(※これは、Leaf制作のゲームソフト「ToHeart」の二次創作小説です。ネタバレご注意)
「骸骨ノ群レ」
1.「欠席の理由」
俺の名は藤田浩之。普通の都立校に通う普通の高校生だ。
オカルト好きな先輩の作ってくれた手料理を不用意に食べた俺は、一時期妙な幻覚に悩まされ(前回の話参照)、不本意ながらある種特定の患者を扱う病院への通院を強要されたりした。
治療のかいあって「皆の頭上になにかが見える」「皆の語尾が妙にぶれて聞こえる」症状は去り、最後に残った「皆の髪が緑に見える」症候群も快癒。晴れて無罪放免となった俺は、朝の気配の中、自由を満喫しながら登校の道を歩いていた。
「浩之ちゃん、開放感に溢れてるねー」
「おおっ。わかるか?」
隣を行くあかりのヤツは、さすがに幼なじみだけある。俺の変化に気がついたらしい。
「これで明日からは毎日毎日、臨床心理士のおねーさんが差し出す藁半紙に書くための「幼い頃被ったトラウマと僕がこうなってしまった理由」ドラマをでっち上げなくて済むと思うと、くーっ! 最高の気分だぜ!」
「……毎回律儀につきあってたってことは」
なぜか少し低いトーンで喋るあかり。
「そのお姉さん、結構美人だったでしょ」
「おっ。良くわかるな。歳は結構上だったけど、眼鏡の似合う知的な感じの美人でなー」
「保科さんみたいに?」
「や。委員長程じゃなかったな。おめーくらいの……」
「どこを見てるのかなあ……」
胸元に鞄を抱き上げて身構えるあかり。しまった。委員長と聞いてつい、そっちの話題に触れちまったぜ。
と、その時……。
「ちょっとちょっと! 朝っぱらから、なにセクハラ発言でご町内の平和を乱してるわけ? 仕置っ引くわよー!」
「なんとも、工夫のない登場だな、オイ。出てきてとりあえず騒ぐとこまで毎朝一緒じゃねーか」
登校中の俺達の前にワンパターンで現れたのは志保だ。その後ろにはもう一人のワンパターンの顔も見える。
「あはは。仕方ないよ。弱い犬ほど良く吠える、ってね」
「雅史! 邪気のない顔で言ってもごまかされないわよ! あんた今あたしのこと馬鹿にしたでしょ!」
「心外だなあ」
本当に心外そうな顔で言ってのける雅史。アカデミー主演男優賞もんの演技力だな。
「志保、そのくらいにしないと……、雅史ちゃんが死ぬよ?」
「あかりは黙ってて! 今日という今日は、あたしをバカにするとどーなるかをこの体にキッチリと教え込んでやるんだから!」
「あはははは。これは、キツいねえ」
や。その首締めは入ってると思うぜ……。
などといつものように。
「浩之ちゃん! 雅史ちゃんが白い泡を!」
……などといつものように微笑ましい登校を続けているうちに校門前までたどり着いた。今日は結構早めについたな。他の生徒の足どりにも余裕がある。
……と、一台の黒塗りの高級車が、律儀に生徒達の合間を縫うようにして最徐行で校門前につけてきた。
植え込み前の、電柱とゴミ捨て場の間のスペースに、律儀にかつ器用に寄せると、執事姿の運転手が降りてきて後部扉を開ける。そこから長い黒髪の楚々とした女性が降りてくるのを、俺達はちょっと足を止めて待っていた。
この人こそ、かの来栖川企業グループのご令嬢、来栖川芹香先輩その人である。実は俺に件の手料理を食わせてくれたのはこの人だ。
「おはよう。先輩。……っと、みなさんおはようございます、だってよ」
後ろに伝えてやると、あかり達もそれぞれに挨拶を返す。俺達全員一応先輩とは顔見知りなのだが、この極度に口べたな先輩とのコミュニケーション窓口は俺、ということで決まりができているようだ。なんせ、先輩の声は小さくて聞き取るのにコツがいる。今のところ俺が一番聞くのがうまい。
「……え? この前はすみません、だって? あんま、気にすんなよ。もういいって。……え? 良くない? お詫びに、……別荘にご招待!?」
なんて金持ちっぽいお詫びだ! 別荘! 庶民にはまず発想ができないぜ! しかし、そういうことを言って喜んで跳ね回るのもなんだしな。ここは一つクールに……。
「別荘!? なんてお金持ちっぽい響き! きゃーっ! あたし、来栖川みたいな財閥のリゾート施設って、一度行ってみたかったのよねーっ!」
(志保……)
(お前こそ本物の俗人。俗 of 俗だ)
(……勇者とは、勇気あるもの)
ポン、と志保の肩を叩く雅史。うなずく俺達。志保一人が「へ?」とバカ面全開だ。
「……。」
おっと、先輩が袖を引いてるぜ。無視したわけじゃねーんだ。悪ぃな。えーと……。
(浩之ちゃん、どうするの?)
