詩集
夕日のように
1972〜1976(4)
戯唄蹴っとばすなら まずバスだな 雨が降ってきたというのに なかなかドアをあけないで 新聞よんでる運ちゃんのせいだ それでも ふしぎとそんな時 運ちゃん 安らかで ちらりとこちらを横目でみる 目にも 子供っぽい 優越感があって憎めない ああ おれにもそんな時が あるのかなと ふと思う 決まった仕事があるってことは 幸せなことなのかなと ふと思う でも蹴っとばすなら なんてったってバスだ おれたちを十分も 雨の中に待たせておいて 新聞読んでる 運ちゃんのせいだ
夕日のように夕日のように突然 心の暗闇を すみずみまで照らして またたくまに 色あせる想いがある ぼくはそれを ことばにしようとするが 広い原っぱのむこうに 白い旗となって 風にはためくばかりである
思想決して語られることのない 美しい思想 というものが あるだろうか さらさら流れる 秋の雲の下で そんな思想を抱いて 黙って微笑んでいる人が いるだろうか
夕べの想い語られることのなかった そしておそらくこれからも 語られることのないだろう 言葉たちの濃い靄の 沈む夕暮れの 淡い光の中では 世界は うっとりと 鳥の眼のように すきとおります 私は 坐っていればいい 涼しい森の視線を感じながら 語らねばならないと思っていた 言葉たちは実は 私のものではなかったのだ 今はただ濃い靄の中から 淡い光の渦の中から 霊妙にやさしく かたりかけてくるものの 何であるかを 私は 見定めればいい
出発出発の旗は 幾度となく風にはためきそして 幾度となく地にまみれた風は砂のように 輝きをなくした 頬を流れる 涙はいつもきまって 舌の悔恨から 喉の薄明へと姿をくらましたが……埃まみれの旗を今 涙の淵からひきずり出して ああどの空へ向けてかかげよう!青空はもう発熱しない 青樹はもう発汗しない青春ということばを ぼくはいつも背中の影にかくしてきた まるで初潮を恥じる少女のように けれど 青葉透かす日の光みちる 街路樹の下道に沿いながら ぼくはひっそりとたくらんでいたのだ ぼくだけに輝かしい出発を しかしぼくにみえたのは 巨大な白いビルの角を いつみてもゆるやかに曲がっていく 男たちの後姿だけだった今世界のどこに 輝くものがあるか きらめくものがあるかもう一度ぼくは生きることができるだろうか 出発の輝きのために ただそれだけのためにといえる 激しさで
噴水一面に霜の降りた 舗道の敷石の下はるか深い所に 一つの巨大な噴水がある しぶきに輝く虹もなく しぶきに濡れる花もなく しぶきを浴びる子供もいない ほの昏いピラミッドの中のような地下室で 噴水は規則的に形を変える 朝日に濡れる舗道の上に オーバーコートの襟を立てて 足早に通り過ぎようとする男が ふと立ちどまる時 形を変える噴水の 一瞬の静寂が プラタナスの裸の枝に みの虫のような 果実をむすぶ