
But it is impossible to find and master the timing suitable to oneself. The golfer can actually swing one's club with the timing determined by the breathing.
Bamboo tree is steady standing on the earth. Bamboo bend to the wind, but after brow it comes back.(stimulus....response)
The mind has first to be attuned to the Unconscious. In addition to breathing, I have found that top professional golfer's swing averaged 0.80 seconds.
A doctor pupil of my told me that this time corresponds well with the average pulse rate. One meeting, one chance....One shot, One chance....One shot, one life.
Key words: Bamboo tree, unit of swing-tempo 0.80 sec., Kepler:
Motion of planets, Law of Conservation of Angular momentum, Control
systems theory of pulse rate, steady setting.
1.はじめに
ゴルフ打球技を通じて、生命現象の解明、さらにこれを超えて心とか精神の問題の探求に
自然科学の原理を適用する。
現在の物質的幸福の上に精神的幸福をエンジョイする必要が有ると思う。
自己実現は「自分の好きなことをやりながら、それが他の人から高く評価されること」を意味する。
趣味、創造、奉仕ということになる。
人間を生き生きと生かす自然法則の発見は人間の幸福に必ず役立つ。
人間を生き生きと生かす技術が本当に必要なのである。
原点に返ることである。
例えば、人間(動物)は酸素が必要である。 未熟児が生まれれば酸素ボックスにいれ、
ガン細胞は酸素の多いところでは増殖しないとなると、強制酸素注入療法などして、
直接身体内に酸素を量的に入れようとする。
果たして、身体的に酸素量を増すことが出来るであろうか?
人間は少なくとも、あらゆる刺激(スティミュラス)に対し生きる方に反応(レスポンス)する。
それも、頭を使わずに、熱いヤカンに触れた手を無意識に離し、釘を踏んだ足は飛び上がって
深く刺さらないようにしようとする。
路地から飛び出した車を避けることも、夜、白い動くものに驚き動悸が高まることもすべて、
身を守る反射的な動きである。
ましてや、鬱血し炭酸ガス(CO2)の多く含まれ、ガス交換の不充分な細胞に、
酸素を注入することが出来るだろうか?
否である。
1964年、東京オリンピックの際、エチオピアのアベベ選手がマラソンで優勝後の談話で
「東京は走りやすかった」とあった。
高所で一気圧未満の空気の希薄なところに慣らされた体は、より酸素を摂れるようになっていたのである。(順化、順応)
1968年、海抜2000mの高地で開催されたメキシコ・オリンピックに出場する選手の
強化合宿を約1800mの高地、乗鞍高原で行い、その際の計測データによると、
例えば、100m走の選手が、1分間に10リットルの酸素を必要としていた。
空気の希薄な高地で急激に動くと、高山病になることはわかっている。
そこで、少しずつ慣らすことにして、2週間後、測定したところ、同一選手の
赤血球の数が増加していたのである(高地トレーニング→ヘマトクリット値増)
平常の心拍数、呼吸数を増すことなく生きるために必要な酸素を摂れるからだとなっていた。
すばらしい人間の能力である。
血液の「量」より「質」を変えたのである。
スーパー・マンに変身したとも言える。
生きることは、個人個人であり、その集団が社会である。
その一人が歴史を学び、追体験する。 追体験の中に再発見し、体感する。
西欧、東洋を問わず、仏陀が、キリストが、マホメットが、祈りに声を出し息を吐き、
瞑想、集中、リラックスを体験し、ピラミットを造り、船を漕ぎ、土を耕す労働のなかに
歌が生まれる。
笑い、喋ることに、男女の結びつきに、ヨーガの呼吸が、中国の太極拳に、
日本弓道、剣道、合気道、柔道、相撲など。
あらゆる武道から得た吐ききり呼吸の知恵を活用した
ゴルフのスイングのタイミングに、息合い、気合い、間合いとして
生かせることを明らかにした。
禅の瞑想に吐く息を数える、数息観、念仏、声明の祈りが、地球表面の平地、
一気圧に住む人にとってよりよく生きる、最も単純で、最も人間を生かせる技術があったのである。
吐く息( CO2) が自然の草木に、草木は、太陽の光を浴びて光合成して生きる。
草木が出してくれた酸素を、いただき、地表には0.03%しかない炭酸ガス( CO2)だからこそ、
人間の吐く息を受け入れる素晴らしい「大自然との融合」がある。
西欧の栄養学から、例えば、人間一日、目が覚めて、寝るまで、特に働かなくとも、
命を維持するのに必要なカロリー(=基礎代謝量)、約1400カロリーであるという。
1リットルのガソリンで10キロメートル走る車と、同じ車種で20キロメートル走る車がある。
なぜか?
