3.「それぞれの人達」
駐車場スペースは大量にあった。バスはその一番隅に停車する。
久々の地面をちょっとふらつきながら踏みしめる俺達の前に現れた骸骨荘は、想像していたものよりずいぶんとモダンな印象の、地方都市の文化センターのような建物だった。
名前から想起されるようなおどろおどろしいところなど何もない。中は案外狭かったが、これは山中ということで断熱材などを多用して壁が厚くなってるせいだそうだ。その壁の中にはセントラルヒーティングまで通ってるらしい。二十年前だったらかなり金のかかる技術だったんじゃないだろうか。しかもこんな山奥に。つくづく、来須川ってのは金持ちだな。
門前からの山並みを見おろす遠景が相当気に入ったらしく、英語の感嘆詞を飛ばしながら遠景を撮りまくっているレミィを皆で速やかに置き去り、俺達は門扉をくぐった。
「みなさん、お待ちしてましたー。お部屋の用意がしてあります。お荷物、お持ちしますー」
奥からパタパタとかけてきたのは来須川製メイドロボのHMX-12型マルチだ。マルチは、ちょっと早めに来て掃除やなにやらの準備をしてくれていたらしい。
メイドロボを知らないやつはいないと思うが、一応説明しておくと、まあ、なんだ。女の子の姿をしたロボットのことだ。そのまんまだな。人間と同様に、とまではいかないがかなりの精密さで家事や介護をこなす。
マルチは、それに加えて「心」を持ったメイドロボの研究開発という遠大な目的のために設計されたらしい。詳しいことは知らないが、本人がそんなことを言っていた。
ちなみにこいつはこの春、うちの学校に来て運用試験をやっていて、その時に知り合った。その「心」とやらのためには社会で活動することが必要らしい。そのためなのだろう。今ではもう学校には来ていないのだが、俺達とはたまに会っている。
「おう! マルチ、ご苦労だったな。俺の荷物はいいから、先輩のを持ってやってくれよ」
「はい。浩之さん、わかりました」
「あ。マルチちゃん、お久しぶり」
「あ、あかりさん。はい。お久しぶりですー。あかりさんのお荷物はよろしいんでしょうか」
「わたしは少ないから、いいよー」
「ああ。そいつの荷物を持ってやる必要はねえな。むしろ今度、あかりがマルチの荷物を持ってやれ」
「そんなぁー」
情けない顔のあかり。マルチは笑っている。好ましい笑みだ。
「あはははは」
どんな回路の働きなんだろう。
……なんか、変なこと考えたかな。俺。
ともかく、いつも笑顔のマルチは、今日もにっこり笑って先輩の方へ向かう。が、先輩の荷物はなんだかムチャクチャ多かった。
「は、はわわわー。すごいですぅー」
「先輩、こんなにいっぱい何持ってきたんだ? ……え? 本とか、魔術の研究資料だって? へ、へー」
って、デカい風呂敷包みに三つはあるんだが。これ全部本だったら、すごい重さだぞ。
「マルチ、お嬢様のお荷物は儂がお持ちしよう。おぬしは、他のお客様のお荷物を運んでくれ。お嬢様は、お部屋でお召し替えをどうぞ」
「は、はい」
「……。」
じーさんに言われてあたふたとかけていくマルチ。先輩はコクコクと頷いて玄関ホールの階段を上っていく。俺は先輩の荷物のうち一つを手に取った。ずしりと重い……。
「ぐわっ。まさか、全部本ってことはねえよな? 着替えとかもこれに入ってんのか?」
「お嬢様の着替えはこの屋敷に用意してあるからな。これは正真正銘、全部本じゃ。一階奥に書斎がある。そちらへ持っていこう」
じーさんは残り二つの包みを両手に提げて言うと、さっさと歩き出す。そうか。別荘に置きっぱの服があるわけか。それに書斎。庶民には計り知れない世界だ……。
