Once more
あの二ヶ月間は夢だった――そう言われたら素直に信じてしまいそうなくらい今では平凡な日々に埋もれてしまっている。
皆さんから、「またおいでよ」と言われたけれど、あれは社交辞令かも……と思うとどうしても一歩を踏み出せない。取材初日も心細かったけど、プレス証――あの場所にいてもいい理由――があった。でも、今は……?
唯一口実となる原稿の載った雑誌も結局渡せないまま、時間ばかりが過ぎてしまった。
本当はあの人に会うのが怖い。
夢だったと忘れようとしても、この胸の痛みが現実に引き戻す。一時は通じ合っていたはずなのにいつの間にかすれ違っていた想い……。まさに夢から覚めたようで、私はただぼんやりと去って行くあの人の後ろ姿を眺めていた。失ったものの大きさに気付いた時にはもう遅かった。
本当はわかっている。
あの人に出会ったことをなかったことにはしたくない。
あの二ヶ月間の私は、自分でも別人だと思うくらい前向きだったと思う。他の人に手料理を食べてもらうなんて、それまで考えもしないことだった。オングストロームの皆さんの前向きな姿に引っ張られたのかもしれないけど、私は行動した。
でも、今は……頭でうじうじ考えるだけで、何もしていない。
あの頃の私もなかったことにしたくない……。
*****
渡せなかった雑誌を久しぶりに引っ張り出してみた。あの人を失った後で自分がどんな文章を書いてしまったのか確認するのが怖くて、読み返していなかった。もちろん原稿に私情を挟まないよう必死で書いたけど、それでも何か滲み出てるんじゃないかと思うと気が気ではなかった。
ようやく読み返す気になれたのは、伊達さんから記事が好評だったと連絡があったからで、そうでなければずっとしまいこんでいただろう。
私にも何かができた……。
些細なことかもしれないけど、私には大きな達成感を与えてくれた。もちろん書き上げた時もわずかにはあっただろう。でも、精神的にそれどころじゃなかったし、何よりも他の人に認めてもらえたということが本当に嬉しい。
ゆっくりとページをめくって自分の記事を探す。鮮烈な青のページで手を止めた。
「懐かしい……」
そう呟いてしまった自分が少し悲しくなって、あの人の写真から目を逸らす。本の中でも逃げるのかと思うと本を閉じたくなるけれど、それだけは耐えて記事を読み始めた。
決して読みやすいとは思わない自分の文章にいたたまれなくなる。おまけに皆さんの声、表情が脳裏に蘇ってきて、時々胸がちくりと痛む。でも、読んでいると走ることの楽しさ、車への興味が取材中以上に湧き上がってきて、自分でも驚いた。それが読んでくれた人たちにも伝わっているといいな……と思う。
この気持ちを素直に行動に移してみよう。皆さんの万分の一でも車に乗ることの楽しさを実感してみたい。ペーパードライバーを返上することなら私にもできるかもしれない。少し勇気はいるけれど、自分でハンドルを持ってアクセルを踏みたい。
そして、いつの日か笑ってあなたに会いに……。
Fin
あとがき
『Backlash Fan's Works Contest 2004』に応募した作品です。TrueEDが一番好きなのは当然ですが、創作ネタが思い付くのはNormalEDやBadEDだったりします。どうやって取り戻してやろうかと(笑)。公式サイトのNEST
EGG様には応募作品がどっさりと掲載されてますので、そちらの方もぜひご覧になって下さいね。
ひとことどうぞ。
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