「あ、桜が咲いてるよ。綺麗だね〜」
そう言ってあなたは首を傾げて横を見る。でも、その視線の先にはあなたの言葉に応じるものは何もない。視線は一瞬宙を彷徨った後、背後の俺に向けられる。その一瞬が俺には永遠のように感じられる。
「ね、譲くん」
何事もないように笑ってくれるから、俺も同じように返す。
「そうですね。でもその先は傾斜になってますからあまり近付かないで下さい」
「うん。気を付けるよ。ありがとう、譲くん」
「神子〜! 桜があっちにもいっぱい咲いてるよ」
「ほんと? どこどこ?」
「こっちこっち〜」
白龍の許へ駆け出したあなたの表情は本当に楽しそうに見える。
……違う。仮面を被っただけだ。
こちらに来てからあなたは何度その顔に笑顔を貼り付けてきただろうか?
あなたはいつも捜している。あなたはいつも求めている。
その視線の先にあるべきものを……。
それが何なのか俺は知っている。だから余計に心がかき乱される。
二人で流されたことを一瞬でも喜んでしまった俺への罰なのか……。
……はぐれたのが俺でもそうやって捜してくれますか……?
*****
三年半――その時間の経過を一番感じるのは、伸びた髪でも少し低くなった声でもなくて……。
「望美……?」
「何?」
声のした方を見ると目に付くのはくっきりと張り出した喉仏。その動きに目を奪われる前に覗き込むようにして振り仰ぐ。
「お前……」
私を見下ろしたあなたは一瞬眉を顰めて、でも何でもないように、
「何してんだよ?」
と言葉を継いだ。
「……何も」
誤魔化す気にもなれなくて、それでも考えてることは知られたくなくて、ただそう答えた。
「そっか」
「うん」
それだけで何となく通じた気がするのは私の思い違いだろうか。
「ま、こっちは何かと危険なこと多いし、一人でうろちょろすんな」
「あ……ごめん」
「譲が目の色変えるまでに帰るぞ」
少し前を歩くあなたと私の距離は前と同じ。何かあれば手が届く距離。
なのに私の視界にはあなたの顔が入らない。
背が伸びたなんて言われないと気付かないくらい私は側にいたのに。
どんなに急に伸びたっていつも私はあなたの目を見ていたのに。
姿は変わってもあなたは変わっていないのに、どうしてこんなに不安なんだろう?
あなたが変わっていないからこそ……。
*****
「望美」
「……何?」
会話が始まる前に一瞬間が空く。再会してからずっとだ。その時のもの言いたげなお前の視線に気付かない振りをする。俺だってお前がこんなに小さいなんて思ってなかった。
そんなお前が剣を持って戦っている……。こっちはそういう世界だからと自分に言い訳していたが、お前もとなると複雑だ。
「重くないのか……それ?」
目で腰の剣を示すとお前はすっと引き抜いた。
「最初は無理って思ったんだけどね……慣れたっていうより白龍が力を貸してくれてるからだと思う。それに先生や九郎さんに稽古つけてもらってるし……少しは様になってる?」
そう言って素振りを始めたお前にさらに複雑な心境になる。ぎこちないながらもどこか心惹かれる太刀筋と怨霊を封じる時の神々しさは紛れもなく龍神の神子だと確信してしまっている自分に戸惑う。
「……将臣……くん?」
いつの間にか手を止めたお前が俺を覗き込んでいた。慌てて言い繕う。
「一度手合わせしてみるか?」
自分で口にして激しく後悔した言葉は自分の願望でもあったことに愕然とする。
「……やめとくよ」
「そっか」
即座に首を振ったお前にほっとした反面、がっかりしている俺がいる。
「だって将臣くんに勝ったってしょうがないもん」
胸を抉られたような気がした。
こっちに馴染んだせいなのか、もともとそういう人間だったのか……。
自分でも判らない、判りたくない。
変わらないと言われたいのか、変わったと言われたいのか……。
だけど三年半お前がいなかった、それだけだ。
Fin
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