北海道へ行こうよ’1993

上は足寄のどこか。
右は江差の風力発電施設。
GTS1000は今現在の足です。

北海道へ行きたい。・・・・。

でも、どういう準備が必要で、どんな道具が必要かわからない。
キャンプなんてしたこと無いのにどうしたらいいの?
雨が降ったら?
トイレに行きたくなったら?
風呂に入りたくなったら?
フェリーって、どうやって乗るの?
船の上で何をしたらいいの?(ええいうっとおしい。それぐらいじぶんでかんがえろっ!・・・いや、失礼)

そういう北海道バージンのあなたのために、93年に経験した私の初めての北海道行きをトレースします。参考にしてください。

私としては北海道こそ初めてのツーリングに行くべき場所だと思っております。ただし、北海道を知ってしまうと、後遺症として近場のツーリングに行けなくなります。だって、信号は多いし、キャンプ場は無いし、暑いし、道は曲がっているし。・・・


93年8月4日
荷物をまとめた。あれもこれもと詰めているうち、収拾がつかなくなった。全部で30kgは有りそう。

さて、初めてのツーリングでで一番困るのが、何を持っていくかということ。参考までに私の初めての北海道行きの荷物をお披露目しましょう。

ただし、初心者の方は、これだけつめばまともに走れません。私は曲がりなりにもバイク歴26年の北海道バージンでしたからね。

身につける物 免許証、財布、保険証、キャッシュカード類(注1)、フェリーチケット、お金(財布とは別の全財産。通常内ポケットだが、皮パンツの膝のカップに1万円ずつ入れておく)、コンパス付きの時計(注2)
防寒装備(真夏でも10度以下になることがある)兼用 ゴアテックスジャケット、エンデュロパンツ、ゴアテックスグローブ、ヘルメット(注3)、ブーツ、薄いウィンドブレーカー上下、替えのグローブ(濡れたとき替える)
タンクバッグ 家からフェリー乗り場までの地図(注4)、北海道地図、記録用手帳、ペン、ウェットティッシュ、シールドクリーナー(注5)、普通のトイレットペーパー(芯無し)、ラジオ、携帯電話と充電器(バイクのバッテリーからとれるようにした)、カメラ
着替え 下着3日分、靴下、長袖のフリース上下(北海道は晴れていると30度を超すが、雨が降るととたんに10度以下になる。これは寝間着兼用)
雨具 かっぱ上下、レイングローブ(冬用の綿入りがいい)、ブーツカバー、折り畳み傘(食事に行くときなど必要)、ザックカバー(70リットル用ぐらい)
就寝道具 テント、シュラフ、シュラフカバー、ランタン、エアマット、グランドシート(ビニールシート、テントの下にしく)、蚊取り線香、虫除けスプレー。
自炊用具(自炊しないなら不要) ボンベ、バーナー、コッヘル(鍋などのセット)、割り箸(これが一番)、ペットボトル(水筒代わり)、使い捨てライター、食器を洗うスポンジ、椰子の実洗剤
救急用品 粘着包帯、傷当てマット、消毒薬、血止め、いびき止め、頭痛薬、腹薬、
あると便利 降りたたみイス(キャリア代わりにする)、ロープ、洗濯ばさみ、小袋の洗剤、ビニールゴミ袋(防水に使う)、裁縫道具、ティッシュペーパーかペーパータオル
工具、部品 工具一式、スペアチューブ(注6)、エアバルブコア(虫ってやつね)、パンク修理道具、電球、レバー(注7)、針金、ガムテープ、タイラップ(電線を止めているバンド)、ゴムホース(燃料を分けてもらうとき便利・・注8)、チェーンオイル
以上を入れるバッグ 私は最近ホームセンターで売っている、ふた付きの樹脂ケースをキャリアに固定して使っている。雨が降ってもだいじょうぶ。ふたに防水テープを貼っておくとよい。
積載用補助具 みやげ等を入れる袋、ゴムのロープ、余分なネット
船内用荷物 ナップサック1個、お菓子類(船内は高い)、カップラーメン等、タオル、洗面用具、サンダル


荷物の積み方


オートバイは何にする?

