今月の言葉とコメント

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99/12

人間はもっとなまけて、茶をのんでくらしていたほうがいい。愚にもつかない話をしたり、昼寝をしたり、草ぼうぼうの庭にでて、かたつむりが木の幹を這うのをながめたり、働くよりはもうすこし実のある、するべきことがいくらでもある。(金子光晴)

★「日本人について」(『金子光晴全集11』)

☆日本人の働き過ぎは何度もやり玉が上がってきましたが、金子光晴は、働くよりはもうすこし実のあるするべきこと」として、「愚にもつかない話をする」「昼寝をする」「かたつむりをながめる」など、一見およそどうでもいい無意味なことを並べています。普通なら、「旅をする」とか「芸術を鑑賞する」とか「山にのぼる」とか、いかにも「意味ありげ」なことを列挙するところです。しかし、そういう「意味ありげ」なことを一生懸命やれば、結局「なまける」ことにはなりません。「なまける」ことは、なかなか難しい。だからこそ金子は「するべきこと」と言っているのでしょう。職員室で、同僚と「愚にもつかない話」をすることを無上の楽しみとしているぼくには、「うしろめたさ」を感じないですむ、とても励みになることばです。しかし、ぼくを励ますだけではなく、この言葉には、もっと深い意味があるのです。

祖国愛だとか、同士愛だとかいうあやしげな感動を、人間からなんとかしてなくしてしまえないものか。人間と人間を争わせるそうした優越や、差別の感情は、人間を陥れるほかないもののようである。

この文章の次に、前掲の文章が続くのです。「なまける」ことの本当の意味が深く納得されます。

99/11

下品をファッションにしてしまう要素は「脱力」にあるのではないか。いいものを着よう、目立とう、かっこよく着こなそうと、がんばりすぎるのが見えてしまうと、下品な服装は下品なままで終わってしまう。(実川元子)

★「極めれば『下品』もファッションだ!」毎日新聞1999年11月3日

☆「ロンドンブーツ」のファッションを論じたコラム。このあと、「だが、おもしろいからちょっと着ちゃいましたよ、ま、適当にぼちぼちと好きなもの着てますわ、という力の抜け具合が透けて見えると、とんでもない服装もファッショナブルになるのだ。」と続けています。この「力の抜け具合」というのは、でも、とてもムズカシイ。今の高校生のファッションを見ていると、力が抜けきって「どこにも力が入ってない」という状態の方が多いし、それではやはり単なる「だらしなさ」でしかないでしょう。「力の抜け具合が透けてみえる」には、どこかに力が入っていなければならないはずなのです。

99/10

ほんとの影響は毎日の食事のように無意識のうちに消化されているものである。忘れてしまっているもののうちにこそ大事なことがあるらしい。(戸井田道三)

★「戸井田道三の本1 こころ」筑摩書房・326P

☆「私を変えたこの一言」などということがよく言われますが、実際にはその一言が変えたのではなく、変わるべき自分が既にあって、その一言がその変化の後押しをしたということなのでしょう。ぼくらの心のなかにある「忘れてしまっているもの」の領域に目を向けないかぎり、「教育」も成り立たないのではないでしょうか。ああしろ、こうしろ、これはするな、あれもするなとガミガミどなることは、栄養失調の子供に、闇雲にドリンク剤を飲ませるようなものです。消化どころか、胃を壊してしまいかねません。

99/9

戦後の日本人は見えを張らなくなりましたね。見えを張らないことが人間性の発露だと思っている。とんでもない話です。社会というものは見えで成っているんです。お互いに本音と本音を言いあったらどうなりますか。人間社会は成り立っていかなくなります。それでは弱肉強食の世界ですよ。(池宮彰一郎)

★「毎日新聞」1999/8/25「この国はどこへ行こうとしているのか──無責任で恥知らずな国に 日本はどこで間違えたのか」

☆見栄を張らずに本音で生きる、ということが確かに美徳とされてきました。「武士は食わねど高楊枝」式の生き方は古くさいとされてきました。武士は「恥」と思えばこそ、空腹にも耐えたのです。節約のためだといって、スーパーの試食を食べあさったり、もったいないといって、駅のゴミ箱から新聞を拾ったりすることは、「恥ずかしい」ことだったはずです。無意味な見栄もありますが、張らねばならぬ見栄もある。それこそが精神の張りを生むのでしょう。今の日本には「怠惰な恥しらず」の群が跳梁跋扈しています。

