詩集
夕日のように
1972〜1976(2)
少年少年の体は 風でてきている 薫るきめ細い皮膚もなく 華やぐ性の液体もない 少年の哀しみは 風にふかれている くらい血の影もなく 甘ずっばい果肉のような 涙もない 少年の死は 風にはこばれる 重い雲もなく 輝く太陽もない 五月の午后に
雨のパレード雨のしぶき光に濡れる まっ白なブーツのつま先が 黒光りするアスファルトにそり返る 柔らかいわきの下の外側で 激しく収縮する筋肉と 灰色の空 小太鼓の連打つづき 少女のふくらんだ胸に まき散らされる金のビブラート! 紅潮した頬を つめたく截る銀のフルート! 雨のしぶき髪に濡れる空に いっせいに蹴りあげられる 百の若い脚 遠ざかるほど匂う少女たちの夢
湖面湖面に 踊りあがった魚の 一瞬の輝きのうちに 空は 色あせる 友よ 君に語る何事かを ぼくはどうしても 思い出せない かぶりなれた帽子を なくした時のように 妙に首筋が寒いんだ 湖面に暗い風が立って 友よ ぼくはもう二度と語れない言葉を なくしてしまったようだ
時の広場真白な大理石を敷きつめた 時の広場で 大きく傾く私の「過去」 滑り台に遊ぶ子供たちのように 次から次へと 楽しげな悲鳴をあげながら ほの昏い砂場に 滑りおちていく 私の「悔い」
ぼくの孤独明るくすみずみまで照らされた ぼくの孤独の中で 暗い沈黙の彼方へ反転する歌がある 午后の波打ち際の 哀しいトレモロをひびかせ 夕ぐれの運河の静けさの中を 声を失った歌は低くとぶカモメのように ぼくは口びるかんで涙こらえる さようなら 美しかった日々よ これからは白墨のような時の爪先が 砂の風にさらされるのをみるばかり さようならぼくの孤独よ 口びるかんで耳傾ける 水無瀬川の川床に 輝く歌はいつ生まれるだろう
午后の天使たち氷の梢に咲く花の 黒ずんだ雲母のきらめきと どこをとっても卵のような 明るい曲線に縁どられた花弁 純白の馬車天に翔け去り 散乱する光の粉末の中で 高く首を吊る天使たちの 桜色のシュミーズが翻る どこまでも拡がるガラスの地平に 疾走する酢のようなもの 天使たちのふくらみかけた胸やきつくせ! まつげのような氷の梢に 咲く花散りつづき散りつづき まぶしい午后の光の中で 首を吊る天使たちの口びるへと とめどなく……
夢の時間夢の岸辺に 打ちあげられる セザンヌのリンゴ やさしい時間の輪郭を 明るくふちどり 閉ざされた果肉に つつみこまれる遠い青空 ──夢の腐蝕はいつからはじまったか 鹿の脚の形した寝台は 唾液のようになまあたたかい 海の水にうっとりと浮かび カモメの瞳 ほどの貝がおまえの閉じたうすいまぶたに 白い影をおとす ──やわらかくくずれるのは おまえの想い出ばかりではない 海の水をたっぷりふくんだ風が おまえの杏のようにすっぱい頬に 冷たいトゲを刺してゆくその時 おまえはみなければならぬ 夢よりさめようとしてなお 夢の中へと逆流する すきとおるおまえの後姿を
虹の烏たち虹の鳥たち 水銀色の はげしい差恥の予感におびえ 矩形の翼を 冷たいお尻の 造花のような穴にしまいこむ 森は 銅の扉で閉ざされ 川は 銀の網でおおわれた 虹の鳥たち 熱帯魚のように息をひそめ 風の形に変身する 流れ去る時の河底で
甲虫幻想黒い羊歯群生する 腐蝕土に光るキノコを 千の複眼に映して 甲虫は鉄の尻を 群青のステンドグラスの空に むき出しにする 固い羽根の下には ロココ風の薄羽根が たんねんにたたみ込まれているが 銀色の生殖器はまる見えである そのあたりから 虹の霧が立つと 森はいっせいに ひんやりと静まりかえる 空は砂のように乾いていて 白い濁った樹液ばかりが 甲虫の凶悪ののどをうるおす
雨いっせいにひらかれる 白いパラソル 一列にみどりのなかに 横に並んで 銀の雨脚を截る 少年の 青梅のような尻が はじけて 淡い水面に 虹の風が立つ ──おゝいそっちへ行っちゃいけない ──君の未来は知れている いっせいにとじられる 白いパラソル 黒い森の中へ消えてゆく 少年の貝のような足裏 と あとを追う 老いた犬の影