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イタリアを好きだ、と自覚したのは、あの是非とも忘れてしまいたい二月の十四日のこと。
俺が勘違いしたのが悪かったのだが、あれから、どうにもイタリアだけが輝いて見えるようになってしまったのだ。

日本にそう言ったら、ああ、それは恋ですね、とさらっと言われてしまって。
告白、なさらないんですか。そう聞かれても、一度失敗した身。もう一度あれを繰り返せ、と言われてもなかなか難しくて。

それでも、覚悟を本当にがんばって決めて。
どもりながら、イタリアが、好きだ、と伝えた。ようやくだ!悩みに悩んで、何度も機会をうかがって、ようやく言えたのだ!
それに対して、イタリアは。
こっちの思いも知らないで、あっさりと、実にあっさりと俺も好きだよ、と言った。

あまりにあっさりしすぎていて、それはどういう意味でだと聞いたら、ドイツとおんなじ。と言ってきたので、まあいいか、と思っていた。

「いいじゃないですか。それなら。」
平然としたオーストリアの言葉に、いや、続きが問題なんだ、と呟く。
「はいはい、聞きましょう?」
仕方のない子ですね。そう、笑うオーストリアが、なんだか悔しくて、それでも何もできなくて、はああ、とため息。

付き合い始めたのはいい。
ただ、何故か、おかしかった。
抱きしめようとしても怯えるし、二人きりになるのも嫌がるし。ハグーキスーとやってくるのはいつも通りなのに、す、と腰に手を回したりすると、逃げられる。
おかしい、と思った。だってマニュアル通りにしているのに。
そしてふと不安がよぎる。

もしかして、イタリアの言葉は、友達としての好きだったのか?

一度思いついてしまったら、抜けない疑惑。そうだ、だから、イタリアは、あんなにあっさりと。好きだ、と言ったのではないか。

「ああ。ありえますね。あの子お馬鹿ですから。何にも考えないで好きって言った可能性はありますよ」
「ぐ、う…」
あっさりすぎる言葉に、なんにも言えなくなる。
不安が確信に変わって、胸がしめつけられる。
「…けれど、ドイツ」
コーヒーを口に運んで、オーストリアは微笑んだ。何がおかしいのか、と眉を寄せる。
「それは、憶測でしかないでしょう?」
「…それは、」
確かに、そうだが。小さく、呟く。
「人の心なんて、予測できません。本人に聞いてみなければわかりませんよ。」
とくにイタリアは。考えていることなんか、わかったことなんかないでしょう?
くす、と笑ったオーストリアの言葉に、そういえばそうだな、と思った。
そうだ。一度も。たったの一度だって。イタリアの考えていたことなんか、わかったことなど、なかった。
「ちゃんと、本人と話をしなさい。」
「……ああ。」
そうだな、と頷いた。

頷いた、のはいいが、自分から聞く勇気が、どうしても、ない。
おまえの好き、は、恋愛感情なのか、それとも。
そう尋ねるだけだ。それだけが、なかなかできない。もし、それとも、のほうだったら。
そう思うと、不安で仕方ない。

気づいたら、イタリアを避けるようになっていた。それに敏感に気がついたのか、イタリアも、会ってもハグやキスを求めてくることはなくなって。
やはり、思った通りだったのか。
それで、俺の気持ちに気がついて、避け始めたのか。

早合点してはいけませんよ、とオーストリアには言われたが、これはもう、それ以外にないだろう。

仕事が終わるとそそくさと帰って行くイタリアを見送って、ソファに倒れ込んだ。
いつもなら、ドイツ晩ご飯何食べたい〜?といつのまにかキッチンに立っていたりしたのに。なのに。
人気のない部屋に、はああ、とため息をつく。
「…イタリア。」
呼ぶと、胸が苦しくなった。息が苦しい。

好きだ、と告げてから、より一層、こういうことが増えた。どうにもならない、痛み。イタリアがいるときは、そんなに大したことはないのだが。いるときは、代わりに、心臓が痛いくらいに高鳴りだす。

息を吐いて、天井を見上げた。
このままじゃダメだ。そんなことはわかっている。
けれど、もしイタリアに拒否されたら。
「…生きていけなくなりそうだな…」
呟いて、思わず苦笑した。
軍事大国だったはずの俺が、たった一人の言葉に怯えている。まるで、その返事だけで、この身が消滅してしまうみたいに。そんなはずは、ないのに。