科学者でなくとも、エンジンの燃焼効率が良いこと、酸素と結合すること、
完全燃焼するかどうかであるということは理解できる。
このことに気付いた上で、東洋の真のヨーガ、禅僧の生活を見ると、おかゆと、沢庵二切れ、
一汁一菜の食事で、1000カロリーそこそこで生き生きと生きている。
どうしてか? の問いに、栄養学者は、
「禅僧は修行しているから、不足のカロリーは、精神カロリーで補っている」と、
自分の主張を肯定化しようとする。
人間の素晴らしい歴史があり、その追体験による再発見、人間の知恵の働きがある。
この事を探求し、証明し、人々に教え、広め、追体験させる事が真の科学であると思う。
どうすれば、平地でより多くの酸素を脳に送り込むことが出来るか?
その解決の糸口が、吐く息にあると考えられる。 しかも脳細胞が活性化し、心の安定が得られれば、種々の情報処理も高められる。
現代社会に新しい病気が生じてきている。
その多くは、心身症、ノイローゼ等の自律神経系機能障害であり、心臓循環系の障害である。
人間の無意識下の意識、深層心理に根差したものを、薬物で取り除けるわけはない。
これらのプレッシャーを取り除く方法が、実際にあり、人間が地球上で、いつでも、
どこでも、誰でもやれる方法があるのである。
本論では、日本の弓道、中国の太極拳を応用した
「呼吸リズムによるハッピー・ゴルフ打球技」につき詳記したい。
(1)日本弓道からゴルフへ
「一本の細い紐の端を両手で握って、無限に両方へずっと休むことなく引いていくと、
いつか、ぷっつんと切れるときがある。」
弓道では、人間は的に向かうと、的に当てたい気持ちが強く、的の誘惑に負けてしまう。
いかに自分に克つか、誘惑にのらないか、その精神統一の訓練が、日本弓道である。という。
精神統一が出来て、左腕で弓を押し、右肘で弦を引き、左右に押し開く、
最高の極限でビシッと矢が「離れ」る。
そういう極限に挑戦して、それを一本ずつ創っていくことが創造である。
弓道の場合は、満月のように引いておりながら、ただ形だけ引いて、
そこで止まったならば、反動で「離す」ことになる。
ただ止めて、ずっと頑張っていても、それは躍動のある「離れ」にならない。
離れる時には、送って離すとか、手で意識して離すことになる。
呼吸「吐ききり呼吸で、的や、他のことが考えられない集中力、無心」と:
自然に入ってくる空気が、人を生かし「物理的空気圧」に気が付けば良い。
ドイツの哲学者オイゲン・ヘリゲル博士が在日中に弓道を始め、
阿波研造範士に師事したが、この的を狙い、
「意識して離すことが何故悪い、意識して手で離さなければ、矢が的に当たる筈がない」
と反発した時期があった。
的を狙い意識すればするほど、矢は乱れ、的に当たらない。
左手は無限に押し (ゴルフでは大地と一体の不動の足腰);
右手は無限に引く(top of swing風、雪の力でしなっている竹の状態);
「離れ」弓は元に(down-swing) 戻るのが弓道だと言う。:
精神統一が無いといけないという。;
自然に極限近くで弓は復元する。:
矢が、弓を離れて的に当たる。
たったこれだけのことが難しくてなかなか出来ない。しかも、筋力を必要としない。
「力で引かない射を」と言われ、ヘリゲル博士も、「しかし、どのように努力しても、
力を抜いて引くことは出来なかった。私はついにそれを告白した」。
師範は……「呼吸を正しくしないからそれが出来ないのである」…・と言われた。
肺臓に空気を詰めて、左右に弓を引こうとすると、不安定になる。
ゴム風船に空気を詰め、二本の棒で両側から押すようなもの。
出来るだけゆっくり、一様に息を吐き、吐ききってしまうと、左右の肩甲骨が、
ぴたりと背中で合う。両後背筋を収縮させる。(Fig.)