99/8

記憶という土の上に種子を播いて、季節のなかで手をかけてそだてることができなければ、ことばはなかなか実らない。じぶんの記憶をよく耕すこと。その記憶の庭にそだってゆくものが、人生とよばれるものなのだと思う。(長田弘)

★「記憶のつくり方」晶文社・121p

☆この文章の前には、次のような文章があります。

記憶は、過去のものでない。それは、すでに過ぎ去ったもののことでなく、むしろ過ぎ去らなかったもののことだ。とどまるのが記憶であり、じぶんのうちに確かにとどまって、じぶんの現在の土壌となってきたものは、記憶だ。

昔から記憶力には自信がなかったのですが、今では老化も重なったのでしょうか、何でもかんでもすぐに忘れてしまいます。記憶の篩にかけているんだ、なんて言っているうちはまだよかったのですが、だんだんその篩の網の目もあらくなってくるようです。けれども、その篩の網の目も、ある時はずいぶん細かくなっていることもあり、その網に引っかかっている小粒の土を、わずかな土壌としてそこに何とか種子を播いて行こうかと思うのです。耕せるほどの土はなく、実るほどの木も育たないかも知れませんが、やはり、記憶のなかにしか人生はなさそうです。

99/7

自分が社会の中でどのような位置にあり、社会のためになにができるかを知っている状態、あるいはそれを知ろうと努力している状況を「教養」があるというのである。(阿部謹也)

★「『教養』とは何か」講談社現代新書・56p

☆それならば、現代日本はまれにみる「教養のない」人間が溢れている社会ということになるのではないでしょうか。「フリーター」という名称があたかも一つの職業であるかのように受け取られたり、単に偏差値が高いからという理由で医学部を受験するようなことがそれほど違和感なく受け取られるような社会では、「社会のために何ができるかを知ろうと努力する」人間は育たないでしょう。我が身を振り返ってみても、とても「教養」ある人間とは思えません。いつも苛々、そわそわして、何をしても充実感がない、そんな日々の連続ですが、それこそが「教養」がないことの何よりの証拠のようです。

99/6

美こそ、本物の神秘であり、魂の神秘よりはるかに興味をそそるものだ。若い娘の顔の美しさは完璧なもののように見えるが、この完璧さはみずからに自足することなく、人に呼びかけ、約束をかわし──その約束を守らない。その背後には神の手がある。神の手か、じつは悪魔の手か、それは分からない。二十歳の若者は、そんなことを分かろう思うこと自体をばかにしている。ただひとつ確かなのは、永遠なるものは、魂である以上に肉体だということだ。(クリスティアン・ボバン)

★「いと低きもの 小説・聖フランチェスコの生涯」中条省平訳・平凡社・51p

☆美が永遠であるためには、それを感受するわれわれの肉体が永遠でなければなりません。永遠なるものが魂だけならば、夕焼けの美しさを、少女の頬の美しさをどうして感じ続けることができるでしょうか。
永遠なるものは魂であり、肉体は滅び去るものと信じるひとは多いものです。キリスト教というものも、普通はそういう教えを説いたものだと思われがちです。しかし、肉体こそ永遠なのだ、美こそ神秘なのだというボバンのことばは、キリスト教のロマンチックな魅力を再認識させてくれます。この本は、聖フランチェスコの生涯を美しく詩的にそして哲学的に語っています。次のような一節にも、心を引かれずにはいられません。

(聖書は)静かに手に取り、穏やかに、ぼんやりと読むことが不可能な書物。すぐにその手から飛びたち、指のあいだからは文章の砂がこぼれ落ちる。風を手のなかに捉えても、人はすぐさま立ち止まり、ある愛がはじまるときのように、こう言うのだ。ここまでにしておこう、すべてを見出したのだから、いまこそが潮どきだ、ここまでにしておこう、この最初の微笑だけに、この最初の出会いだけに、たまたま出会ったこの言葉だけにしておこうと。「子供は天使とともに出発し、犬があとから付いていった」(トビト書)。この言葉はアッシジのフランチェスコによく似あう。フランチェスコについて知られていることはほとんどないに等しいが、むしろそれこそが幸いなのだ。誰かについてなにか知っていることは、その人を本当に知ることを妨げる。その人についての風聞を判ったつもりで口にすることが、その人を知ることをむずかしくするのだ。(同書・10p)