「そうそう。皆様、僭越ながらお部屋割りは先に決めさせていただきました。男性は一階、女性は二階になっております。男性陣は二階立入禁止ですので……」
途中で足を止めて振り向き、それとなく俺と雅史に睨みを利かせながら言うじーさん。
「くれぐれも、ご注意ください」
やれやれな年寄りだぜ。考えすぎだっつーの。雅史の方を向くと、同じような考えなのか琴音ちゃんと顔を見合わせているようだった。
と、フフン、と意地の悪い笑いが聞こえた。自分の荷物をマルチに持たせて先に行かせて、ラクチン手ぶらコード留守の委員長だ。
「たいそうな迫力やな。こりゃ、藤田君も神岸さんに夜這いはようかけられへんなあ」
「あのなー……」
「ほ、保科さんっ!」
しまった。ここは無視すべきだった。あかりが必要以上に赤くなっているのでこっちまで意識しちまうぜ。
「あはは。保科さん、独り者のやっかみは醜いよ」
「だ、誰がやっ!」
雅史のナイス混ぜっ返しに過剰反応する委員長。あ、二つくらい殴った。
雅史の犠牲は無駄にしないぜ。というわけで、今のうちにとっとと行こう。さらば。さらば。
「じゃ、あとでな」
「あ、うん」
あかりも二階へ上がっていく。委員長に追いかけ回される雅史を置いて、俺は先行して腕を組んで待っているじーさんの方へ先輩の荷物を持ってついていった。
「ええいっ! ちょこまかとっ! それがサッカーで鍛えたフットワークかいっ!」
「あはははは」
雅史のにこやかな笑いはさぞかし委員長の神経を逆撫ですることだろうよ……。と思っているとビターンと大きな音がした。委員長がスッこけたらしい。
「痛たた……」
「うわあ。保科さん、だいじょうぶ?」
「……保科先輩、走ると転びますよ」
雅史と、琴音ちゃんの言葉を背に玄関ホールを後にする。こけた委員長のくだらない言い訳も聞こえてきた。
「ちゃ、ちゃうねん。なんやスリッパが地面に貼り付いてもうて。……って、あれ? 取れた」
んなわけあるかい。と思いながら歩き、俺はじーさんに並んだ。
「小僧。荷物を運んで部屋で一息ついたら、リビングで皆で茶でもするとしよう」
「あいよ」
それからみんなで夕食の準備でも始めるとするか。昼はドライブインで味気ない飯だったからな。夜は豪華に行きたいぜ。
……その夕食までには、今まさに廊下の窓から見える庭でいつのまにか庭へ入って置物のように座り込んでいるあの青い目の少女をどうにかせねばならないだろうが。
「なあじーさん、あれ、どう思う?」
「擬態、かのう」
「……いや、そーゆーんじゃないと思うぜ」
まあいいや。そのうち帰ってくるだろう。
その後、各自の部屋に散って着替えたりした俺達がリビングに集まり、紅茶にするか緑茶にするかで一悶着あってそれからお茶菓子を探しだす手際の悪さに文句が出てマルチが泣いてそれを皆で取りなして。いや、委員長以外が。
結局、それから分担して食事の用意や風呂掃除を始めたときまで、レミィは庭のその場所を一歩も動かなかった。なんでも、森の奥に狸が来ていたそうで、ずっとシャッターチャンスを狙っていたらしい。
「しっかし、良くそんな地味な芸当ができるなぁ。ハンターなんてバンバン鉄砲撃ってそうなイメージだけどよ」
「チッチッチ。殺気を消して自然にとけ込むのデス。そして一撃必殺! 狙った獲物は逃がさないのデース」
そういや、向こうではライフルで鴨撃ちに行くのが趣味だって言ってたもんなあ。しかし、狩りの話をするときのレミィは、なんつーか生き生きしてるな。色っぽい、みたいな感じもする。狩猟民族はわかんねーな。
「ライフルさえあれば、今日のおかずに出来たのに。残念デース」
「銃刀法違反だけどな」
「OH―! 忘れテましたー!」
ナハハ、と明るく笑うレミィ。つられてみんなも笑い出す。
……いや、笑っていいところかよ、おい。