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「…一曲だけですよ?」
そう釘を差して置いて、息を吸い込む。
どの曲にしようか。そうだな…そうだ。あれにしよう。小さく、うなずいて。
目を閉じて、ゆっくりとメロディを思い出しながら、歌う。


切ない恋の歌、だ。片想いの人を、想う歌。
好きで好きで仕方がなくて、けれど彼の隣に立つ自信がなくて。
気付いて気付いて、と想う心の裏側で、お願いだから気付かないでと想っている。
彼の幸せを願っているのに彼が他の人と楽しそうに話しているのを見ると心が騒いでしまう。
いっそ会わない方が幸せだったかもしれない。けれど、貴方に会った後の自分が、やっぱり好きで。
どうしたらいいのかわからない、貴方が好きで、おかしくなってしまいそう。
…そういう歌、だ。結局告白できないまま、彼は他の女の人とどこかへ旅立ってしまう。

まるで僕みたい、と思って選んだんだけど、つい泣きそうな気分になってしまう。
好きで好きで、おかしくなってしまいそう。それほど彼を想う、彼女の気持ちはとてもよく、わかるから。
サビの繰り返しを歌っていると、低い声が、同じメロディをつむぎだした。
見ると、壁にもたれかかったフランスさんが歌っていて。
綺麗な声。甘くて、切ないラブソングを感情を込めて歌い上げる。
やっぱり僕よりずっと上手、だ。なのに、口を閉ざそうとしたら、フランスさんがこっちを見るから。続けて、と言わんばかりに。だから、諦めて、目を閉じて、歌う。

想う彼、は私に、僕にわかれを告げて。それを見送ることしかできなくて。
彼の乗った列車が遠くなる。それを見ながら、愛してる、と言えなかった言葉を呟いて。

最後の一音で息をはききって、ふう、と肩を下ろすと、ほんとにうまいな。と彼の声。
「そんなことないですよ…。」
後半なんて、フランスさんの歌に負けてほとんど声出てなかったし。上手だって、と褒める彼に、困って眉を寄せる。
「カナダがこんなに歌上手だったなんて…もっと早くに知りたかったなあ。損した。」
「…もっと早くに知ってたら、どうしたんですか?」
疑問に思って聞いたら、そりゃあ、毎晩歌ってもらったり?って…よかった…今まで歌ってなくて…毎晩なんてそんなの、困る。
「…そういう意味、ってことにしとこうか。」
何故か複雑そうな笑顔を浮かべたフランスさんに、首を傾げた。

上手な歌のお礼においしいもの作ってあげるよ、それ、終わらせておいで、と彼に言われて、洗濯物干してた途中だったことを思い出した。
「そういえばフランスさん、仕事は?」
「いろいろあって今日はなくなっちゃった。あ。そうだ、外で食べるか!いい天気だし。庭にシート引いてさ。どう?」
「賛成です!」
わあ!と歓声を上げると、じゃあ、張り切って作ってこないと!と腕まくりする彼。
「じゃあ、お昼を楽しみに、できあがるまでに干しときます!」
「ああ!」
笑って、キッチンへと入っていく彼を見ながら、小さく、さっきの歌の最後の歌詞を、呟いた。

「Je t'aime.」
…本人に言う勇気がないのは、僕も一緒、かな。
そう苦笑して、さて、洗濯物を、と籠を見て、中に何か光るものを、見つけた。



『鍵のかけら』を手に入れた!



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