フランスさんのところに仕事に行ったら、イタリアくんの様子を説明されて、 「もしよかったら様子見に行ってやってくれないか?お兄さん今からマイハニーとデートでさぁ。」 と言われたので、はあ、いいですよ。と来てみたのはいいものの。 「…イタリアくん?留守ですか?」 声をかけても返事はなし。 …留守だろうか。まあ、仕事ということもあるし。 手紙でも置いて帰りますかね。そう思ったところで、ふと。音に気がついた。 ピーと、高い音。まるで、ヤカンが鳴っているような。 それは、明らかにイタリアの家の中から聞こえていて。 「…イタリアくん?いるんですか?」 そっとドアを開けてみると、やっぱり、中からだ。音が大きく聞こえる。 失礼します、と断ってから、中に入る。こんな泥棒じみたことはしたくないが、火事などになったら危ないし。 キッチンにつくと、やはりヤカンが火にかけっぱなしで。 危ないな、と止めにキッチンに足を踏み入れかけて。 足に、何かあたった。 見下ろすと、そこに倒れ込む人影。 「!イタリアくん!」 慌ててイタリアくんを寝室に運び、火を止めて、熱を計ったり氷枕を作ったりしていると、オーストリアさんがやってきた。 事情を説明すると、オーストリアさんは、イタリアが熱を出すような要因は最近とくには無かったと思いますが…と呟いてから、あ。と顔を上げた。 「ありました。」 「何ですか?」 「知恵熱です。」 「…はい?」 思わず聞き返すと、オーストリアさんは深くため息をついて。 「どうせ、ドイツに告白されて、それについて深く考えすぎたんでしょう。」 「あれ、オーストリアさんも知ってるんですか?」 「ええ。ドイツから。日本は?」 「私は、イタリアくんから話をきいた、フランスさんから。」 そこで、ちょうどいいので知っていることを話し合うと、なんとなく、話の全貌が見えてきた。 「…まったく、二人そろって不器用なんですから…」 「…とりあえず、後は本人にどうにかしていただきましょうか。」 日本は、イタリアの家の電話を取って、かけはじめた。 「…あ、ドイツさんですか?…はい。あの、実は…」 日本の電話に、慌てて飛んでくると、日本は、熱が出ただけのようです、明日になれば治るでしょう、と言って、では私はこれで、と帰って行った。 …久しぶりの、イタリアの家。 とうの家主は寝込んでいるから、勝手に入っているが、まあ、仕方がない。 ベッドで眠るイタリアの髪を払う。…どうして、気づけなかったんだろう。さっきまで一緒にいたのに。倒れるほど、熱を出していたなんて。全然知らなかった。 「…何が、恋人だ。」 小さく呟いて、水を換えよう、とボールを手に取る。 まだ、冷たかったが、これ以上イタリアのそばにいたら、自責の念で、感情が制御できなくなりそうだった。 のどが渇いた。そう思って、目を開ける。 見慣れた天井が見えて、あれ、ここ寝室だ。と気がついた。いつ移動してきたんだっけ?首を傾げるが、覚えがない。 起きあがると、ぱさり、と額から何か落ちた。…濡れたタオルだ。 「ヴェ?」 また首をかしげる。 すると、サイドテーブルに折りたたまれた紙が乗っているのに気がついた。 かさ、と開くと、それは手紙で、きれいな字で、勝手に入ったことへのお詫びや、疲れて熱が出たようなので、ゆっくり休んでください、というようなことが書いてあった。 最後に、日本の名前が書いてあって、ああ、迷惑かけちゃったな、とちょっと後悔。ちゃんとお礼言わなきゃ。 それから、ゆっくり立ち上がって(ちょっとふらつくけど大丈夫。)、水水、とキッチンへ向かった。 キッチンの方へ向かうと、リビングに誰かいるのに気がついた。 「…日本?」 まだいるのかな、とのぞくと、そこには。 「…ドイ、ツ?」 他でもないイタリアの声がして、振り返ると、いつもより少し顔の赤いイタリアが立っていた。 起きたのか、と呟くと、こくん、とうなずいて、どうした?と聞くと、あの、水、と言うから、ああ、とすぐに水をコップに入れて渡してやった。 それをすぐに飲み干すから、コップを取ろうと手を伸ばしたら、びくっと、ああ、ほら。また。 怯えたイタリアに、胸がずきん、と痛んで、コップ、と言ったら、あ、ごめん、と渡された。 …やっぱり、間違いないんだろう。イタリアは、俺のことが好きじゃないんだろう。 そう、確信して、苦笑いしながら、コップをテーブルにおいて、息を吸った。 「…イタリア。」 そして、その言葉を口に出す。 「…別れようか。」 冷水をあびせられたような、感じがした。 「……どうし、て?」 「イタリアは、俺のこと、」 恋人として、好きなんじゃないんだろう? どうして、そんなことを言うのかわからなかった。なんで。どうして。 「どうして、そんなこと言うの?」 気づいたら声に出ていた。でも、本当にわからなかったから、知りたくて。 そうしたら、ドイツは、何故か笑って、それから、俺のこと避けるくらい嫌いなくせに、よく言う、と言われた。 「さ、避けてなんか、」 「ないって言えるのか?」 …言えない。避けてたのは、本当。だって、胸が痛くなるから。 黙っていると、ほら、とドイツは見ているこっちが悲しくなるような笑みを浮かべた。 けど、とかだって、とか、言葉が頭に浮かんでは消える。何を言っていいのかわからない。 わからない。だって、俺、好きなのに。ドイツのこと、好きなのに。なのに、なんで。別れなきゃいけないの?