど、返ってきたのは、長い沈黙。で。
なんか、視線をうろつかせて、言葉を探してるみたいだったから待ってたんだけど、あまりに長くてドイツ?と声をかける。

「…最初は、赤い薔薇にしようかと思ったんだが、お前はもう俺の属国ではないから…お前の好みに合わせることにしたんだ。」
言われた言葉に、思い出す。別れの時の、会話。…ドイツが持っているのは、ヘリオトロープの花束だ。

「何の、話…?」
「…属国、では命令に聞こえてしまうと、思ったからな。独立させてから、と思って。…やっと、言える。」
…何を言ってるのか、わからない。目を閉じてしまって、表情からも何を考えているのかわからなくて。
「…ドイツ…?」
不安になって呼んだら、す、と目が開いた。
青い瞳に射抜かれて、動けなくなる。


「…世界で一番好きだ、イタリア。」


まっすぐすぎる言葉に、何も言えなくなった。何も、考えられなく、なって。時間が、止まる。
「…やはり、迷惑、だったか?…すまない。」
うつむいてしまったドイツが何か言っているけれど、聞こえない。
ただ、その内容が嬉しくて。もう他に何もいらないくらい大好きで!
涙で視界がゆがむ中、彼に駆け寄って、力いっぱい抱きしめた!


「ドイツ、大好き…!」


目を閉じて、叫んで抱きついたら、きん、と小さな金属がぶつかるような音と。


扉が開く、音がした、気がした。