のぶのインターネット日記



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7月31日成年推奨
7月30日 見せる日記
7月28日離婚
7月27日off会
7月25日待望の主婦メール出来る
7月20日アトランタオリンピック始まる
7月15日三女 さえ ついに歩く
6月20日もものはながさいた
6月 知らない世界
5月24日楽しい
5月23日妻ははじめて
5月きた!
4月中旬遅いぞ
1月連絡無し
12月INTERNET 1996 WORLD EXPOSITION



7月31日 成年推奨

Gさんのメールに紹介されていたホームページっと、おー、、、、、なんと言ったら、主婦ってこういうの見る機会ないのよねー。しかし、、、、友達来たら見せよ。前にこういうの探したら、全部前にパパが見ていた。おやじも好きよのー。


7月30日見せる日記

ホームページにこの日記を載せる。くだらないとかやめろとか言われないかな、とパパに聞くと「それは見る人の勝手だから。」そうか、そうだよね。ホームページに日記載せている人って結構沢山いる。Gさん、さん、それに おもしろい日記を見つけた。彼女はこれで 就職口を見つけたようだ。物を書く人にとっちゃあ、この手段はたまらなく便利だろう。 そういえば断筆宣言をした作家もインターネットでなんちゃらってニュースでやってたっけ。


7月28日離婚

我が家のタイムテーブル-8:30pm子供達寝かす。9:00pmママ起き出す。ネットサーフィン等、コンピューターとにらめっこ。10:30pm頃ママ寝る。12:30AMパパ帰宅、食事しながらママの質問責めに合う。質問内容:実にくだらない。「これをこうしてもこうならんくてさー」等々。そして2人でコンピューターとにらめっこ。1:30AM ママ寝る。パパはそのまま、お風呂にも入らず 片方だけ靴下脱いだりして 朝まで 床に寝転がっているときもある。我が家にインターネットが来てからというもの 共通の話題が出来て 一時は離婚まで考えた.....?我が家も今は安泰安泰。でも パソコン未亡人なる言葉が新聞にでていて ふむふむ 分かる分かる。


7月27日off会

東京でoff line meetingがあった。パパは行きたかったようだが、出張でもない限り無理だ。「いくんだったら、英恵と百恵つれてってね。」と冗談でいっておいた。私だって行きたい。パパは出張で時々いろんな所に行くけど、私は東京なんて3年前にディズニーランドに行ったきり。
offについての私の疑問 :メールの時と全然印象が違うといったことはないのだろうか?
パパの答え:ほとんど同じ。
へーそんなもんか。そういえば パパと同郷でいつもメールのやりとりをしている Sさん。パパは2度ほどお会いしたことがあるそうだ。わたしはおもしろい方、と思っていたが、素敵なおじさまだそうだ。そういう私もいいおばさまだが。パパもメールでは山形弁だが、日常ではあまり使わないし、Sさんもそのとおりのようだ。山形弁の普及に勤めるとともに、半分照れ隠しなんだろう。それにしても東京のShall we dance夫妻はどんな方たちなのだろう。若手のGさんは、おいらちゃん、なんていってるから、私のイメージではたけし軍団のグレート義太夫だったがホームページを見てびっくり。あんれまあ、ええ男子だごどー。

7月25日待望の主婦ML出来る

主婦のMLが出来た。でも参加する人いるんだろうか。expoに参加している人の奥さんって沢山いるだろうし、モニターのうちはなんたって、ただなんだから。この際いろんな人の意見を聞いてみたい。いっちゃーなんだが、顔も分からないし、住んでいるところもいろんなところだし、どんどん発言してみようと思っている。地域の行事や、幼稚園の集まりなんかだと、何かいうと生意気とか、じゃーあなたやって下さいとか、あることないこといつまでも言われたりする事があるので、私なんて出る幕じゃないと、思って貝のようにだまったままだが、そういうこともない。第一そういう事を言うような人がこのモニターになるはずがない。tth.chatのように盛り上がると楽しいのだが。


7月20日アトランタオリンピック始まる

私は東京オリンピックの年に生まれた。それまで田舎ではテレビの普及率が今一だったが、それを機に大分普及したようだ。それから32年、コンピューターで瞬時に世界中の人と話す時代だ。我が家でも、知りたい時に、テレビで放送されていなくても、オリンピックの情報が知ることができる。おまけに電子メールによる実況中継つきだ。三女のさえは、私がキーボードを打ったりマウスを動かしたりすると、真似をして叩いたり、動かしたりして、にたにた笑っている。生まれた時からコンピューターに触る時代の子だ。私と同世代の人でも幼いうちからコンピューターを触っている方もいるが、一般家庭の子でも、テレビと同じ感覚で触れると言う意味だ。今度のオリンピックの時は、どこの家庭にもインターネットが普及しているかもしれないな。