Photo.1
人間の本来持っている自生を悟らせ、正しい行いをわきまえた上で、射行に励む
ことを教えた阿波研造師範の大きな見識である。
「教え」によって大元(おおもと)をさとること。と「行いの実習」によって道を体得する。こと、
どちらに偏ってもいけない。
弓道という教材、システムにおいて、弓を引き矢を的に射当てる動作の中に、
物理的、力学的、工学的、考察もさることながら、人間工学、骨格、筋肉の働き、
胸腔内空圧よりの考察、生理学から、酸素摂取率の増大、心理学的、哲学的考察を通じ
“無心” の「離れ」に関する、反射的行い。
人間の生命過程において肝要な行い、あらゆる刺激に対する反応。
しかも、意識されないもの、無意識の世界、反射的に生きるように働く行いである。
自己保存的、人間生産性原理。特に「呼吸」がそれである。
吐く息に努力し(アドレスで)、入ってくる吸気は自然にまかす:
(up-swing で、手が挙がると入ってきた息を、インパクトで「ヨイショット」と短く吐く、
フィニッシュ後、飛球を見ながら、自然の吸気を味わう)といった努力と、
開放のリズム呼吸は極めて重要で大きな特徴がある。
酸素を摂るために吸う息を努力し、吸う回数を増そうとする西欧近代体育学的呼吸は、
酸素が血液内へ期待したほど、大量には摂取されない。
吸う息で横隔膜の収縮がおこなわれると、腹腔内の諸臓器からの静脈血が肺臓に
送り込まれるけれども、息を吸っているために、静脈血内の炭酸ガスCO2は、
排除されない。そして、炭酸ガスの分圧の高い静脈血へは酸素も移行しがたい。
そしてまた実感としても吸気への努力はさはど報いられないし、
気分も思ったほど爽快ではない。
これに対し呼気に努力する(丹田に力を入れ、腹圧を高くする)ときは、
横隔膜の収縮により心臓へ絞り上げられた静脈血葉、肺胞を経由して、
その中の炭酸ガスCO2は多量に体外へ排除される。
次に起こる吸気は自然にまかせるが、呼気量に匹敵する大気が肺臓内に導入される。
すでに炭酸ガスの分圧が下がったところであるからその大気中の酸素は効率よく、
血液内のヘモグロビンと結合することが考えられる。
このような呼気のみ努力するリズム呼吸が爽快感を感ずるのは、
やはり合理的であるからであろう。
こうしたリズム呼吸は練習で持続でき、疲れるよりもさわやかさの方が目立つ。
心を込めてた、吐ききり呼吸による行射は、疲れを知らない。
この吐ききり呼吸をゴルフ打球に応用すると、二人一組で、2時間に2000球、
一人1000球、楽々打つことが出来る。
呼吸は、二元支配で無意識の内にしている呼吸と、心を込めてする呼吸とが有る。
無意識呼吸は、延髄で行われる反射呼吸であり、心を込めて行うのは、
大脳を煩わす呼吸である。一元支配の「吐くだけ」に意識を集中する。「草木に二酸化炭素をさしあげる」
これらの動作と呼吸は大自然の中で生き、生かされているのだという謙虚な気持ちになる。
そこから大自然と我とは一体であるとの感が深められる。
弓道の動作を検討すれば、胸腔と肺臓は、下から横隔膜、後から姿勢を正す腰椎、胸椎から、
左右から弓力に押された両肩甲骨に、極度に圧縮されて出る息は、徹底的に吐き出される。
そのとき、腹筋群も同時に働くので、強力な腹圧がかかる。
また腹腔ではその静脈血を大量に心臓に絞り上げると言う二つの働きが行われる。
矢が弓から離れた次の瞬間には、大量の吸気が誘発されるしそれによって動脈血は
酸素の含有量が高められる。
胸腹両腔のあらゆる臓器の機能を活発にする。
その上、大脳への血液はもとより、吐いて吐いて吐ききる呼気により,射中て(射当て)
ようとしている的のことも、弓矢のことも、
身体の部分の単なる技術的なことも思えず、考えられない、無意識の世界を体験できる。
それは「一射絶命」の世界であり“無”の世界である。
なにものにもとらわれない、自由の世界である。
反射的に、生きるように働く「一射蘇生」の行いである。
吐く(CO2)ことにより、酸素(O2)を、よく摂り入れ、
始めは意識するが漸次修める主義、