貧乏人が北海道へ渡る手段として長距離フェリーを使うものとすると、750CC以上はさけるべきでしょう。料金が5割増しになるから。
高速を使わない人は125CCという手もあります。原付と同じ料金でフェリーに乗れますから。
でも、北海道では時速100KMクルージングが当たり前なので、やっぱり250CCがベストでしょう。
普通の人は(私のように際限なくバイクを購入する人以外は)すでにあるバイクで行くしかないわけですが、この際買い換えてみようとか、まだバイクを持っていない人におすすめするバイクを私が選ぶなら。

もう定番。旧式のホンダXLシリーズ。なぜかというと・・・・。私の場合、83年式のXL250Rを選んだ訳ですが、すでにXLRシリーズがあったにも関わらずなぜ、当時でさえ10年落ちのバイクを選んだのかというと。

もちろんヤマハTT250レイドやスズキDR250ジョベルもいいです。あ、カワサキKLXも・・・・。よいしょ。ロードマシンだったらVT250が一番いいんじゃないでしょうか。ただ、北海道をくまなく走るのならオフロード車がベストです。
大型免許があり、気持ちよく走りたいのならホンダのアフリカツインがいいでしょう。ただし燃費は15kmぐらい。ガス代は250の倍以上かかりますが。振動がなくスムーズなので疲れません。実際北海道へ行くと、いままで見たこともない数のアフリカツインを見ることになります。毎年限定で売られているんですが、街中じゃ見ませんよねー。


93年8月5日
太平洋フェリー 20:00名古屋発に乗るため、雨の中どらえもん状態の両手をかばいながら(前日、仕事で両手とも大怪我をした。医者に泣いて頼んで、レバーを握れるように4針縫ってもらっが、北海道で、ちゃんと病院に行くことを誓わされた。)この日のためにレストアしたホンダ83年式XL250Rで名古屋港へと急ぐ。

出航20:00。乗り込み1時間前の18時30分に名古屋港金城埠頭のフェリー乗り場へ到着。その前にコンビニで今晩のご飯を買う。
乗船口で両手に包帯を巻き、ずぶぬれの私を見て、乗務員が言った一言。
「悲惨ですねー。事故ですか?」
ずぶぬれライダーを考慮してくれたのか、早速風呂を使えるようにしてくれた。