99/5

ルールを大事にする、という教育環境の中で生きている子どもは、異質なものを批判したり否定したりすることが正義だ、と無意識に感じます。だからそういう子どもがおとなになると、自分の原則を大事にするあまり、自分の原則と違うノイズに対しては、否定的にしか向き合えなくなるのです。(高橋巌)

★「自己教育の処方箋 おとなと子どものシュタイナー教育」角川書店・149p

☆今、学校でほとんど無条件に信じられている原則は「ルールを大事にすること」です。社会には社会のルールがある、それを守ることができなければ、社会人として失格だ。それと同じように学校ルールがある以上、それを守らせることが、立派な社会人になるためには必須のことだと誰もが信じているのです。そのため学校では、ともすれば「ルールを守らせる」ことに血道をあげることになるわけです。その結果、他人の過ちや、欠点を許せない偏狭な子どもがふえ、イジメも絶えない。そういう現実が確かにあるのではないでしょうか。

99/4

秧鶏(くいな)は飛ばずに全路を歩いて来る(伊東静雄)

★「伊東静雄詩集」新潮文庫ほか

☆伊東静雄は、近代詩人のなかでも、ぼくがもっとも好きな詩人の一人です。これは、詩の題名ですが、何かというとぼくの口をついて出てくる詩句なのです。もちろんそれは、この詩の中の「秧鶏のゆく道の上に/匂ひのいい朝風はいらない/レース雲もいらない」とか「そこがいかにもアット・ホームな雁と/道づれになるのを秧鶏は好かない/強ひるやうに哀れげな昔語りは/ちぐはぐな合槌できくのは骨が折れるので」とかいった詩句が即座に喚起されるからでもありますが、でも、この題の一行だけで、ぼくは何というか、力づけられるような気がするのです。「持続」とか「孤高」とか、そんな言葉もこの詩句から連想されます。それは、詩人伊東静雄の生き方でもあったことは、間違いありません。この一行は、チェーホフから引いたものだという話をどこかで聞いたような気がするのですが、まだ確かめていません。

99/3

僕は図書館にすわって詩人の作品を読んでいる。広間には多くの人がすわっているが、ほとんどそれを感じさせないほど静かである。だれも本に読みふけっている。ときどきここかしこでページを繰る人が、夢から夢へと移るときに寝がえりをするように身動きするのみである。ああ、読書をしている人々に囲まれているのは、なんと快いことだろう。(ライナー・マリア・リルケ)

★「マルテの手記」望月市恵訳・岩波文庫40p

☆リルケの「マルテの手記」は、ぼくの昔の愛読書でした。今は、それほど読まないのですが、しかし、こうした一節などは、今読んでも示唆にとんだものに感じられます。本を読んでいる人々は、一見、バラバラで孤立しているように見えながら、実は深いところでつながっているのだ。そして図書館こそは、その深い連帯を肌で感じとることができる希有の場所なのだということに、リルケは気づかせてくれるのです。

99/2

親愛なる者たちがこれほど私たちを傷つけるのは、私たちの愛のせいだろうか? 近親に対してわたしたちは、他人ならたやすく私たちに抱いてくれるほどの好意をすら、時として欠いている。使徒たちは、もっと清澄な愛を人類に捧げるため、その愛する妻や朋友を棄て去った。人類愛なんて造作のないものだ。(ジャック・シャルドンヌ)

★「愛をめぐる随想」神西清訳・新潮文庫48p

☆日本の男が妻に対して優しくないのは、日本人が照れ屋だからだなんてことがよく言われますが、こういうのを読むと、フランスでも同じことで、それは照れなどということとは違うものなのだと分かります。「他人」でなくなったとたん、我々は自分のわがままを剥き出しにしてしまいます。その自らのわがままを手なずけ、おならを平気でできるくらいの親しさの仲の相手にも、「好意」を率直に示すことは難しいものです。妻や朋友を棄てた使徒たちも、新しい共同体の中で、結局は同じ困難に直面したことでしょう。人間はどこへ行っても、「愛」に苦しむように造られているのかもしれません。

