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「どうぞ。」
コーヒーを入れて出せば、ありがとうございます、と言いながら本を閉じる彼。
…えっと。どうしようか。
いつもなら、二人分。私も一緒に飲むから、カップを持ってソファに腰掛けるのだけれど。
…当然、使い慣れたカップはなくて、それがかなりショック、で。
ここは私の知ってる場所じゃない。そうはっきり言い渡された気がした。

…昔は、オーストリアさんのところで働いていたこともあるから、仕事はわかってる、けど。
こういうとき、どうしてたっけ?

考えてたけれど、思い出せないし、ただ突っ立ってても邪魔よね、と掃除してきます。と声をかけ、おじぎをしてから足を踏み出そうとして。

あ。そうだ、思い出した。
たしか。こうやって部屋から出ていこうとして。(言い訳台詞が一字一句一緒だ。成長してないなあ…)そこで、呼び止められて。

「ああ、待ちなさい。…次からは、あなたの分も用意してください。」
一人で休憩しても、退屈なので。


思い出した言葉と、まったく同じセリフが聞こえて、一瞬、幻聴だと思った。
けれど、ハンガリー?と訝しむ声が聞こえ、はっと振り返る。
見つめる、アメジスト。どくどくと心臓が、音を立てる。
「…嫌なら強要はしませんが。」
少し固い声に慌てる。
「えっ、や、その、嫌とかそんなん、じゃなくて、かっ、そうカップがないな、と…」
お客様用は使ってはいけないでしょうから、と笑ってみせると、なら、買いに行きましょう。とさらりと言われた。
「は、い?」
「明日、買いに行きましょう。どちらにせよ貴女が必要なものは買いに行くつもりでしたし。いいですね?」
「…は、い。」
何とか、答えて。そうしたら、彼は口元をゆるませた。
「きっと貴女には、青が似合います。」
「!!」

一礼だけして、逃げ出すように部屋を取びだした。掃除をしないと。それからえーと。仕事を必死で考える。
そうしないと、泣き出してしまいそうだった。
愛用していた、藍色の花の描かれたカップを、彼が買ってくれたそれを、思い出して。

廊下で息を整えて、立ち止まる。
と、いつのまにか、手になにか握っていたのに気づいた。
「…これ…?」
金属、だ。…なにかの、一片。はっと、あの扉の前で言われたことを思い出す。
「これが、鍵の欠片…?」



『鍵のかけら』を手にいれた!


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