行いにより徐々に高い境地に進む方式、その過程には人間を喜ばし励ます、「的中」という、
おまけまで付けて、無心の素晴らしさを、証明してくれる。
心拍数も、呼吸回数も平常のままで、「質」的に酸素摂取率(VO2Max)を増大し、
生きるように順化、順応してくれている人間の素晴らしさ、
決して考えたり、悩むことに頭脳を使わない無意識の世界で、生き生きと生かさせてくれる。
“おこない”を、一気圧あるこの平地でトレーニング(高地トレーニングに比して)する
方法の一つに弓道(ゴルフ打球技)があったのである。
千射(千球)、万射(万球)、吐く息を意識し、一息で死んでしまうことを、
積み重ねる内に、それが習慣化して、弓を持たない時も(ボールを打たない時も)
一息を長く吐く、四六時中、意識しなくなるまで行う。
楽しみながら続ける。
射行は、吐く息を、明確にすればするほど、あまりにも簡単に、
正法としての的中の証明も有る。何にもまして、人間の誰もが持っている、
我のとりこ、執我、我執にもとずく、自我中心の判断行為として現れる意識中心,
概念中心の世界から開放される。
(2)中国太極拳からゴルフへ
中国武術は、柔拳と硬拳に分けられる。
硬拳とは骨格、筋肉、皮膚など外面的なものを鍛練するもので、
動きは直線的で激しい。この代表格が少林寺拳だが、
太極拳はその逆で柔拳の代表格。外面ではなく内面を鍛練するもので、
動きはゆったりと穏やかで、全てが円運動なのが特徴である:
=(ゴルフも勿論円運動)。
その動きの中で、意識、呼吸、動作の三者を結合して、意を鍛練し、気を鍛練する。
太極拳の大事な要素に、呼吸法がある。
吐納術を取り入れ、古いものを吐き出し、新しいものを吸い込むと言う腹式呼吸運動である。
動作と呼吸リズムを一致させることによって酸素をどんどん吸って若返ろうと言うのが、
エアロビクス運動である。
吐納術も目的は同じである。ただし、その方法がまるで異なる。
エアロビクスは、激しい運動をして心拍数を上げ、酸素を“吸おう”とする。
一方、太極拳は、ゆったりした動きの中で“息を吐くこと”を重視する。
酸素を吸うためには、まず吐かなければならない。
吐き切れば、吸うことは意識しなくても出来る。
これが、太極拳の考え方で、発想が西洋とまるで逆である。
実験によれば「太極拳が生体に及ぼす影響」は酸素摂取量・摂取率は、
安静時のほぼ二倍となるが、心拍数はほぼ同じ、しかも呼吸数は、
平均一分間に約18回のものが、3分の1の、5回ないし6回と少ないという
驚異的な結果が出ている。
太極拳は“動く禅”ともいわれるように、ゆっくりした動作の中で、
この呼吸法を、習慣化する。最初は(特に吐くことを)意識してやる。
手を下ろした時、下腹(丹田)に軽く力を入れて、腰を前に出すようなツモリで、
ゆっくり長く吐く。
その後、手をゆっくり挙げていけば、胸郭が広がり、自然に吸い込むようになる。
生理解剖学の立場から見た太極拳の利点は、
太極拳のほか、古くから伝えられているものに、 真の科学の目を向け、誰もが、いつでも、どこでも、行うことの出来る、 “ノウ・ハウ”を教え、広めていくことも科学の力で出来ると信じる。
人間は年とともに物覚えが悪くなる。 しかし子供のころに記憶したものは年を取っても忘れない。 時にはかなり鮮明に脳に焼き付けられている。 老人問題(ボケ)にしても、手、足を動かし、深い呼吸で酸素を脳内に送り込むことがで来ると したら積極的に解明しなければならないことである。
温故知新、歴史を単に“空間”の知識で捉えず“時間”をかけて足跡をたどる追体験が必要である。 人間の身体自身の持つ反射を生かし、無痛分娩のラマーズ法のように、 バブロフの条件反射、ワトソンの研究を通じ、人間本来の自然性を生かしたものに注目したい。
正常な細胞から変身したガン細胞が初めから乱暴に振る舞うわけが無い、
ガン細胞と正常細胞とは同じ血液から栄養を受ける。
正常な細胞の分裂は統制、制御されており、必要以上には増えない。
それに対し、狂った細胞の方は、やみくもに増え続ける。
ガン患者の血液は酸素が極めて少ないことが解っている。