フェリーの予約について

  • 北海道へ一番不安なくいける方法がフェリー。とにかく港へ行き、バイクを積んだらあとは31時間(今はもっと速いやつもある)船旅を楽しみながら北海道へ。
  • さて、フェリーに乗るには予約が必要です。予約は搭乗する日の2ヶ月前から受け付けます。つまり8月5日の船に乗るには6月5日に予約しなくてはいけません。よって、今年の夏休みに行こうと思ったら、もう遅いわけです。キャンセル待ち(注)しかありません。私は旅行代理店で頼みます(私の場合、近畿日本ツーリスト・・・近くにあるから。)。旅行代理店というと、ツアー専門だと思っていましたが、チケットだけでも手配してくれます。(キャンセル待ち・・・夏休み直前になると意外なぐらいフェリーのキャンセルが発生する。仕事の都合が一番多い。私も一度やった。申し込みをしておこう。)
  • 手順としてはまず、何日の出発で、どこからどこまで乗りたいのか、バイクは何CCなのか、(原付、750CCまで、それ以上と分かれています)何人なのか、を少なくとも第三候補ぐらいまで告げましょう。私は、敦賀ー小樽、舞鶴ー小樽、名古屋ー苫小牧の順に探してもらいます。もしあいてなければ1日ずつ前の日を探します。で、とれた日から有休を取って行っちゃいます。だってとれないもんはしょうがないじゃん。予約金として1000円ぐらい入れときましょう。
  • ちなみに今年(99年)も8月5日の便を予約したのですが(夏休みは8日からにもかかわらず。これでも管理職だ)、6月5日のお昼にはもう席はありませんでした。午前中にすべての席が埋まったわけ。一人分は何とかとれましたけど、弟の分はとれず、弟はあきらめました。さて、名古屋から北海道へ渡るには、名古屋港から苫小牧へと渡る太平洋フェリー、福井県敦賀市、京都府舞鶴市からでる新日本海フェリーがあります。太平洋フェリーは、途中、宮城県仙台港によってから北海道の苫小牧港へ向かいます。ただし、日本地図を見るとわかるように、日本海より距離が長くなるため料金も倍近くします。貧乏なあなたは、下道を走って敦賀か舞鶴まで行き、新日本海フェリーに乗りましょう。片道バイク込みで1万8千円ぐらい(2等寝台)です。往復で買えばさらに復路に1割引の値引きがあります。しかし、先に書いたように、帰りが8月の12日だとすると、予約も6月12日からになります。ここは、旅行代理店を利用して、切符をとってもらった方が楽です。そうでないと、帰りのフェリーがとれず、片道切符で行きっぱなしという事態になります。実は、93年の北海道行きがそうでした。北海道の2日目に旭川の旅行社で、なんとか帰りの2等寝台がとれたのですが、日にちが選べないため、上陸して3日後のフェリーしか取れずに、滞在4日で泣く泣く帰らなければいけなくなってしまいました。
  • いまではホームページで予約状況がわかるようになっています。下にあるそれぞれの会社のホームページへのボタンをクリックしてください。
  • フェリーにも列車のように等級があります。一番安いのが2等。いわゆる雑魚寝(ざこね)です。昔はほんとに雑魚寝でしたが今は数人ずつ小部屋に振り分けられ、寝るスペースがないなどということはなくなりました。(おかげでライダーが乗れる人数が減ったのだけど)ひとなつっこい人はこちらで十分です。ただ私のように一人になりたい人は2等寝台をとりましょう。これは2段ベッドになっていて、荷物を置くスペースも用意されています。2等寝台にした人は船のロビーにあるフロントでチケットを見せ、自分のベッドを指定してもらいます。二等寝台のいいところは荷物を比較的安全に保管できる事です。もちろん扉があるわけではなくカーテン1枚で仕切られているだけですが、2等のように荷物を自分の側に置けないということは起こりません。私は毎回2等寝台をとります。今回は太平洋フェリーをとったので料金は片道27910円になりました。日本海だと18000円ぐらいですみます。私が二等寝台をとるのはいびきをかくからです。???なぜなら2等の雑魚寝だと荷物のそばで寝なくてはいけませんが、2等寝台だと荷物を置いて、自分は甲板で寝れるのです。
  • 今年(99年)から新日本海フェリーに敦賀ー新潟ー秋田ー苫小牧航路ができました。ただし、新潟発は毎日出航ですが敦賀発の出発は月曜1便のみ、帰りは土曜日1便のみです。この航路の到着地は、太平洋フェリーが街中に着くのに対し、襟裳岬寄りの郊外になりますので街中を走らずに済みます。
    さてめでたくフェリーがとれました。あなたが当日する事を手順を追って説明しましょう。