99/1

純粋に愛することは、へだたりへの同意である。自分と、愛するものとのあいだにあるへだたりを何よりも尊重することである。(シモーヌ・ヴェイユ)

★「重力と恩寵」田辺保訳・講談社文庫108p

☆この断章の直前の文は次のようになっています。

「わたしたちの内部にある、卑しい、凡庸なものすべて、純粋さにそむくものであり、みずからの生命を失わないために、純粋さを汚すことを必要としている。汚すのは、変化させることであり、触れることである。美しいものとは、変化させようと思うことのできないものである。なにかに対して力をふるうのは、汚すことである。所有するのは、汚すことである。」

シモーヌ・ヴェイユの思想は、非常に厳しいものですが、愛を何か弱い自分を安易に救ってくれるような甘美なものとして捉え、相手に対して限りなく自分の要求だけを押し付ける甘ったれな人間のあふれかえる現代には、もう一度見直されるべき思想家だと思います。

愛すれば、「へだたり」をなくそうとばかり考えるものです。けれども、「へだたり」をなくすことが愛だと考えて、自分をなくして相手に媚びてみたり、相手を強引に自分の側へ引き寄せたりすることで、ぼくらは堕落していく。ヴェイユはこうも言っています。

「自分自身の目に自分を明瞭にうつし出してみるよりも前に、人に理解されたいと望むのはあやまりである。それは、友情の中に、快楽を、それも受けるねうちのない快楽を求めることである。それは、愛よりももっと堕落腐敗させるものとなる。」

「どんな愛情にもとらわれてはいけない。孤独を守ろう。もし、いつか、真の愛情が与えられる日がくるとしたら、そのときは、内なる孤独と友情のあいだに対立はなくなっているだろう。」

98/12

いい絵はみな、いつ描きはじめて、いつが終わりなのか分からない。永遠の間に、夢のようにふっと浮かんでいる。(岸田劉生)

★「美の本体」講談社学術文庫・251p

☆岸田劉生という画家は、生きていたときは、ずんぶんと周囲の無理解に苦しんだようです。さらりと描く印象派ふうの絵の全盛の時代に、彼は一枚の絵の美を執拗に追求しました。それは、有名な「麗子像」の絵を一度でもみたらわかります。その執拗な追求の絵筆をいつおくのかが大問題だというのです。絵は描き始めるのも難しいけれど、描き終えるのはもっと難しいのです。それはそれとして、その初めがいつだかわからず、またいつ消えたのかもわからないような、永遠の時間の中に、夢のように浮かんでいるのは、決して「いい絵」だけにかぎるものではないでしょう。音楽や、文学にもそういう風情のものはあるでしょうし、また、役者にもそんな人がいそうです。そして、考えてみればぼくらの人生も(いい、わるいは別として)そんなふうに存在しているのではないでしょうか。

98/11

瞬間を楽しむならば、後の長い悔恨をせねばならない。だが瞬間を楽しまなければ、生涯を通じて快楽がなく、それの過ぎ去った一生を、寂しく悔恨せねばならぬ。どっちにしても人生は、墓場まで憂鬱であり、悔恨を持ち越して行かねばならない。(萩原朔太郎)

★「虚妄の正義」(「萩原朔太郎の人生読本」ちくま文庫・290p)

☆萩原朔太郎は、近代日本の大詩人ですが、同時に、すぐれたエッセイストでもありました。エッセイに関して、彼はこんなことを言っています。

エッセイ(アフォリズムも含めて)を書くためには、思想が全く生活の中に融化し、「考える」ということが「感情する」ということと同義にならねば駄目だ。言いかえてみれば、すべての抽象的観念が頭脳でなく、心臓(ハート)によって感覚されることが必要なのだ。即ち「考えられた思想」でなく、「感じられた思想」がエッセイなのだ。

朔太郎は、日本の文壇には随筆があってエッセイがないことを嘆いています。こんな文章を読むと、ぼくが「100エッセイ」などと銘打つのが恥ずかしくなってきます。

それはそれとして、どっちみち人生は憂鬱で、悔恨を持ち越して行くのだという朔太郎の認識は、絶望よりはむしろ、勇気を与えてくれるものです。傷つき、失敗することを恐れて何もしないより、傷ついてボロボロになっても、間違いだらけでも、何かをしつづけることが人生なのだからです。

