詩集

夕日のように

1972〜1976(1)


目次


ひややかな朝に

朝の思想

ブランデンブルグ

音楽

天使の一日

帆船疾走

哀歌1

哀歌2




ひややかな朝に

草の茎は青い傾斜を重ね

コオロギの声(ああそれは草原の潮騒!)

に耳傾ける朝

ひややかな風に頬なぶられながら

私は白い机に向かう



明日はいつかしら私の後方へ流れ去る

昨日もまた意味もなく蝕まれていくのだろう

蚕のようにささやかな音をたてながら

そして──

今日は何のための今日?



ひややかな風が

草の白い露をそっと滑らす朝

針の葉の間よりもれくる日の光も

冷たくするどく露に光る朝

私の白い机の上で

コオロギが一匹

青い血を吐いて息絶える






朝の思想


わたしの額に

うす緑色した朝の北風

乾いたチーズのような靴底に

果てのないアスファルト



もう戻ることはできないのだと

幾度繰り返すのかわたしの心よ



わたしの内部に

静かに熟成する怒りは 今

わたしの額に凝集し

うす緑色した北風吹く朝に

挑戦する





ブランデンブルグ


しなやかに伸びるビオラの旋律が

僕の心のちりめんじわを

一つ一つコテでもあてるように

のばしてくれた

ささいな生活の出来事の集積は

いつかしら僕の心を

のりづけしたようにこわばらせてしまっていた

おお ブランデンブルグ!

僕にはおまえの躍動が必要だった

子犬が柿の若葉の下で

思いっきり背をのばす

僕はレコードをとめ

五月の光の中へ歩いていく





音楽


明晰な朝の光が

銀色の楽器よりあふれ出る音楽の

一筋静かな秩序を

透かしてみせる



音は流れる

石で截りとられた一つの空間に

朝の樹木を拒否する白い空間に



おお森有正

あなたの太い十本の指と

短い二本の足によって

今日もあなたの精神は

空間と時間の中に昇華する







天使の一日


天使が爪をみがいている

白薔薇をちりばめた大理石の広場で



虹色の夕映えが透明に乱反射する

風の塔が立って

天使の爪が光っている

非常に遠い窓のように



天使は爪をみがきながら

時の瀑布を浴びている

水晶の帆船は遠ざかる

秋のように速やかに






帆船疾走


細くしなやかな鋼鉄のマストに

真青な紗の帆を張り

巨大なトライアングル打ちならし

レースのように泡立つ海へ出帆するとき

ガラスの花

透きとおる空に砕け

キラキラと散り輝き そして

突然の夜の訪れ

とともにカモメたちの

おびただしい産卵の血流れ

石榴のように割れる波間から

魚たちは金の背ビレひるがえし

船の影の底に

とめどなく落下してゆく

海のしずくに戦慄する

ああ打ちならせトライアングル!

疾走せよわが帆船!

羅針盤は回転し

すべては二重に見える遠い風景

正午の陽は銀河に輝き

風の塔

白い水平線に屹立する

打ちならせ打ちならせ

トライアングル!

その三角形の空間に

炎を孕むまで







哀歌1

蒼白の空の果てから

光の氷片はふりそそぎ

無数の蝶たちの乱舞はつづき

あなたは うなだれて

つめたい森を歩いている

まるで青い露虫のような息をして

虹色の鳥たちは

針の梢に交錯し

万華鏡の世界にひとすじ

あなたの憂いの銀の川が流れる

ああ 蒼ざめた樹木

蒼ざめた風 そしてそんなにも

蒼ざめたあなたの首筋

魚類のまぶたのように薄い皮膚

を透かして流れる静脈を

カミソリの爪で断ち切れば

澄み切った午后の空に

初潮のようににじみひろがる

あなたの悔恨

哀しみの明度を保つ

森の道森の川森の瞳

ほの昏い地の中に

無限小数のようにのびつづける

蘚苔類の菌糸のふるえとおののきとああ

アルビノーニの旋律も流れて

あなたのしわ一つない白い足裏が

無数の微少な巻貝たちを

かぎりなく踏みつぶしてゆくのに──




哀歌2


ふり返れば遠く霧のように

ミズキの花乱れる夜の舗道に

あなたのみずみずしく生まれ変わった悔恨が

無数の黒い蝶となって舞っている



  さよならといったのは

  あなたではない


あなたの背中にベッタリと張りついた

長い時計の針のふるえよ



星の驟雨を浴びて立つ水銀灯に

明るく照らし出されるあなたの白い足裏

に僕はやさしく口づける



  さよならといってとり残された?



駅の光の輪の中に

埃まみれの石膏像のように立つあなたに

遠く耳鳴りのように届けられるのは

ミズキの花のかすかな腐臭と

忘れかけた僕の悔恨

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