    1. フェリー乗り場に遅くとも出航90分前についておく。オートバイが並んでいるので、その最後尾にオートバイを置く。おっと、その前に途中のコンビニで、必ず今晩の晩飯を買っておきましょう。フェリーの出航が遅いため、その日の船内レストランは開かないから。太平洋フェリーの場合、仙台行きと苫小牧行きの並びがあるので間違えないこと。
    2. 窓口へいき、乗船申込書を書く。自動二輪の枠に、排気量、ナンバー、を書かなくては行けないので、バイクから降りるときナンバーを控えておくこと。出発日時、出発港、到着港を記入し、予約クーポン券といっしょに窓口へ出すと、乗船券と引き換えてくれます。往復を予約した人は帰りのチケットもここでくれるので、なくさないようにしまいましょう。なお、往復で買った人は、帰りはこの乗船手続きは要らないので、そのまま船に乗れます。
    3. フェリーの中で必要な物(洗面用具、着替え、サンダル、本、お金、etc)を別の荷物にしておくこと。これは、出航したらバイクのところへいけなくなるため。忘れ物がないように。
    4. 乗船チケットを手元に置くこと。ポケットの中でいいからすぐ出せるところに。以外と出発間際に見当たらずあわてることが多い。
    5. 出航1時間前ぐらいから乗船開始の放送があるので、(オートバイは最初であることが多い)係員にチケットを見せ、鋼鉄製のスロープをあがってゆきます。短距離ですがヘルメット着用!。滑りやすいので、ゆっくりと。係員の誘導に従い、船の横っ腹の方へバイクの頭を向け止め、サイドスタンドを出します。センタースタンドはだめらしいです。ギアをローギヤにいれます。係員がロープを掛けるので、よく見ておくこと。カウルに掛けられて割れたりしないよう指示した方がいいでしょう。目の前に棚があるので、荷物を全部下ろし、棚に載せるか足下へ置きます。これは船が揺れたときのため。ヘルメットは置いといてもいいです。船が動き出したら、だれも車両甲板へは降りてこれないから。先ほど別にした船内用荷物を持ち、狭い階段を上へ上がってゆくと3階ほど上ったところがロビーです。ここで、チケットを見せると、あなたはめでたく船の乗客になります。
    6. 2等の人は先を争っていい場所をとります。棚があるところとないところがあるから、荷物を置きやすいところへ。まん中より壁際が落ち着くでしょう。最近は別室で女性専用の2等もあります。2等寝台をとった人はフロントでチケットをみせ、寝台を指定してもらいます。番号を頼りに自分のベッドへ。2段ベッドになっていて、だいたい1室8人ぐらい。ブーツを脱いで、サンダルに履き替えましょう。服装はショートパンツとTシャツで食事をはじめ、船内全部OK。ただし、下着や浴衣はだめ。空調は完璧(約25度前後)なので、寒さに弱い人は長袖を用意しておきましょう。ほんとに快適だよ。
    7. 荷物が落ち着いたら、風呂へ行くなり、テレビを見に行くなり、映画を見に行くなり、本を読むなり好きにしよう。今から31時間(当時、今は26時間ぐらい)あなたは何もする必要がないですから。こんな時間は日常じゃ無いはず。ゆっくり楽しみましょう。私が見た限りじゃライダーはひたすら寝ていますねー。船の先頭にあるフォワードルームで海を眺めながら本を読むのもいいです。甲板にはプールもあります。デッキチェアーでお昼寝なんてのもいいですねえ。運が良ければイルカが船と併走してくれたりします。私の時はウミガメが浮いていました。飛び魚も飛んでいました。
    8. 翌日目が覚めたらレストランへ。ライダーは食費を安くあげるためカップラーメンを持ち込む人が多いです。お湯は無料でふんだんにあります。ただし割り箸を忘れないように。しかしせっかくの船旅です。私は3食ともレストランを使います。確かに高いです。朝で1000円、昼、夜は1500円以上かかります。しかし人生の中のたかだか2日間です。食事を楽しもうよ。新日本海はグリル形式(好きなものをとり最後に会計する)、太平洋はバイキング形式(最初に1000円なら1000円払えば食べ放題)となってます。好きな物を好きなだけ食べましょう。ただし運動しないから確実に2kgは太るので注意。
    9. 食事以外は時間に拘束されるのは風呂ぐらい。あとはのんびり北の大地に思いを馳せましょう。ライダー同士情報交換もいいでしょう。私は鬼平犯科帖を4巻読み尽くしました。  
青森港から乗るライダーへ
青森まで自走して函館に渡ろうと考えているあなた。予約はしてますか?青森港では97年にいったとき、バイクのキャンセル待ちがありませんでした。つまりいくら待っても、載せてもらえないのです。私は結局八戸まで戻り、キャンセル待ちで乗れたのですが・・・。大間からのフェリーはキャンセル待ちに3日かかりました。学生だったらともかく、サラリーマンのあなた。絶対予約しておきましょう。
フェリー会社へのリンク集
  • 新日本海フェリーのホームページへのリンクです