小声で聞いてくるあかり。
(どうって、そりゃあ……)
A.ありがたく申し出を受ける
B.そこまでしてもらうこともねーし、断る
C.とりあえず志保を蹴る
(A以外だと話が続かないよー)
(だよな)
「こらあっ! 選択肢Cはなんじゃ! Cは!」
外野うるさい。
「そうだな。なんか、悪い気もするけど、宇宙意志が俺に行けと囁いてるみたいだぜ」
嬉しそうにうなずく先輩。……え? 宇宙意志は大切です、だって? ……みんなに伝えるのはよしとこ。
「ちょっと! まさかあんた、一人でご招待受けようってんじゃないでしょうねー。二人っきりで別荘にお泊まりなんて、PTAが許してもこの志保ちゃんが……」
「そんなことは断じてございませんぞおっ!!!」
志保の耳元で、いつの間に近づいていたのか執事のセバスチャンが大声を上げた。年寄りとは思えない、もの凄い声量に登校中の生徒が皆こっちを向いている。志保は目を不自然に見開いて……。
「あははははは。失神してるね」
横の雅史が支えたので倒れこそしなかったが、アレは効いたろうな……。
「むおっ。これは失礼をいたしました。わたくしとしたことが……」
セバスのじーさんは周章狼狽。雅史がフォローを。
「いやあ。気にしないでいいですよ。こんなの」
「そ、そうですかな……」
雅史……。本人が気ぃ失ってると思って、恐ろしいやつ。
「えっ、と……、ごめんなさい、セバスチャンさん。浩之ちゃん一人がお誘いを受けてるわけじゃないん、ですよね」
って、なんか、あかりが出しゃばってきたな。
「この小僧とお嬢さまが二人っきりでなど! とんでもございません!」
「じゃあ、それ、私もご一緒してよろしいんでしょうか」
……なんだ? あかりのやつ今日は妙に強気だぜ。
「もちろんですとも! お嬢さまも人数は多いほどよろしいとおっしゃっておられました」
先輩がコクコクとうなずいている。
「やったー。私も連れてってもらえるみたいだよ」
「大喜びするんじゃねーよ。庶民丸出しじゃねーか。なあ?」
話をふられた雅史は微苦笑している。先輩もこころなしか微笑んでいる様子だ。志保は小刻みに痙攣を繰り返している。そろそろ、アレだな。えーと。
「さて皆様、そろそろいかれませんと、遅れてしまいますぞ」
おっと、もうそんな時間か。じーさんの一声で俺達は解散となった。
「んじゃ、てきとーに声かけとくわ。結構、広い範囲で人呼んでいーのか?」
「一応、お嬢さまに確認はとって頂きたい」
「ん。りょーかい。じゃあ先輩、下駄箱まで一緒に行こうぜ」
「……(コクコク)」
「じゃあ、セバスチャンさん、いってきまーす」
「いってきます」
「いってらっしゃいませ。お嬢さまもお気をつけて」
「……(コクコク)」
中庭の中途まで来たところで、俺は一応雅史に聞いてみた。
「……なあ、志保は?」
「だいじょうぶ。ちゃんと寝かせてきたよ」
「……そうか」
「上にダンボールも立てかけておいたから、寒くないと思うしね」
それはまた、発見が遅れるだろうなあ……。
二十分後、ゴミ収集車に収集されそうになって怒り狂った志保は、授業中のうちの教室にこっそり入ってきて雅史の首を絞めているところを現国の井上に見つかり、その日は職員室から直帰。めでたく停学2日と相成った。
合掌。