嫌だ。でも、何も言えない。どうしたら、いいの。 呼吸が浅くなる。頭が痛い。 「…だから。」 別れよう、イタリア。 そう言って、背を向けたドイツに、駆け寄ろうとしたら、ぐにゃ、と視界がゆがんだ。 どさ、と言う音を聞いて振り返ると、イタリアが倒れこんでいた。 「大丈夫か!?」 慌てて駆け寄ると、息が荒い。また、熱が上がってきたのかもしれない。 直前までしていた別れ話のことが、瞬間吹き飛んだ。イタリアの体の方が大事だ。 とりあえず寝室へ戻した方がいいな、と体を寄せると、いきなりイタリアが首にしがみついてきた。 「う、わっ!?」 突然のことに、対応できずに、しりもちをついて、両肘を後ろについて、頭を床に強打することだけは阻止する。 「い、イタリア?」 呼んでも、返事はなかった。 その代わり、イタリアが顔をうずめている首に、水滴が、降ってきた。 「…泣いて、るのか?」 「…だ。」 何か、小さな呟きが聞こえた。けれど、聞き取れるものではなくて、え?と聞き返すと、イタリアが顔を上げた。 その大きな瞳から、ぼろぼろ涙を流して、イタリアは泣いていた。 間近で、その瞳を見て、綺麗だ、と思ってしまった。 「…やだ、」 「…何?」 やっと聞き取れた言葉も、何のことを指すのかわからなくて、眉を寄せると、イタリアは、手のひらで涙をぬぐいながら、やだ、やだと繰り返す。 「イタリア?」 「やだ…っ別れる、なんて、言わないで…っ」 「!」 思わず、息を飲んだ。 「…どう、して?」 おそるおそる尋ねると、ひく、と泣きながら、だって、俺、ドイツのこと、嫌いじゃ、ないもんと、言った。嫌いじゃない、と、そう、確かに言った! それだけで、狂喜しそうになる心を押しとどめて、あのね、と続くイタリアの言葉を聞く。 「さ、避けてた、のは、ほんと、だけど、だって、胸が、痛くなるから、そばにいれなくて…っ!」 だけど、ドイツに会えなくても胸が痛くて、けど、ドイツに会っても、胸が痛むし、もう、何が何だかわからなくて、 そう言って、泣くイタリアを、呆然として、見る。 「お、俺、どうしたらいい?」 聞かれても、わからない。 ただ。一つだけ、わかった。 「…同じ、だな。」 呟いて、ゆっくりと目を閉じる。 「う、ヴェ?」 「俺も、同じだ。…おまえのことを考えると、胸が痛い。」 会えないときはイタリアに会いたい、と胸がしめつけられ、会っているときは心臓がどきどきいって、痛い。 「きっと、これが恋、なんだ、ろうな。たぶん。」 「…あいまい、だね。」 「仕方ないだろう。初めてなんだから。」 そうだ。俺もイタリアも、初めてだから。 この気持ちがなんなのか、どう処理していいのか、わからなかったのだ。 …わからなかっただけで、同じ気持ち、だったんだ。 お互いが、好きで好きで、それで悩んでいたんだ。 俺は、イタリアのことが好きだし、 イタリアは、そう、イタリアも、俺のことを好きだったんだ! ただ、その気持ちの扱い方がわからなかっただけだったんだ。 そう思ったら、何だか、あれだけ悩んでいた自分が馬鹿みたいに思えてきて、笑いがこみ上げてくる。 肩を震わせて笑っていると、ど、ドイツ、何笑ってるの、なんていいながら、つられたのかイタリアまで笑い出して。 「お、おまえだって、っく、笑ってる、じゃないか!」 「だ、だって、ドイツ、が、笑うから、っははは!」 腹筋が痛くなるまで笑って、はあ、と息をつく。笑いすぎて息が苦しい。 見上げると、同じように笑顔でおなか痛い〜と荒い息を吐くイタリアの目に、涙が溜まっているのが見えて。 手を伸ばして、ぬぐうと、大きな茶色の瞳と目があった。 伸ばしている手で、頬を包むと、それに擦り寄るイタリアが、愛しくて。 「好きだ、イタリア。」 告白したときより、ずっとなめらかに言葉が出た。自然に零れ落ちた、言葉。嘘偽りも他の考えも何も無い、言葉。こんな優しい声を自分が出せる、ということに驚いた。 ドイツの、聞いたことないくらいの優しい声を聞いて、なんだか胸がいっぱいになった。 「…俺も、好きだよ、ドイツが好き。」 そっとそう言って、それから、ぎゅう、と抱きついた。ドイツは、体を起こして、それから、抱きしめてくれて。つむじにキスが、落ちてくる。それが、うれしくて仕方が無い。 顔を上げると、ドイツの蒼い目が優しく細められて。 言葉なんて、いらなかった。ただ、目を閉じて。 どちらからともなく、キスをした。 「まったく…人騒がせな二人ですね」 やれやれ、とため息をついたオーストリアに、日本はくすくす笑う。 「まあまあ。平和に終わったんですから」 「それはそうなんですが…あの二人を見ていると、初心者のワルツを見ているような気分になりますよ。」 くるくるり、うまく回ることさえできない、不器用な二人。 ぎこちなくて、危なっかしくて見ていられなくて。 ああ、なるほど、そう感じるのか、と思いながら入れてもらったコーヒーを飲む。 「…ほんと、見ていられないんですけどねぇ。」 どうしてこう手出ししてしまうんでしょうね。やれやれ、と苦笑するオーストリアに、日本はきっと、とつぶやく。 「きっと、年若い友人に、幸せでいてほしいからですよ。」 …なるほど、と笑って。オーストリアは、ため息をついてコーヒーを口に運んだ。 「少しは、うまく踊れるようになってくれるといいんですが。」 「ふふふ、大丈夫ですよ。あの二人なら。」 前へ 戻る |