大気中に偏満する酸素は、わたしたちの心掛け一つで、これを十分に取り入れることが出来る。
ところが深く吸うことばかり考える呼吸法は実際に実行してみると判るが決して永続きしない。
ところが、「絞り出せば、自ずから入り来る」という東洋伝来の呼吸法を活用すれば、
それが、そのままガン予防の道に繋がっている。吸気に努力を要せず、
しかも常に血中酸素を豊かにする。人間の素晴らしい保身を知り、生かすことである。
いま一つ、ガン細胞は無酸素解糖をする。
つまり、ブドウ糖を分解してエネルギーを作り出すとき酸素を必要としない。
酸素の欠乏状態においてガン細胞はその猛威をふるう。
太極拳ほか、東洋の呼吸法の真髄は出る息に徹することにあり、そうした呼吸を日常、 一息一息心掛けることが大切である。 最初は努力を要するが、その努力が努力として感じなくなり、さわやかな汗と幸福感が沸いてくる。
ゴルフ打球技で、ボール後方から、クラブをグリップし、
アドレスに入るまでの動きを一呼吸、アドレスから「打つ」が一呼吸、
打球後ボールを目で追う…・ほのぼのとした自然の入る息「間」、全て太極拳の呼吸で行う。
それは、ガン予防の極めて重要な道であり、しかも、手の届くところに有る。
真の科学の目で解明し、実験し、再検したいことである。
(3) ゴルフ打球技
「水素・ヘリュウム・リチュウム・ベリリュウム・ホウ素・炭素・窒素・酸素・フッ素・ネオン…・」30数年前、甲子園を夢見て、真夏のグランドで、センターのポジションから、打者をやじりながら、その間に一息で36番クリプトンまで、二息で「…・フランシュウム・ラジュウム・アクチニューム・トリウム・プロトアクチニューム・ウラン・ネプツニウム・プルトニュウム・アメリシュウム・キュウリュウム」当時96番キュウリュウムまで、大声を出していた。
今も口をついて出てくる、元素の周期表を棒暗記していたのである。
現在、プロフェッショナル・ゴルファーとして、自分の好きなことが出来、その中に世界に類の無い。
“太極拳ゴルフ”“弓道ゴルフ”“目をつむって強打できるゴルフ”を創りだし、
二才の子供さんから、八十才のお婆さんにも、教え伝えることの出来る幸せは、
この高校の時の“声出し”吐ききり呼吸にあった。
吐ききり呼吸が、精神集中(コンセントレーション)、肩の力を抜く(リラクセーション)、
瞑想(メディテーション)に、なっていたからである。
吐いて、吐いて、吐ききる呼吸は、ボールのことも、クラブのことも、飛ばそうとするグリーンや、
目標とするホールのことも、ましてや多くのギャラリー、バンカーや、谷や、池…・等など。
視覚から来る誘惑、恐怖。
聴覚からくる、人の声、飛行機、列車の音、なによりも、自己の内なる不安を感じさせなくして
くれていた。
また、良い意味のプレッシャー、勇気も、インパクトでの短い“気合い”のこもった
吐ききり呼吸が生かさせてくれた。
高校野球の練習で、トラックのタイヤを、くい棒に縛ったものを、声を出しながら、
「イッカイ」「ニカイ」「サンカイ」「…・」と、叩いたことが、
現在そのままゴルフ打球に応用できている。
日常生活で使う金槌も、打ち下ろした時、手元が
止まった方が金槌の先は効果的に釘を打つことが出来る。
タイヤ叩きも、振ってきたバットを、タイや位置で手元を止めると角加速度が大となり、
大きい音で“バシッ”と叩けるが、手元を止めず、タイヤ位置より投手よりに、
手元を流すと、バットが折れるような、いやな響きが手に残る。
ボールは右方向に飛ぶことになる。
同じスタンスで、タイヤ位置も変えず、意識としては、センターから左、
ショート、サード方向に打つには、手元を、キャッチャー寄りで止めなけは打てない。
ゴルフ打球も、人に立ってもらい、打者はクラブを握って、そのクラブの中間で、
前に立っている人を左へ動かしてみる。
両手で持っているクラブではあるが、右手だけに力を入れるツモリで、
人を左へ寄せようとする。

意識は右手だけだが、気が付いてみると、左手もそれに協力しているし、 腰も、膝も、足の蹴りも、同時にやっていることが、後で解る。(Fig.)