7月15日三女 さえ ついに歩く


さえがとうとう歩いた。お姉ちゃん達に比べれば、ちょっと遅い。得意そうな顔して、1歩2歩と歩く。こういう顔を見ると、子供ってやっぱりいいなあと思ってしまう。危険だ、そんな誘惑に負けて後先のことも考えずに3人も産んでしまった。結婚した時子供嫌いだった私は、子供を産むつもりなんてさらさらなかった。ついでに言うと、パパと結婚するなんて思ってもいないし、結婚式ができるなんて思ってもみないし、おまけにマイホームが持てるなんて夢にも思わなかった。払っていけるかどうかも分からないうちに衝動買いをして、後で苦労した。家を買ったら近所には子供が一杯だし、小さいながらも一戸建てに住むと、子供がいないと何か居心地が悪い。と、いうことで一人産み、もう子供なんていらないと言いつつも、また病気のように赤ちゃんが恋しくなり、三人になってしまった。なんて計画性のない親なんだろう。一番の被害者は子供達かもしれない。世の中は子供を産まない主義の人も沢山いる。私に関していえば、いつも怒ってばかりで、子供がいなければいまごろ優雅に生活して、なんて思う時もあるが、子供が生まれてからのほうが、良くなったと思う。掃除はするし、我慢強くなったし、体も丈夫になったし、好き嫌いを言わずにいろんな人達と接する事ができるようになった。子供達に感謝しなければならないのかもしれない。


6月20日もものはながさいた

いよいよ我が家のホームページ公開。こんなんでいいのかな。くだらないって思われるかなって思いつつも、友達にアドレス教えて「見てね。」なんて、ほんとに私って調子いいんだから。でも これって大胆にも私が幼い頃の夢だった「小説家になりたい」って事が、かなってしまう事なのかもしれない。すごい時代だ。そういえば、インターネットの話を友達にしたら、「昔テレビでみた 宇宙家族みたいな、そんな夢だと思っていたことがだんだんと現実になってきたねー」と、いっていた人がいたけど本当にそうだ。昔、兼高薫さんのテレビをみてて「へーこんな国もあるんだー。いってみたいなよその国ー。」と絶対、現実にならないと思っていたことが、実現したりすると不思議なような、なんかつまらないような、それが大人になったりするってことなのかなーと思ったり。娘達が大きくなるころには、世の中どこまで進むんだろう。


6月知らない世界

手があくとメールを見たり、ホームページを見たりしている。小さい子供がいて外出する機会の少ない私とって、これって、外の世界と触れることの出来るまたとない機会だ。ホームページをあてもなく次々見るのも楽しいが、メールを見るのも楽しい。私みたいな平凡な主婦が、このような機会でもなければ、接する機会のなかった人達と会話が出来るなんて。インターネット様様だ。私は、コンピューターの事も知らないし、特にこれといった気の利いた話もできるわけではないので、私なんか出る幕はないし、おとなしく、ただ見ていようと思うのだけど、でしゃばりの性格がでてしまってついつい、変なメールを出してしまう。出した後で、しまった...と思いつつも、また何回か。まっ、いいか、こういう低能な人だっているんだってことで。


5月24日楽しい

あ、返事がこんなにきてる。......うれしい。

毎日アクセス件数増える。こりゃやめられません。いつもメールを見るようになる。パパ、また、こんなことして。初めて、かいものをする。コーヒーと。 出来た出来た。コーヒー届く。2日くらいで届く、やっぱり早いねー、それに楽しい。買いすぎないように気をつけねば。

5月23日妻ははじめて

そんなに、たのしいの?にやにやして。横目でみながら、ホンとはやってみたいのに知らないふりをしていたが、遂にメールを出してみることに。あっ、こんなんでいいのか、みんなが見るのに。ええい、まいいや。

5月きた!

遂にきたー。といっても、パパが会社から帰ってこないと、何もわからない。とりあえず娘達には、箱の上には上がらないよう言っておく。

パパはさっさとセッティングして、はじめましてのメールを出したようだ。ふーん。まっ、今に使ってみせるさ。使ってもいないのに、口だけは達者で、またまたみんなに言いふらす。毎日毎日パパはコンピュータの前にすわりっぱなし。持病の○はだいじょうぶか?畑はしないのか?、庭はどうした?、子供達も遊びたがっているぞ、ママのコーヒーは、いれてくれないのか?

4月中旬遅いぞ

事務局から動きがないので、パパがE-mailで苦情。私もなんだかよくわからないが「そうだよねー。」と言っておく。

4月アンケート

事務局からアンケートが着く。

3月末専用線

遂に工事の日。簡単な工事かなあと、思ったら、電柱から文字どおり、専用の線を引っ張るって感じ。見ると、電柱から線が2本、うちだけ。へー大がかりな工事だったんだ。午後までかかる。

3月工事

ついに工事の日にちが決まる。そうかやっとか。得意になって、みんなに言いふらす。「インターネットの、専用線の工事があるからさ。家に居ないといけないんだ。」聞かれもしないのに言ったりして。毎日暇だし、何も分かってはいないのに、何か、舞い上がってしまった。

2月ホームページ

しびれを切らしたパパが、問い合わせ。決まっていることは、本当らしい。雑誌には、 EXPOのモニターの人が載っていたそうだ。ふーん。我が家の ホームページ作るからね、どういうのにする?、どういうのにって言われたって見たこともないのに。3番目の娘が小さいのを口実に、コンピューターに触ろうとも、見ようともしない。パパだけ盛り上がる。

1月連絡無し

連絡も何もないので、ぼつになったのだろう。インターネットってどういうものかもしらないけど、喜びいさんで、みんなに言いふらしちゃったのに。

12月INTERNET 1996 WORLD EXPOSITION

EXPOのモニターに決まる。パパは、大喜び。どうせ関係ないと思っていたら、 TVが取材に来るかもと言うので、美容院にいかなくては、とか、部屋をきれいにしなくては、とか、盛り上がる。



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