「…イタリア…」

いつのまに、こんなに生活に、心に、入り込んでいたのだろう。もしこれが計算ずくだったとしたら、完敗だ。…まあイタリアに限ってそんなわけがないのだが。

起きていても、不毛なことしか考えなさそうなので、眠ってしまおうとそのまま目を閉じた。食事をとる気にもなれない。
けれど、眠気は訪れなくて。ここ数日、ずっとそうだ。はあ、とまた息を吐く。

そのとき、電話のベルが鳴った。


「…はい。…ああ、日本か?どうした?……は?イタリアが寝込んだ!?」





ドイツとは、ずっと一緒にいたから。
それでかな、と思ってたけど、俺にとってはいつのまにか、特別な人になっていた。日本みたいな仲間、な感じじゃなくて、兄ちゃんやじいちゃんみたいな家族、とも違って、きっと、これが恋、なのかなぁって漠然と思ってた。

ドイツに好きって言われた。(さすがにそれが、友達として、じゃないことはわかった。だってドイツ見たことないくらいすごく必死だったから。)
わあ、俺と一緒なんだって思うとなんだかうれしくて、俺も好きだよって言った。
そうしたら、どういう意味でだ、と聞かれたから、ドイツと同じ、って答えたら、そうか、となんか納得いかなそうな顔をしていた。

「なんでだと思う?フランス兄ちゃん」
首を傾げて聞くと、そりゃあおまえが…いやいや、とフランス兄ちゃんは苦笑して。
「で?話はそれで終わりじゃないんだろ?」
フランス兄ちゃんの言葉にうなずいて、それでね、と続ける。

家に帰って、ベッドに裸でもぐりこんで、わぁ、もしかして俺、ドイツと恋人になった?とか思ったときから、体がおかしくなった。
ドイツのことを考えると、胸がきゅう、と痛むのだ。
それだけじゃない、ドイツの近くにいるだけで、胸が苦しくて。
それは、なんか、ドイツがあのヴァレンティーノのときみたいに、変に優しくしたり、やたらと触れてきたりする怒り方をしてるからかなと(怒り方って、イタリア…ヴェ?な、なんかおかしい?兄ちゃん。…いや、いい。続けろ)思ってたんだけど、なんかそれだけじゃないみたいで、心臓が変になったみたいでどきどきして、ドイツのそばにいてられないの。

「俺、変なのかな?」
尋ねると、フランス兄ちゃんは、はああ、とため息をついて、イタリア、それそのままドイツに言ってみろ、と言われた。
「ヴェ?」
「あー…でもあいつも愛とか恋とかわかってなさそうだしな…」
まさか、イタリアにこんなこと相談される日が来るとはなあ。しみじみとそう言って、フランス兄ちゃんはまたため息。
それから。
「あのな、イタリア。」

それは、おまえがドイツのことをこの上なく愛しているという証拠だ。


フランス兄ちゃんにそう言われてから、余計にドイツのこと気になっちゃって、挨拶のハグとかキスもできなくなっちゃった。心臓がどきどきして、破裂しそうで、ドイツのそばにいれなくなる。

いつもなら、ドイツと仕事のときは、そのまま居座ってご飯作ったり泊まったりするんだけど、そんなことできそうにもなくて、帰ってきちゃった。

やかんに水を入れて火にかけながら、はああ、とため息。
けど、さっきまで一緒にいたせいか、一人がすごく寂しく感じて。
胸が、きゅうう、と、痛む。
「ドイツ…」
会いたいな。でも、会ったら、今度は心臓が痛くなって、そばにいれなくなる。
「…どうしたら、いいんだろ…」
会いたい、のに、会いたくない。
ドイツのこと考えるだけで、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
今、何してるかな。会いに行きたいな、ハグして、キスして。でも、しようとしたら、何でかすごい恥ずかしくなっちゃう。心臓だってどきどきいって。こんなの初めてで、どうしていいのかわからない。
「…ドイツ…」

ああ、名前を呼ぶだけで、どきどきする。考えすぎて頭は痛いし、どきどきするせいで体は熱いし、それになんだか、くらくら、す、る…


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