    太平洋フェリーのホームページへのリンクです 
      北海道行きのすべての航路はこちら     

さていよいよ苫小牧港に到着。                                  


日高ケンタッキーファームを横目で眺めながら、二風谷というアイヌの部落があるところで、ゆでたジャガイモとトマトを買って食べた。うまいなんてもんじゃない。今まで食べていたジャガイモやトマトは何だったんだ。しかし、肝心の物がない。トウモロコシ。今年は冷夏で、まだ、取り入れできないそうだ。食べたかったのに・・・。ジャガイモを腹一杯食べ、出発。次の目的地、あの富良野へ。今日のキャンプ予定地だ。
左の写真はセンスのかけらも無い服装の参考です。上から下までピンクでコーディネート。上からラフアンドロードのベンチレーションジャック、AXOのMXパンツ、シディのMXブーツ。背中、肩とひじにはパッド入り。ヘルメットはアライのSZ。100kmでこけても大丈夫。(と思う)
北海道ツーリングはこれぐらいの装備がほしいです。ペースが速いから。


93年8月8日
さて、いよいよ今回最大の目的地である、ルルールルルーの富良野である。
まずはどうしても行きたかった、黒板五郎のうちへ。例の物語で、蛍たちが育った家のレプリカが、そのまま残してある。
こんな田舎にこれだけの観光客を呼んだ、あの物語の功績を思い知った。
緩やかに続く丘陵地帯。
光を浴び、さまざまな色を見せる。
今晩の宿はここに決めた。
早速キャンプ場へ行ったのだがいっぱいである。
近くの公園にテントを張り、夕食を探す。
市内のラーメン屋で食事をしたら、富良野へ到達したという証明書をもらった。
富良野へ向かう途中にある二風谷(にぶだに)はアイヌの部落です。いろんな民芸品があります。ここで食べたいのが、とうもろこしにジャガイモ。今まで食べていたジャガイモは何だったんだというおいしさ。このように北海道ではいろいろな農作物が、いたるところで(農家の庭先など)売られています。見かけたら、フルブレ−キングして味わいましょう。至福の時間を過ごせます。
富良野は北海道の中では最も観光地らしいところです。夏休み中の混雑は半端じゃありません。
できればキャンプ地としては避けたほうが無難です。(キャンプ場はあまり大きくありません)