98/10

本のおかげで刑務所の壁が透明になりました。どこへでも行くことができるんです。よい本さえあれば。(アメリカの刑務所の囚人の言葉)

☆先日何気なくみていたテレビのドキュメンタリー番組の中で、ある囚人が語った言葉です。確か、彼は終身刑だったはずです。この言葉を聞いたとき、ぼくは、映画「ショーシャンクの空に」の一場面を思い出しました。主人公が、放送室から勝手に刑務所内にクラシックの音楽を流す場面です。このとき、突然、閉鎖された空間である刑務所の壁がまさに透明になり、閉じこめられた囚人は自由に(瞬間的ですが)なったようにはっきりと感じられたのです。本は、壁を透明にする……。我々も、固定観念と偏見の壁の中に閉じこめられた囚人です。だとすれば、我々が切に求めているのは、このように壁を透明にしてくれる一冊の本なのではないでしょうか。

98/9

ぽくぽくひとりでついていた

わたしのまりを

ひょいと

あなたになげたくなるように

ひょいと

あなたがかえしてくれるように

そうなふうになんでもいったらなあ

(八木重吉)

★「八木重吉詩集」

☆八木重吉の詩集には「秋の瞳」と「貧しき信徒」の2冊があるばかりですが、この詩はそのどちらにも収録されていません。「鞠とぶりきの独楽」という詩の一節。ちくま文庫の全集にはもちろん収録されています。「鞠とぶりきの独楽」は短い詩の連作ですが、重吉の詩の中ではもっとも重要だとぼくは思っています。ここで、重吉は、人間と人間の関係が「まりを投げ、投げ返す」というように何でもいったらどんなにいいだろうと言っています。もちろん、われわれの生きていく世の中は、そうはいきません。ありとあらゆるシガラミ、習慣、嫉妬、自尊心、虚栄心、劣等感などが渦巻いて、あなたに投げた「まり」が、そのまま素直にこちらに投げ返されては来ないものです。一昔まえ、ぼくがまだ教会に熱心に通っていたころ、クリスマスの夜、ミサの前の祈りの時間に、会衆の前でぼくはこの「鞠とぶりきの独楽」の連作を朗読しました。朗読しながら、重吉の深い心に自分で感動もしていたのですが、その朗読が終わったとき、会衆のなかには「キツネにつままれたような」雰囲気が漂ったのをはっきり感じました。案の定ミサの後、だれ一人として「よかった」とか「感動した」とか言ってくれた人はいませんでしたし、誰かがひやかしめいた言葉を言ったのをおぼろげながら覚えています。重吉の嘆きは、クリスマスの夜の感動に浸っている熱心な信徒たちには、無縁のものだったのでしょうか。「ぽくぽくまりをつく」ということは、自分の楽しみを意味しています。自分が楽しいと思わず、その楽しみを語りたくなる。それが「ひょいとあなたになげたくなる」ということです。その楽しみを心から理解した人が、そうだね、おもしろいね、と言って笑ってくれる。それが「ひょいとあなたがかえしてくれる」ということです。趣味が合う人ならみんなこういうふうな交歓のときをもつでしょう。そんなふうに、いつも人と人とのコミュニケーションがとれたらいいなあというのが重吉の思いです。どうしてそうならないのか、というのが重吉の嘆きです。重吉はこの詩のあとに、こんなふうな詩を続けています。

「ぽくぽく/ぽくぽく/まりを ついていると/にがい にがい いままでのことが/ぽくぽく/ぽくぽく/むすびめが ほぐされて/花が咲いたようにみえてくる」

98/8

忙しいとおっかなくなるなあ。暇な人って人相がいい。私も暇にして、いい人相して、人に道なんかていねいに教えてあげたい。(佐野洋子)

