.

…最初、なんて言われたのかと、思った。
ぽかんと見上げていたら、だんだん、イタリアの顔が真っ赤になって。
「や、私、ご、ごめんなさ、な何言ってるんだろ、」
すとん、と座り込んで、あ。泣きそう。大きな琥珀が、うるんで。
「…私、こんなこと、言うつもり、じゃなくて、でも、その、」
…それは、やっぱり、俺のことなんか嫌いだということ?
でも、そうは見えない。彼女の表情は、そうは言っていない。言い方を失敗した、それだけ、に見える。
それが俺のフィルターでない、自信はないけれど。

彼女が好きで好きで、本当にたまらなくて。
気づいたら、買っていたそれを、鞄の奥底に忍ばせて、今日を迎えた。
聞こう、と思っていた。怖いけれどもう聞くしかなくて。
これ以上、彼女と今のまま、会うのは、限界だった。
抱きしめたい。キスしたい。それ以上も。彼女が、大学の友人たちと楽しげに歩いているのを見ただけで嫉妬にかられてしまうくらいに。
そばにいたい、一緒にいたい。ずっと、ずっと!

だから、聞くと決めたんだ。
俺のことをどう思っているのか、と。
先に聞くのは卑怯だとわかっていたけれど、言うのは、もっと怖くて。だから。
聞いた。その返事が、『結婚してください。』
…これは、期待して、いい、のか?まだ、不安で。
けれど、ああ、もう、本当に、目尻にたまっていく涙。前に映画館でも、拭ってあげたいと思った、それに。
悩むよりも先に、手が伸びた。

目尻に触れると、驚いたようにあがる顔。その衝撃でぽろ、と涙がこぼれ落ちて。
ああ、愛しい。思いが、あふれる。
「答えは、もちろん、はい、と。」
答えたいところだが。そう続けると、傷ついたようにくしゃ、と顔が歪んだ。…俺に、いい返事をしてほしいと思っている、ってことだよな。
俺に好意を、少なからず持ってくれてるって、ああもう、疑うのはやめた信じる!というかもう我慢の限界だ!

鞄の奥底にしまったそれに手を伸ばし、片手で開く。中身だけを取り出して。
「今すぐ、というわけにはいかないから。…大学卒業してから、でないと。社長にクビにされそうだからな。」
だから。そう言いながら、その小さくて細い手をとる。
言っていることがわからないのか、彼女は、え、え?と困惑した表情で。
その手に、左手に、手に隠し持ったそれを、つける。

薬指に、指輪を。

「えっ…?」
「予約。…俺と、結婚を前提に、おつきあいしてください。」
真剣にそう言うと、彼女は目をまんまるにして。それからうつむいて。

小さく、それでもしっかりと、はい、と答えてくれた。







パソコンのデータを片付けていて見つけたのは、携帯から転送した、一枚の写真。

「…うわ…。」
思わず整理の手を止めて、見入る。

二人で映った、写真。イタリアの手がのびている、ってことは、彼女が撮ったんだろう。そうだ、思い出した。記念に一枚!って。
自分の引きつった笑顔!なれないんだ、写真。そう言って、でも彼女はうれしそうで。
…つきあうまえの話だ。一緒に、日本の喫茶店に初めていった、帰りに。
そう、しばらく待ち受けだったりしたなあ…すぐに、満面の笑顔の彼女の撮影に成功したから、そっちになったけど。
覚えている。甘酸っぱいというか、何やってたんだろうなあ、あのころは。
お見合い、で出会った彼女と、少しずつ、近づいていこうと必死で!

「今考えると、おかしいな…。」
「何が?」
後ろから声をかけられ、振り返る。湯気の立つマグカップを二つ持った、イタリアの姿。
「お片づけ進んでる〜?あれ。何?写真?」
「ああ。」
少し体をずらすと、画面をのぞきこんで、うわ、なつかしーと彼女は笑った。

「これ撮るとき、ほんとどきどきで、手震えてたんだよ?」
「そうだったのか?…気づかなかったな…こっちも必死だったから、な。」
笑いながらそう言えば、うん。必死だったよね。今ならわかる、と笑って言われた。
はい。と渡されるマグカップの中身は、ココアだ。
受け取って飲んでいると、膝の上に座ってくるイタリア。

「こら。」
「ダメ?」
「ここじゃ、だめだ。」
パソコンにこぼれたら危ないから。そう言えば、じゃあお片づけは休憩!と言われた。



リビングに移動して、ドイツの膝の上に座る。ぽすん、とぴったりサイズの体は、昔は子供っぽいなあって気にしてたけど、今はお気に入りだ。
だってこうやってひっついてられるから!

「まったく…抱きつき魔のくせに、よくあのころは我慢してたな?」
あきれたような声に、そうだよ、すっごい我慢してたんだから。と答える。
ほんとはちょっと、勇気がなかった、だけ。
あのころの私にとっては、ドイツはほんとに、大人の男の人!って感じで、近寄りづらい、っていうか、そんな感じがちょっとあったから。
頭をなでてくれる大きな手を知ってしまってからは、もったいなかったよなあって思うけど。

大好きなドイツ。その左手には、私の左手にあるのと同じ指輪。あのときのとは違う、けれど。
エンゲージ、でなくマリッジリング。私の姓も、彼の姓に変わって。
あれから、年月が経った。…いろいろあった。ほんとにいろいろ!

「…あの後が大変だったよねえ…。」
しみじみ言えば、そうだな、と声。
「社長と兄さんが喧嘩したり。」
「そうそう、婚約は解消です!って私たち巻き込まれただけじゃない!っていう!」
なんとかしてそれは阻止したけど。もう会社全体巻き込んでの大騒ぎになっちゃったけど。

「でも、怖くはなかったなあ。」
「俺もだ。」
振り返れば、青い瞳。優しいその色に、笑う。
そう、この色がすぐ近くにあったから。大丈夫だった。パパと喧嘩なんてめったにしなかったけど、彼と離されるのだけはイヤで、大喧嘩して。
この人がそばにいてくれるなら、なんでもできるって思った。隣にいてくれるだけで。もうほかになにもなくてもいいくらい、好きで好きで!
今まで生きてきて一番怖かったの、結婚してくださいって叫んだ直後だもん。ああ、嫌われたって、そう思ったあのときを乗り越えられたんだから、もう怖いものなんてなにもない!

「そういえば、またジンクス、効果あったらしいよ?」
「日本か?…ジンクス、な。」
日本が店長のあの喫茶店で、プロポーズしたら、幸せになれるって。一例はもちろん私たち!というかあのあとすっごい恥ずかしかったんだよね…ほかのお客さん全員こっち見てたもん…。

「ジンクス、で片付けてほしくないけどな。」
「そうだよね、努力しないと。」
幸せになるのはそれなりに大変なのだ。だけど、それを乗り越えれば、必ず、誰だって幸せになれるはず!


「ドイツ、大好き。」
「…俺もだ、イタリア。」
だって、私たち今こんなに幸せだもの!




Happy End!

前へ

戻る