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「忙しいでしょう?後でじっくり聞きます。」
それになんかちょっと怖いんで。そう笑ってみせると、そうですか。と彼はうなずいた。
「わかりました。では、そうですね、夕食の後で。ゆっくり話したいので。」
「はい。」
では。と玄関に向かう彼を見送るために、とりあえず頭巾をはずした。


夕食の後、座ってください、と椅子を示されて、ハイ、と座った。
居心地が悪い。…すっごい緊張、する。
「ええと、それで、話なんですが。」
「は、はい!」


「縁談がきました。」
「……は、い……?」


「…だれ、の、ですか?」
思わずそう尋ねると、私のです。とさらり。
「は……?」
「まあ、政治的な観点が大きいんですが。」
そんなに驚くことでしょうか。首をかしげる彼。
「あまり強い国とはいえませんから。婚姻と同盟と。そういったことで国を強化していくのはあたりまえのことでしょう?」
…ああ、このひとにとっては、そういうこと、なんだ。婚姻って。
でも、昔。彼は、そう。私とも。…でも、けど、だって。
「ハンガリー…?」
不思議そうな声に、指を握り込んでぎゅ、と手のひらに爪を立てて。
仕方ないことなんだ。きっと。
「それと同時に、あなたの独立、も考えているのですが…。」

ああ、そうやって。彼は。私じゃない他の人と。
…暮らすんだ。


「…いや、です。」
「はい?」
「嫌、です…っ!」

いやだ、やだ、やだ。
それなら今のままでいい。ずっとずっと、このままでいい。
彼の隣に、一番近くにいたい。
それ以外は望まないから。
視界がにじむ。息が切れる。しゃくりあげたら、ぽろ、と涙がこぼれた。

「嫌です…っ!!」
でもそれを言うことはできない。
だからいや、いやと首を横に振ることしかできなくて。
「い、や…」


不意にふわり、と風を感じた。
瞬間、体を包む熱。

「…っ!」
「…わかりました。」
冷静な声に、自分が彼に抱きしめられていることに気づいて、体が硬直した。
何、何で?
何で、そんなに優しくするんですか、オーストリアさん……!


「縁談は、断ります。」
「、え、」
「もともとあまり気乗りはしていなかったので。…あなたの言葉で吹っ切れました。」
ありがとうございます、って、でも、それ大丈夫なのかな…?
「大丈夫です。」
心を読みとられたような一言に、ぎく、と体が震えた。
「心配しなくても大丈夫です。うまくやります。」
だからあなたは、笑っていてください。お願いします。


…優しい言葉と、頭を撫でる、少し、緊張したような手つき。
そうっと、頭を肩に預けてみる。より深く抱きしめられて。
…ねえ、オーストリアさん。どうして、抱きしめてくれるんですか?
泣きやませたいから?それとも。…私のこと、ああだめ、期待してしまう。彼は優しいから、きっとそれだけのことなのに。
私のこと好きですか、なんて、聞けるわけもないし。ああ、甘い期待なんてさせないで!


でも、その、涙の出そうなくらい優しい感触に。

…このまま時間が止まればいいのにと思った。


かつん、金属製のなにかが、落ちる音がする。



『鍵のかけら』を手にいれた!



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