キャンプをしよう

北海道での宿泊はいろいろな方法がありますが、なんといってもキャンプがお勧めです。
他に無料のライダーハウス、民宿、国民宿舎等に止まるという手もありますが、夏休みにはほとんどが相部屋となるため、私のようにいびきをかく人間にはつらいものがあります。
なかでも、ライダーハウスは出会いを求める人には一番でしょう。ただ、最近勘違いしているライダーが多く、どんどん閉鎖に追い込まれています。
あんたたち、無料の意味を履き違えるなよー。あくまでも、好意で寝る場所提供してくれているのに、文句を言うなよな。
それに電気代等として500円ぐらい取るところがあるんですが、お金を払うからといって、とたんに遠慮がなくなるってのもどうかと思うぞ。わたしゃ。
  • 朝出発するときに、今日の宿泊地を決めておきましょう。もちろんキャンプ場です。前述した北海道キャンプ場ガイドから、次の条件を満たすところを探しましょう。
    1. トイレが水洗。これは今の時代重要です。私ぐらいの世代の水洗トイレに対する憧れは今の若い人にはわかりますまい。ただし水洗のところでも、う*こがテンコ盛りというところもありました。このキャンプ場ではずっとトイレを我慢する羽目になりました。(どことはいわない)トイレがきれいが一番。
    2. 料金が300円以内。通常北海道のキャンプ場は無料であることが多いです。高いからといって、設備がいいとは限りません。もっとも高いところは風呂があるところが多いですが。風呂は途中で済ましておきましょう。道端にけっこう施設があります。私が気に入った風呂は、釧路湿原にある鶴居の湯。帯広から襟裳岬へ行く途中にある忠類村にあったナウマン温泉。
    3. オートバイが設営場所の近くまで入れる。これは結構重要で、一番遠いところで、100mぐらいすべての荷物を運んだことがあります。1時間近くかかりました。(阿寒湖。金山湖。)バイクに荷物を残しておくわけにはいけませんし。
    4. 景色がいいところ。いままでのベストは、
      1. 弟子屈(てしかが)多和平牧場キャンプ場。見渡す限りすべて牧場。ただし、近くの店まで20km。350円。
      2. 根室町営キャンプ場。目の前が海。ここも近くの店まで10km。無料。
      3. 知床羅臼望郷台町営キャンプ場。毛がにをこっそり売りにきます。1匹500円でしかもうまいときてる。
      4. 霧多布キャンプ場。がけの上にあり、晴れていれば最高の景色ですが霧が出ると敷地内にある霧笛が一番中なりやまず寝れません。でもそこがよかったりします。バンガローもあり、雨の日はこちらに泊まるという手もあり。
      5. 帯広から南下したところにあるカムイコタンキャンプ場。星がきれいでした。無料。
    5. 虫のいないところ。北海道の蚋は並みの数じゃありません。網走の近くで泊まったキャンプ場は前が見えなかったほど。一番中羽音に悩まされました。できれば海辺は避けたほうがいいでしょう。同じ海辺でも霧多布のようながけの上は虫はいません。
    6. できれば温泉がそばにあればベスト。襟裳岬へ行く途中静内の先に温泉つきのキャンプ場があります。

