----------
五月寮 ----------
サラリーマンになってから五年間くらい、私は会社の賄い付きの寮に入っていた。
入寮当初は、一階の大きな柱時計のある食堂の隣の部屋に住みついたのだが、柱時計の音に慣れていなかったもので、30分おきに目が覚めてしまいすっかり寝不足になってしまった。
また、当番制の風呂沸かしは、ガスバーナーが曲者でなかなか火がつかず、ウ〜ワ〜〜 と言っているうちにボン!と言う音とともに盛大なバックファイヤーが噴き出してくる恐怖の作業だった!
そんな生活にもすぐに慣れ、隣接する会社の始業5分前のチャイムを聞いてから寮を飛び出すようになるのにそれほど時間はかからなかったのである。
東西に長い寮は、一階東端が食堂、西端に洗面所とトイレ、北側に廊下をはさんで風呂、玄関。各部屋は一階・二階共全て南向きになっていた。
一階はまだしも二階は抜群の日当たりで、南西の角部屋の男は、夏は日々サウナ状態だ!と嘆いていたものだ。
それでも食堂以外にはクーラーは無く、みな暑い暑い!と言いながらそれなりに暮らしていたのだ。(もっともあの頃は今みたいに40℃近い気温にはならなかったけれど…)
この寮での生活を振り返ってみると印象深いことが二つある。
ひとつは「金縛り」体験である。
ある夜、寝苦しくて徐々に意識が戻ってきた。
胸が重く動けない!
思わず、これが金縛りというやつなのか?と頭に浮かんできた。
私は霊なんて見ない性質なのだが、それでもそんなのがいたら厭だなと思いながらそっと目をあけてみると、
目の前に猫の顔があった!
…これは化け猫でも何でもなくって、寮で飼っていた通称「ミー」で、戸の隙間から私の部屋に入り込んで、私の布団の上・ちょうど胸の上で寝るつもりだったらしい。
私の人生唯一の「金縛り」体験であった。
もう一つ、廊下の中程に片開きの戸の物入れがあった。ここは寮でとっていた新聞や皆が買ってきた雑誌や漫画の読み終わったやつの古紙置き場である。
私は、漫画はこの物入れとラーメン屋で大体賄っていて、暇な日曜日には薄暗い廊下のこの物入れに頭を突っ込んで、新聞の間に挟まっているマンガを漁っていたものである。
当時は何とも思っていなかったのだが、このマンガ漁りが私の脳裏のどこかに深く刻み込まれたらしく、いまだに、ときたま、夢の中にこのシーンが登場するのだ。
私には、繰り返し夢に登場するシーンがいくつかあって、どれもなぜそうなったか分からないものばかりなのだが、この「マンガ漁り」はその最たるもので、もう少しましなシーンがなかったものかと思っているのだが、自分で記憶を差し替えることができないのでどうにもならない。
それでも時間とともにその出番は確実に少なくなってきている。
のんびりした寮だったが、空き部屋は増える一方で私が退寮して少し後に取り壊されてしまった。
寮の庭先にあった桜の老木だけが少し離れたところに移植され、今も毎年元気に花を咲かせている。
2009.07.17. ・・・・トップページへ