―  SF小説 8・オービタル・クラウド 


 暑いので(今、8月!)体を動かすと汗が出る。
 で、動かないで済む「読書」をした。
 珍しくも日本製SFである!
 著者:藤井太洋(1971生)

 題名の「オービタル・クラウド」とは「軌道上の雲」というような意味か。
 もちろん対象となる高度に水蒸気からなる雲など存在し得ないはずで、実は全く異なる物質なのだけれど。

 今まで読んだ数少ない日本製SFは、あまり記憶に残っていないのだがファンタジーっぽかったり、文体に馴染めなかったり、 …私個人の価値観から判断すると小説としては未熟に感じていた。
 しかし、やっと ”SF小説” らしいものに会えたのだ!

【あらすじ】
 主人公は… その場面で動く者がメインで描かれるが、基本的には流れ星関連のWebニュースを流している「和海(♂)」とそのエンジニアリング面をサポートしている「明利(♀)」の二人の若者である。
 アマチュア天文家が自分のブログに飾りで添付した意味不明の観測データを解析してオービタル・クラウドに気付いてしまった二人は、それを察知して接近してきた北朝鮮のスパイから逃れるため宇宙航空研究開発機構(JAXA)の職員(と、それを装っている中国のスパイ)によってアメリカに逃れる。
 そして現地で、北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)の協力を得てCIAとの即席チームで、徐々に北朝鮮の計画の核心に近づいていくのだ。
 その過程で北朝鮮の企みの実行の中心にいる人物が、以前はJAXAに勤めていた明利の叔父である事が判明する。
 一方和海と明利をアメリカに押し込んだ直後、JAXAの二人はイランに渡りオービタル・クラウドを発案した科学者に接触を図る。
 しかしその科学者の研究室がある大学では学生のデモが計画され、それを利用するためにテロ組織が潜り込み、更にそれを把握した政府側はひとまとめにして殲滅するために正規軍を展開する。 
 そして … 。





【感想】
 あらすじを読んだだけでもスケールの大きな国産SFに久しぶりに出会った、という感じです。
 それもそのはず、日本SF大賞受賞作品ということで、wikiを見たら作者の藤井さんは今(2017年)は日本SF作家クラブ会長とありました。
 まだ若いのにこのような席に付いている(付かされている?)ということは、やはり日本のSF小説界は低迷していたのかな ~ ?

 さて、中身の話です。
 いきなり専門用語(技術用語)があふれていてびっくりします。
 コンピュータやその通信に関しては作者の元の仕事のナワバリだとしても、NORADの様子も細かく描かれ、私の知らない単語が次々と並んでいるのです。
 じゃあ意味が分からないかというとそんなことは無くて、速いテンポで展開していくストーリーに付いていくのにそんなに障害にはなりません。
 意味は分からなくても読み進められるのならもう少し嚙み砕いた表現でも良いんでは無いかとも思うんですが、訳の分からない単語が並んでいるのもこの小説の雰囲気づくりには役に立っていると思います。(個人的には、やりすぎの感もありますが)

 ただ、読んでいると気になることがありました。
 一つは、登場人物が初めからその役割が決まっていて、意外性が感じられないのです。
 成り行き上必要な人物は誰かの知り合いの中にいます。
 大体は知り合いの輪の中で話が片付いていきます。
 もう一つは悪人がいないのです。
 意外性が感じられないのは皆最初から最後まで善人で賢く行動的で思いやりがあり自分の担当する仕事にはとても有能で、実は悪人だったなんてどんでん返しがないためかも知れませんね。
 全編を通して二人の死者が出ますが、二人を射殺した北朝鮮のスパイですら悪人とは思えないのですから。
 始めはそのせいで引っかかることもなく気持ちよく読み進むのですが、読み終わったとき重量感がないのです!
 妙に明るくて、それに対応する暗い部分が無いせいでしょう。

 光があれば当然影も出来るはずですが、この小説は明るいところだけを取り出しているようです。
 作者が善人で、周りの環境もステキなのかも … 。

 そんなところが気にはなりましたけれど、久し振りに面白いSF小説でした。


2017.08.08.    ................トップページへ