18年前の原稿です。わりと気に入ってますので、タイトルにつかわせてもらいます。
告・・・地名、方言は架空のものです。実在の地名とは一切関係ありません。よって苦情はいっさい受け付けません。(ということにしておこう。)

物の怪姫(もののけひめ)


昔のお話じゃ。いまから200年ほどまえだったかの。三河の山奥に猿投山という山があったのじゃ。くぬぎやらかえでやらいっぱいはえておっての、それはそれは美しい山じゃったと。その猿投山のふもとに小さな国があって、貧しいながらも栄えておった。ほんとにちいーちゃな国じゃったからの、攻めこんでくる国もそうそうなかったのじゃ。それにもし何処かの国が攻めてきても、とてつもなく乱暴な、あ、いや、その、強い、そう、つよーおい守り神がついておったからの、村人は安心しておられたんじゃ。この守り神、名を源五郎とゆうてな、猿投山のどこかにいつのころからか住みついていたそうな。見た者の話じゃと、身の丈は八尺あまり、全身毛むくじゃらで、真っ赤な目がひとつだけらんらんと輝いていたそうじゃ。みるからに恐ろしい、できれば一生あわずにいたい化け物じゃったと。そんな化け物がどういうきまぐれでこの国を守るようになったのかのう。だれも知らんかった。いや、知ってる者はいたのじゃが、源五郎が約束どうりこの国を守っていたことなど、ずっと忘れておったのじゃ。そう、15年前の約束どうりにな。そう、あれからもう15年たっていたのじゃ。
  「すっかり、春めいてきましたのう。もう、うぐいすが鳴いちょる。」
村のはずれにある、こぎれいな屋敷の庭では、さきほどたずねてきた村長の言うとうり、うぐいすがないておった。普通の国じゃったら、お城にあたる場所なのじゃが、低い石垣はあるもののとてもお城と呼べる建物じゃのうての、ま、大きな武家屋敷じゃな。
  「うむ。もうすぐ桜も咲くのう。あったかくていい日じゃ。ほれ、あそこ。もんしろちょうじゃ。」
このひとが殿様じゃ。四十になったばかりで、ま、なんとなく気品はあるが、言われなければだあれも殿様じゃとは思うまいな。どうみても人のよさそうなおじさんじゃ。じゃがのう、このおじ・・・いや、猿投之守末次(さなげのかみすえつぐ)がこの国を継ぐ前は、それはそれは貧しい国じゃったと。野盗には襲われるは、近くの国からは攻め込まれるはで、なにひとついいことがなかったそうじゃ。それが、このお方が国を継いでからというものの、貧しいながら、活気のある平和な国になったんじゃ。いや、正確に言うと、ややこが生まれたころからじゃな。ちょうどその頃から源五郎がこの国を守りだしたのじゃよ。
  「父上、父上、つくしが、ほら、こんなに。」
殿様と村長は、声のしたほうに目をむけた。庭のはしっこのほう、石垣のむこうから少年が顔をのぞかせておる。猿投之守末次の長男、茶茶丸じゃ。どうやら石垣をよじのぼってきたらしい。登りきると、いちもくさんにこちらへ走ってきた。片手に持った風呂敷からつくしがこぼれそうになっておる。
  「茶茶丸殿はいくつになられたのかのう。」
目の前でちょこんと頭を下げた少年に、村長が話しかけた。
  「はい、十五になりました。」
まっすぐこちらを見つめ茶茶丸が答えると、村長は年甲斐もなくどぎまぎした。この子と話すといつもこうじゃった。澄み切った大きな瞳に吸い込まれそうになりおる。
  「十五か、・・・ん、じゅうご、あっ、ああああ。」
茶茶丸の返事をきいたとたん、何かを思い出したように村長は声をあげた。殿様の方を見る。
  「今日来てもらったのは、そのことなんじゃ。つい、うっかり忘れておった。この子が、十五になってしまったんじゃ。」
殿様は、うなだれて首を振りながら言うた。茶茶丸は、ふたりの会話についてゆけず、きょとんとしておる。どうやら、このふたり、茶茶丸に関して秘密を持っておるようじゃ。それも、あまりいい話じゃないようじゃの。
  「あんな約束するのではなかった。あんな・・・」
話は十五年前にさかのぼる。場所は同じ屋敷、季節も同じ頃、じゃが、庭は荒れ果て屋敷もどことなく薄汚れておる。屋敷の中では、鎧を付けた武士達が、疲れ果てたようにすわりこんでおった。あの日も村長はこの屋敷に呼ばれとっての。なにせ猿投之守末次殿が一年ほど前に殿様になったばかりじゃったから、右も左もわからん。そんなところへ、飢饉やら隣の国からの侵略やら重なってしまっての、もう、ぱにっくじゃ。そう、今は、戦のまっ最中。しかももう敵は、すぐそこまできておるのじゃ。
「 もはや、これまでか・・・。」
屋敷のはじにある台所の土間で、足軽から戦況報告を聞いた末次はためいきをついた。勝ち目のない戦なのははじめからわかっておったのじゃが、これほどあっけなく攻め落とされるとは思わなんだ。北を猿投山、東を矢作川、西を三好丘陵に守られ、唯一開けた南側に軍勢を配置していたんじゃが、まさか騎馬部隊で山側から攻めてくるとは・・・。
とにかく今年はついとらんかった。冬のあけるのが遅く、春に収穫できる野菜が去年の半分しかとれず、くわえて梅雨にはいっても雨が無く、田植えがおくれ、そこへこの戦じゃ。
いやー、どうやら去年の大豊作が隣の国の目に付いたようじゃのー。
つづく
(メールが来たら続きを書きます)
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