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「おじゃましまーす…。」

そっと、足を踏み入れる。
中央に置かれた大きなグランドピアノ。…変わらないなって、思って少し、うれしくなった。
「どうかしました?」
「え、あ…お、大きいですね。」
「そうですかね?」
いいからこちらに。その声に、鍵盤の方に向かう。
かたり。蓋を開けるのを、眺めて。

「歌ってください。」
「は、へ!?」
うた、歌うって!
「あなたの歌が聞きたいです。」
いけませんか?すとんといすに座ってしまう彼に、え、でもあの、と口ごもる。

その間に細い指がとおん、と音を鳴らす。
…綺麗、な指、綺麗な音。
奏でるのは、さっきの、優しい恋の歌。
前奏が始められてしまうと、覚悟を決めるしかなくて。
背筋を伸ばして、息を吸い込んだ。


歌い終わり、ピアノの和音が消える。
はあ、緊張した、と息を吐いたら、ぱちぱち、と拍手が聞こえた。
「上手ですね。」
「え、や、…ありがとうございます…」
頬を赤くしながら、照れてえへへ、と笑う。
すると、彼は、ぱち、と驚いたように瞬いて。
「え、と?」
何ですか?と首を傾げると、彼はふ、と優しく笑った。


「もっと、笑ってください。」
あなたのその顔が見たいです。優しい笑顔に、目を丸くして。


そういえば、あんまり、笑ってなかったかもしれない。気にしてたの、かな?
「…はい。」
にこ、と笑ってみせると、彼はほっとしたようにため息をついて。
「それに、笑顔の方がかわいらしく見えますよ。」
「!」
かわいいって言われた!
不意打ちにかあっと頬が赤くなった。


掃除の途中ですので失礼します!と部屋を逃げ出すと、からん、と金属が落ちる音。
何、と見ると、それは。
「…あ。」




『鍵のかけら』を手にいれた!


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