ご注意:ED後、ルークが戻ってきた後のナタリアがアッシュを想う話です。
アッシュをルークと呼んでたり紛らわしい感じになっております。

あなたのいない世界で、あなたとともに



 ずっとあなただと思っていた彼があなたではないと知ったのは三年前でした。
 あなたを見た瞬間、あなただと解りました。同時にあなたの痕跡を探し続けてきた彼への妄執が呆気なく消えてしまいました。身勝手な自分を認めたくなくて、事情が判らないのを口実に、忘れようとさえしました。
 ですが、何度か邂逅する度に確信は増すばかりでした。変わってしまった言葉遣いも振る舞いも、変わらぬあなたを引き立たせるものでしかありませんでした。
 そして思い知らされたのです。あなたは七年もいなかったのだと。それを受け止めることすらその時の私にはできませんでした。

 あなたと再会してからの一年は世界にとっても私個人にとっても足許が崩れるような出来事の連続で、怒濤に押し流されるまま必死で立ち上がろうともがくばかりでした。それを支えてくれたのはやはりあなただったのです。
 旅の途中で逢えたのは数えるほどしかありませんでしたが、その全てが私の心に光を与えてくれるものでした。離れていても世界のどこかであなたがいると思うだけで私は進むことができました。
 やっとあなたがいなかったことを受け入れられるようになり、彼を彼として見ることができるようになった頃、あなたと彼は私の前から姿を消してしまいました。

 あなたがいなかったことに気付かなかった私を責めるかのように彼との七年間の思い出はあなたと彼との違いを雄弁に語りかけてきます。今の私は、あなたと彼は違うことを知っているからだと弁解したくとも、そんな資格など私にはないのです。

 ――ルークが何も覚えていないこと
 ――ルークが優しくなくなったこと
 ――ルークが約束を忘れてしまったこと
 ――ルークが私を愛していないこと

 そんな彼に失望したと思われたくなくて、あなたではないと言い張ることは彼を認めないということで、どうしようもなく恐ろしかったのです。言い訳に過ぎないことは解っていますが、彼は私の傍にいるのです。あなたかもしれない彼を違うとは言えませんでした。
 何より怖かったのはあなたがいないと認めてしまうということだったのかもしれません。だから彼にあなたでいてほしいと一番思っていたのは私だったのでしょう。約束を思い出してくれさえすれば、彼はあなたなのだと。
 約束を思い出せと何度も催促して、何度も彼と喧嘩してしまいました。その度に彼の心は私から離れていきました。ですが、時折あなたとは違う優しさを見せてくれた彼は約束の内容を尋ねることもありました。言ってしまえば楽になったのかもしれません。実際、何度となく教えてしまいそうになりましたが、約束を彼に明かさなかったことだけは意地っ張りな自分を褒めたいと思います。

 彼と過ごしているうちにあなたへのものとは違う感情が芽生えていましたが、それを自覚することを無意識のうちに避けてきました。それを認めるとあなたへの想いが変わってしまうと思い込んで、婚約者という関係で包み込んでしまったのです。あとはひたすら約束を果たすことだけを考えてきました。約束を果たせば、あなたとともにいられるのだと信じていました。

 今も――私は……

*****

 自分に言い聞かせようとした言葉は紡がれることなく、代わりに涙がぽとりと墓石の上に落ちた。主のいないこの墓石の隣には対のように同形の墓石が並んでいるが、そちらの碑文は数日前に削り取られている。
 嬉しくない訳がないのに素直に喜べない自分の浅ましさをそこに置き去りにするように、ナタリアは膝の汚れを払いながら勢いよく、それでいて優雅に立ち上がった。
「また来ますわね……ルーク」

 墓の前で行う成人の儀など意味はないと思っていたのに、今はその気持ちが良く解る。ナタリアも縋らずにはいられない。何も残さず――思い出だけを残して――消えてしまったのだから。思い出だからこそ何かにつけては想いが溢れ出てしまう。思い出だけだからこそ守るためには想うしかない。
 それでは進めない――約束を果たせない。忘れるためでなく、想い続けるためにナタリアには切り替える術が必要であった。

 乾き切らぬ目尻をそっと拭うと、踵を返した。そのまま振り返ることなく進む。墓所を抜けたところで、はっと立ち竦んだ。塀に凭れ掛かっていた人物を見て湧き上がってきた感情を瞬時に喜びに掏り替える。
「まあ、ルーク! もう戻ってらしたの? ごめんなさい、出迎えるつもりでしたのに」
 笑顔を浮かべ駆け寄るナタリアに、ルークは身を起こして歩み寄った。
「ただいま、ナタリア。風が良くて予定より早く着いたんだ」
「そうでしたの。それで、皆は?」
 周りを見回すナタリアに苦笑を浮かべ、ルークは頭を掻いた。
「皆予定が詰まってるみたいでさ……ベルケンドで別れたんだ」
「それは残念ですわ……折角ルークが帰ってきたというのに……。私も積もる話がたくさんありましたのよ。そうですわ……近々皆をお招きしましょう!」
「そうだな! 俺も聞きたいこといっぱいあるし」
「それはそうと……ティアは引き留めなくてもよろしかったんですの?」
「えっ!?……と、それはその……」
「ルー……ク?」
「あ、いや、ティアも忙しいって……」 「そうですの……」
 苦笑を浮かべ鼻を掻きながら答えるルークに、ナタリアは瞳を曇らせた。言おうか言うまいかしばらく悩んだが、意を決してナタリアは口を開いた。
「ルーク……ティアにも伝えるつもりですが、私に気兼ねは無用ですわ」
「ナタリア……」
「私は大丈夫ですから」
 言葉が足りないと思いながらもナタリアはそれだけ言って顔を綻ばせた。
「ああ……解ってる」
 複雑な表情を浮かべたルークも頷き、ぎこちない笑顔をナタリアに向ける。

 それを見たナタリアは思い出さずにはいられなかった。しかし、反応を見せれば確実にルークを苦しめてしまう。必死で感情に蓋をした。
「では……戻りましょう。これから忙しくなりますわよ。覚悟はよろしいこと?」
「ええ〜っ!! 手加減してくれよ〜」
 わざと戯けてみせるとルークも付き合って頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「ふふっ……まずは叔母様とお茶でもいかがかしら?」
 ルークの腕を取って立たせると、答えを待たずに駆け出した。
「そうだな……って、待てよ! ナタリア!!」
 ルークも後に続く。ナタリアに追いつく直前、ルークは振り返り塀の向こうの墓所の方に視線を向けた。しかし、すぐに向き直る。
「ナタリア、屋敷まで走るつもりかよ?」
「……それもそうですわね。さすがにきついですわ……」
 少し息が上がり始めたナタリアは立ち止まって大きく息を吐いた。

「さあ、行こうぜ」
 ナタリアの息が整ったのを見計らってルークは手を差し出した。ナタリアは一瞬瞠目したが、満面の笑顔でその手を取った。


後書き
TOAではアッシュ×ナタリアにはまりました。
ルークの差し出した手が……右手:ルークルート、左手:その他ルート(誰?)と妄想は膨らむばかりです。

ひとことどうぞ。

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