3日目

93年8月9日
日の出とともにテントをたたみ出発。
富良野から峠を越え、パッチワークの丘で有名な美瑛を走り抜ける。
丘を見渡せる場所から見ると本当に色とりどりのパッチワークのよう。
ここが一番北海道らしいなあ。
そしていよいよ北海道で、札幌に次ぐ大都市、旭川へ。本日の最大の目的、旭川ラーメンを食べるため店を探したのだが。
昨日までの低温はうそのよう。
35度はある。
もともと、ここは北海道で一番暑く、また、一番寒い場所でもある。
で、北海道にはエアコンのあるラーメン屋なんぞない。
あつかったー。うまかったー。きてよかったー。
ここで、帰りのフェリーを予約することにした。
旭川駅で乗れるフェリーを検索すると・・・。
8月11日しかない。実質、あと1日しかないのである。
しかもここで、さらにとんでもないことがわかった。
東海地方を日本海へ抜けた台風が、勢力を落とすことなく日本海を北上しているのだ。
直撃予定は8月11日!私は帰れるのか!というより、ついたばっかりで帰りのことを心配してどうするっ!
  • 旭川は、北海道のほぼ中心にある、大都会です。
    この街は旭川ラーメンで知られていますが、大都会らしく交通渋滞がすさまじく、ラーメン屋さんへ到達するのに苦労します。
    バイクで走っていると、あちこちで行列が見られますが、そこは間違いなくラーメン屋です。
    私たちが入ったのは蜂屋さんという店で、混雑しているにもかかわらず、麺の固さ、スープの濃さを聞いてくれました。ただ、注文どおりだったのかどうかはもう忘れました。汗だくになって食べたラーメンのおいしかったこと。
  • 北の国からの舞台は富良野でしたが、実際の撮影は旭川の手前、美瑛を中心として行われているようです。あの、緩やかに続く丘陵地帯は美瑛にしかありません。毎年8月半ばに、美瑛でライダーの祭りが開催されます。日にちはバイク雑誌の北海道特集等で確認してください。
暑い旭川から有名な層雲峡を抜けて、北海道最高地点である三国峠を目指すことにした。
通常なら国道39号線を一度北上し、愛別町から南下するだけでいい。しかし急ぐ旅じゃなし、弟と相談し、当麻町から林道を走り、ショートカットすることにしたのだが・・・。深い砂利道を、行けども行けども舗装路に出ない。約40km走ると行き止まりになった。そこにあったのは温泉のあるロッジ。旭岳への登山口である。もう、4時を過ぎている。ガソリンもない。どうしよう。
結局、ガソリンを大量に抱えているアフリカツインに先に行ってもらい、こちらは、エンジンを切り惰性で下りていくことにした。
深い砂利道のため先を走るアフリカツインが盛大な砂煙を上げているので、どの辺にいるのかよくわかる。
と、砂煙が止まった。
煙のところまでたどり着くとアフリカツインがおねんねしていた。2人がかりで総重量300kgに迫るバイクを引き起こす。
約35km戻ると、分かれ道があった。くるときは気づかなかった道である。
何の事はない、くるときにここを右折せず左折すれば、ほんの500mぐらいで舗装路に出たのだった。
約80kmのロスであった。
舗装路へ出るとすぐスタンドがあった。ガソリンを入れると9リッターのタンクに8.5リッター入った。よかったあ。・・・
結局本日は予定より80km手前の層雲峡で泊まる事となった。
テントを張り、風呂を探すと簡保の宿からバスが迎えにきた。これのると、無料で、お風呂のある簡保の宿へつれてってくれる。(当然だけど風呂は有料で当時で400円ぐらいだった。)
ついでに食事も済ます。刺身定食1100円!た、高い。しかし出てきたものを見てびっくりである。鯛に、うにに、いくらにイカソーメン。
刺身だけでも2000円分ぐらいある。よかったあ。ここは北海道なんだということを再認識した。
層雲峡は北海道でも有数の景勝地です。断崖絶壁の底を走っていく国道39号線。だだっ広いイメージが先行する北海道において、唯一圧迫感を感じる場所でもあります。三国峠は国道39号線をそのまま南下し大雪ダムから国道273号線に入った場所にあります。北海道の道路での最高地点です。この当時、まだ未舗装で、秘境でした。峠はトンネルとなっており、トンネルを抜けると十勝の原生林が視界いっぱい広がっています。今は、完全な舗装となっています。私はここで何回も鹿と出会いました。糠平湖の横を抜け降りきったところが、日本一の直線道路を持つ士幌町です。