★「ふつうがえらい」新潮文庫・63P

☆どうして忙しいのかというと、仕事があるからです。いや、能力の限界を越える仕事を引き受けるからです。どうして、能力の限界を越える仕事を引き受けてしまうかというと、その半分は金のため、その半分は見栄のため。そしてこの二つは、生きるということにおいて非常に重要な役割を果たす要素ですから、結果として、ほとんどの場合忙しくなってしまいます。佐野洋子さんの願望も、あくまで願望であって、実現しているわけではないでしょう。しかし、金と見栄で生きていても、希望はある。道を聞かれたら、そのときだけ、突然自分を暇にしてしまうこと。後先忘れて暇だと思いこんでしまうこと。それができれば、人相が瞬間的にでもよくなるかもしれません。

98/7

ぼくはマジメな顔をしてマジメな口調でマジメな話をする人が嫌いだ。それをマジメな顔で聞く人も嫌いだ。マジメなものは人を一方的に強制するだけだから、ぼくはマジメなものを信用していない。マジメであることは思想と無縁のことで、マジメであることに思想がいらないのは働くことに思想がいらないのと同じことだ。(保坂和志)

★「アウトブリード」朝日出版社・242P

☆すごくマジメで深刻な話題なのだけれど、話していて(あるいは聞いていて)ちょっと笑ってしまうことがあります。すぐに「いや、笑いごとじゃないんだけどさ。」と注釈を入れておかないと、ヒドイ奴だと思われかねませんが、こういう注釈を入れなくてもすむ人と話しているのはとても楽です。マジメには窓もなければ、出口もありません。この文章で、保坂さんが、ますます好きになりました。この後、保坂さんはこんなふうに続けています。

田中小実昌さんがエッセイで、自分の戦死通知がまちがって届けられて、それを聞いた友人がくすっと笑った、というようなことを書いていたが、この感覚が何ともいえず好きだ。「あいつが、ねえ……」と言って、くすっと笑ったとき、きっと田中小実昌という存在を再現するイメージがその人の中に生まれて、少し動いた。ただマジメな顔で「死」の知らせを聞く人は「死」というものの持つ権威だけを聞いているんじゃないだろうか。

98/6

われわれはただ言葉だけによって、人間なのだし、またつながっているのである。(モンテーニュ)

★「エセー・1巻9章[嘘つきについて]」(原二郎訳)岩波文庫 65p

☆嘘がなぜ悪いかという理由として、モンテーニュはこのように言っています。それはそれとして、人間の根拠はやはり言葉にあるということを改めて考えてみると、気持ちが引き締まります。そして、「ことばによってつながっている」とは、やはり驚くべき事実です。先日若い英語の先生が生徒に英語をしゃべるときのコツを話していましたが、その中で「気まずい沈黙がないようにすること。とりあえず、日本語でもいいから何か言うこと。」を強調していました。目の前にいる人でも、言葉がとぎれると、離れていってしまうという感覚を、外国人は日本人以上に強く持っているのかもしれません。言葉によって、その人間がどういう人であるかがわかる。としたら、やはり、嘘は恐るべき悪徳ということになるわけです。

98/5

ぶ厚い絵画の壁が私の前にひしめいている。臆せず手を動かそう。前進しよう。行動の自由。ごく小さな行動でも「自由」が必要である。(滝口修造)

★「私も描く」『コレクション滝口修造・1』(みすず書房)・407p

☆白い紙に向かって、ただ一本の線を引くにも、「自由」が必要です。子供は、臆せず、なんでも描きます。しかし、大人はなかなかそうはいきません。こんな絵を描いて、人に笑われないだろうかとか、これはほんとにリンゴに見えるだろうかとか考えて、手が縮みます。ほんとうは、何をどう描いてもいいのに、大人にはそうは思えない。だれに命じられているのでもないのに、勝手に自分で自分を縛ってしまっています。「自由」を失っているのです。一見社会が自由に見える時代にこそ、人は自由を見失ってしまうのではないでしょうか。

98/4

なるほど、われわれは他人の幸福を考えなければならない。その通りだ。しかし、われわれが自分を愛する人たちのためになすことができる最善のことは、自分が幸福になることである。このことに人はまだあまり気づいていない。(アラン)

