― M女史のマッチ箱 





飮中八仙歌 (部分)  杜甫



 上は、ガラクタを整理していたら転がり出て来たマッチ箱の表・裏。

 画面ではそうは思わないかも知れないが、マッチ箱の寸法は縦が約5.5cmで、その寸法の木版画なのだ。

 そう思ってみると、ざっくりしているようで実はとても細かい彫りであり、これをきれいに刷り上げる事ですらまた一種の技である事に気づくだろう。

 これは、M女史の作品である。(国東の知り合いの喫茶店のために作ったマッチ箱もあるのだが、これは店名も入っていないし、ただ、作ってみたのかな … 。)
 一枚一枚刷ってはマッチ箱に貼り付けて作られている。

 特別なものではない。
 それでも、画面の調子といい選んだ漢詩といい、結構な出来栄えだと思う。

 もちろん、とても素人とは思えないもっと大きな作品もあり、何点かは無断でカードとして販売されていた事もある、本当にプロ級の作品をつくっていた人なのだ。(プロになる気は全然なかったようだけど。)


 プータローだった頃に出会った、私が勝手に版画の師匠としている人である。
 もっとゆっくり時間が流れていた、そんな時代の記憶が、このマッチ箱には染み付いている。



   2014.02.22.   ................トップページへ



 ― ヤチムン・火の車 ―





 マッチ箱がもう一個出てきたので … 版画とはあまり関係がないけれど、色々風景がよみがえってきたので … 。

 「ヤチムン」というのは沖縄の焼き物のことらしい。
 実は今日調べてみるまで、数十年間アイヌ語だと思っていたのだが沖縄だったとは! いつの間にか記憶の中で北と南が反転していたようだ。
 「火の車」のほうは由来は全く覚えていない。

 先のマッチと同時代の話である。


 その昔、中央線中野駅南口のすぐそばに「ヤチムン・火の車」というスナックがあった。
 このスナックのマスターがM女史の知り合いだったのだ。

 このスナックが「今年いっぱいで店じまいをする、暇そうなので遊びにいってやってくれ」というお達しが仲間内に回ってきたのは、そろそろ寒くなり始めた頃だった。

 こちらも暇であった友人たちは全く知らない店ながら、言葉通り暇つぶしに週末に、中には何本か電車を乗り継いでやってきた奴も含めて、顔を出してみたのだ。

 確かに暇そうで、行ってみると誘った仲間しかいない。
 M女子は店の隅っこで木版画の木くずを広げている。
 持ってきた書類を書いているやつもいる。
 転がっていた穴のあいたギターをなんとか弾くやつがいれば、一応歌うやつもいる。

 私は、水割り一杯と、皆のヒンシュクを買いながらも必ずクサヤの干物を焼いてもらって、週末の夜をボ〜〜ッと、 いや … 仲間と話して過ごしていたのだ。
 別に毎週行った訳でもなかったのは他の仲間も同じである。

 
 しかし、そうこうしているうちに、不思議な事に普通のお客さんも結構入るようになってきたのだ?

  … サクラというのは本当に有効らしい!


 ま、入ってみた店が終始ガラ〜ンとしていては、普通の人はまた来ようとは思わないかも知れないが、邪魔にならない程度に何やら好き勝手な事をしているちょっと変な客が程々にいるのは、意外と居心地がいいのだろう。

マスター「こんなに客が入るのなら、店を続ければよかったな〜!」
M女子 「続ければ?」
マスター「店の賃貸契約を打ち切っちゃったから、もうダメ!」


 かくして、消える前のローソクの如く、一花咲かせて火の車は消えていったのでありました。


 いつだか、新宿のゲーセンで仲間と「ホドホド」に騒いでいたら、店のお兄さんが「ごゆっくり遊んでいって下さい」とタダでコインを一山持ってきてくれたのも、客が途絶えている折に客寄せの為にちょうど良いグループ、との判断からだったのだろう。



 水商売というのは、面白くもまた難しいものですな。




   2014.03.16.   ................トップページへ