4日目

93年8月10日
ラジオによると台風がすぐそこまできているらしい。
今日は、北海道国道最高地点、三国峠を越え、士幌町にあるという日本一の直線道路を走ることにした。
本当に、まっすぐである。・・・しかし視界が開けないため美瑛町で感じた開放感がない。天気が悪いのも原因だろう。
次に向かったのは、北の国からの次にエンドレスで流れる松山千春の故郷、足寄だ。
松山千春はえらい。
彼が故郷を紹介しなかっら、ただの田舎である。(足寄の人ごめんなさい!)
このときまで、足寄の駅舎は古いほうだった。翌年は派手な駅舎に変わっていた。
国道274、242と抜け、豊頃から十勝川を渡る。
このころまで、豊頃町の十勝川には橋がかっておらず、道東へ行こうとすると、池田町まで北上しないといけなかった。
当時はまだ、道東の太平洋岸は秘境だったのである。
しかし、この年完成したらしい、地図にない橋を渡り、われわれは十勝川を越えることができた。北海道ではほぼ毎年、地図にはない新しい道が完成しているので、地図上で途中で途切れた道を見つけたら、一度思い切って行ってみるのもいいかもね。
釧路から北上し、釧路湿原内にある塘路湖を今夜の宿とした。これ以上走るのは危険と判断したからだ。
いよいよ今夜、台風の暴風圏に入るのである。
今回初めて使うテントは大丈夫だろうか。
この日とうとう台風が北海道を直撃することになりました。生まれて初めて、屋外で台風をやり過ごすことになったのです。
10日夜風が渦巻きだし、テントが呼吸を始めました。
このとき薄皮一枚のテントがどれほど頑丈か知り、この皮一枚内側がどれほど快適か思い知りました。
そしてうつらうつらしながら迎えた11日朝4時ごろには台風の目に入り、風もやみました。
さあ、最後の全開走行が待っています。
93年8月11日
夜が明けると同時にテントを撤収。私は今夜の6時の船で帰らなければならない。
あと5日間こっちにいる弟と別れ、再び吹き出した風と戦いながら、釧路湿原を北上。
阿寒湖から弟子屈町を抜け、西へ。
再び足寄を抜け、帯広、ドリカムの美和さんの故郷池田町、清水町をぬけ、国道274号線を日勝峠へ。
台風の影響はすさまじく、標高900m弱の峠では気温9度しかなかった。8月だよ、8月。
あまりの寒さに、ドライブインのトイレに立てこもる。あったかい・・・。
十分あったまったあと、思い切って走り出す。
十勝で、またまた地図にない国道274号線が開通しているのを発見。
1ヶ月ほど前に開通したらしい。ここがなければ、南下して海岸線まで出るか、北上して、再び富良野を抜け旭川方面から日本海へ抜けるしかなかったのだ。助かったあ。
暴風の中、できたばかりの真新しい道を夕張、千歳、札幌と抜け4時に小樽到着。
フェリーターミナルへ駆け込むと・・・。
私の乗るはずの船は10時間以上到着が遅れていた。台風だもん。あたりまえだよなあ。
しかし私は運がよかった。
私の次の便は欠航したのだ。つまりチケットが無効になったのである。
船1隻分の人がキャンセル待ちをすることとなったが、当然席は空かない。
私のチケットは有効のまま、出港だけが遅れたわけだ。
しかし、どっちがよかったのだろう。欠航という公然とした理由で、もっと北海道にいることができたのに。
船が着いてから出港まで約6時間。普段なら10時間かけて行われる船内清掃、食料積み込み、燃料補給をこの時間内で行うため、すべての船内従業員が駆り出された。
このときの船内放送。
「すべての従業員の方はごみ袋を持って、船室の清掃を行ってください。このままでは出港に間に合いません」
売店の売り子まで駆り出された、この緊急作業のおかげで、結局私の船は荒れる海の中、16時間遅れで出港できた。
ただ、15000トンもある船が木の葉のようにゆれるとどうなるか、この身をもって知ることとなったのはご想像のとおり。
風呂のお湯があっという間にからっぽになるんだもの。

83年の旅は急ぐあまり、さらに台風と冷夏のせいで、北海道らしい食べ物はほとんど食べることができませんでした。
このため、この年からほぼ毎年、さらに5回も行くことになりました。
ただ、BMWや、弟のバイクで行った旅は、最初のこの旅以上に印象に残ることはありませんでしたねえ。
ですから、みなさん。
感受性の強い若いうちに北海道へ行きましょう。
貧乏なほど北海道の印象は強くなるはずです。できたら自転車がいいかなー。


何かご質問があれば遠慮なくどうぞ
soejima@venus.dti.ne.jp

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今、1999年版を書いています。ご期待ください。