★「幸福論」(神谷幹夫訳)岩波文庫・304P

☆宮沢賢治の有名な「みんなが幸福にならないうちは、私の幸福はない。」と対照的なことばです。賢治は、それを本気で信じ、みんなの幸福のために奔走し、献身しました。けれどそれはだれにでもできることではないでしょう。凡人が下手にまねをすれば、そこには押しつけがましい「不機嫌」が生じるのがおちです。オレがこんなに苦労してみんなのために尽くしているのに、何だってんだ、ということになる。したがって、凡人はアランに従うほうが無難というものでしょう。もちろん、こっちだって難しい。でも、できないことではない。アランの言う「自分が幸福になること」とは、自分だけが金持ちになるとか、いい思いをするということではなく、「上機嫌」のこと。上機嫌は、周りを明るくし、幸福にするというわけです。詳しくは、「幸福論」をぜひ。岩波文庫版はこの名著の最新訳です。

98/3

愛の唯一の節度は、節度なく愛することである、と聖アウグスティヌスは言っている。さらに言うなら、節度の欠如自体が節度だ。(ジャンケレヴィッチ)

★「道徳の逆説」(仲沢紀雄訳)みすず書房・74p

☆この言葉を古いぼくの「書き抜き帳」から見つけたとき、先日見た映画「奇跡の海」を思いました。その映画は、愛する夫の理不尽とも言える「願い」を受け入れて、売春婦にまで身を落とす一人の女の「愛の過剰」を描いていました。世間や既存の教会から、どんなに非難されようと、過剰な愛はすべてを浄化していくのだということが、実に説得力をもって描かれていました。まさに、ジャンケレヴィッチがいうように、その女は「節度なく愛した」わけです。ぼくらの心に「節度」をもたらすもの、愛にブレーキをかけるもの、それは、社会道徳でも、世俗の規範でもなく、実は、ぼくら自身のエゴイズムなのです。ジャンケレヴィッチは続けて次のように言っています。「愛は、その極限においては、自分自身を否認する。……愛の情熱は自分自身の虚無を欲するほどに積極的だ。」

98/2

子供の教育だって、私にいわせれば、うまくいっても失敗しても、それは運命的なものであるから仕方ない。たまたま、うまくいっても、それは偶然で、人さまに自慢し、教訓を垂れる余地はない。うまくいった人はすべて口を緘(と)じているのが、人間の含羞で節度というものである。(田辺聖子)

★「いっしょにお茶を」角川文庫・77p

☆世はまたぞろ「教育」の時代。子供の非行、受験、などで世の中の親はもう何が何だか分からなくなっているようです。だからこそ、それが「たまたま」であったとしても、自分の「成功体験」だけが唯一のよりどころとなるのでしょう。そして、すぐに周囲に教訓をたれたがる。田辺聖子は、このあと続けてこう言っています。「子供たちの欠陥も非行も障害も、すべて社会全体、人間全体の責任で、ちゃんとしたオトナの人間なら、世のすべての不出来な子のために胸をいため、心を傷つけているべきである。」金属バットで息子を殺してしまった父親への求刑が出たばかりですが、そこにも「運命的」なものを感じずはいられません。ぼくらオトナは、そのことに十分傷ついているでしょうか。そして、今、受験シーズン。大学に合格した報告に来て、職員室で大声ではしゃぐ生徒をつい叱ってしまうシーズンでもあります。「含羞」と「節度」を高校生に求めるのは無理というものでしょうか。

98/1

愛というのは、自分の家庭や友人のいないところでポテトを買う行列に他人といっしょに並んだとたん、たいていは挫折してしまいます。行列には、寛容の精神が必要です。(E.M.フォースター)

★「フォースター評論集」岩波文庫・138p

☆「寛容の精神」の一節。「愛」はたしかに口当たりのよい言葉ですが、挫折も早いもの。このエッセイのなかで、フォースターは、こういうことも言っています。「戦後の世界にもっと必要なのは、消極的な美徳だからです。いばらず、怒らず、苛立たず、怨みをいだかないこと。積極的・消極的な理想はもはや信じられません。そういう理想を実現しようとすれば、まず何千という人を障害者にしたり投獄したりする結果になります。」第二次大戦のナチズムに反対したフォースターならではの言葉でしょう。「戦後」はもはや伝説的に遠くなったわけですが、現代においても、ますます「寛容」の精神は重要なテーマであるように思われます。同書所収の「私の信条」も一読をおすすめします。