人間は、素晴らしいことに、同時相関連動性で、一つの目標に対して、
全身を反射的に使っていることが解る。
体育学で、条件反射学習=アイソ・メトリック・メソッド
=静的全身トレーニング法とも、いうものである。
したがって、一般的に良く言われる。
腰を入れよ、前で打て、体重の移動を…・種々、情報をいれればいれるほど、
ぎこちない動きになってタイミングも狂ってしまう。
足も、腰も、肩も、動かすツモリはなく、手でクラブを引き上げれば、
初速(0=ゼロ)の:
クラブ・ヘッドにエネルギーが伝わる。(足、腰は逆に動く。

(Fig.2)回転椅子上で、手を右に振ると、足は左に動く#角運動量保存の法則)
初速エネルギーが、大きいほど遠くに飛び去ろうとする。
ロケット打ち上げの時、見た目は、ゆっくりでもオール・エンジン・スタートで飛び立つ。
それを繋ぎ止めるのがシャフトであり、腕、身体である。
“目もつむっていてもボールを強打できる”
どうしてか?
竹が、大地に根を張り、天に向かって立っている(Fig.1) そこに風が吹き、雪が積もったら、竹は自然にしなるが、風が吹き過ぎ、雪が笹の先から 滑り落ちると、竹は元のように復元する。
Fig.1
大風、大雪程しなりは大きいし、復元力も強くなる。
このとき、大地が不動で、竹の根が大地をしっかり、掴んで
動かないことを忘れてはいけない。(身体静止学、動的固定)(Fig.2)
Fig.2
人間は、これに気が付かず、むりやり振り下ろし、ボールを打とうとする。
意識の世界でやればやるほど再現性が崩れる。
竹は、物差し、メジャーでもある。

ボールのところに、アドレスし準備完了すれば、息を吐ききる。上げて「臍に引き戻す」
「一打絶命」
クラブは物差し、臍にセットし、大地にしっかりと立ってしまえば、
後はボールを良く見ることも要らない。
左腕で押し、右肘でクラブを引き上げれば
(弓道はまるでこのためのトレーニング法でもある)、
振り上げるだけで、クラブはトップでしなり、
人間の体もネジ巻かれ、筋肉も伸張したものが、収縮する力で「臍に引き戻す」と、
クラブ・ヘッドは下りてきてボールを弾く。
その際、大地にがっしり動かない足、腰があればこそ、
力が保たれ収縮する復元力で、ボールは打たれる。
アドレスで狙ったところに、真っすぐも、スライスも、フックも
意識のままに飛んでいく。
うまくいかなかったらアドレスを修正して打てば良い。
自分自身でボールの球筋に教えられながらフィード・バックする。 悩むことでも、悲しむことでもない。 明るく、楽しい、一息をさせてもらえる「一打蘇生」の “ゴルフ打法”である。
ゴルフ打球技は、とてもシンプルで簡単なことを、情報を多く複雑にしている
ことに気付いてほしい。
目でボールを良く見ていると、あたかもよく打てると、
世界中の大多数が信じ指導している。
両手の人差し指を目の前で水平になるよう、突き合わせておき、左手は動かさず、 その指先を良く見て、右手人差し指を離して、ぴたりとくっ付けてみる。 時々、正確に当たるが、自分の左指に、目の前で自分の右手指を、 正確に当てることが出来ない。なぜか?
Photo.2
ゆっくりの時はまだしも、スピードを出すと当たらない。???
それは、この短時間では、視神経が、脳に、脳から運動神経を通って、
手元、指を動かす伝導時間、フィード・バックする時間が足りないからである。
ゆっくり動かせば、正確に当てることが出来る。
しかし、ゴルフ打球の“遠く、正確に”が、矛盾として、立ちはだかる。
「スピード」は「単位時間」を長くするほど落ちる。
視神経は、使って良いところで使い(準備段階)後は、無関係でいいのである。
具体的には、先の人差し指当ても、両肘を両脇腹に付けた、準備をしてやってみる。
目は閉じても、隣の人を見ていても、しかもどんなに速く動かしても
100%正確に当たるのである。
ゴルフ打球も、両肘を身体に付け、ボールにアドレスしてしまったら 手元位置「臍」に意識を集中し息を吐ききる、自然の空気が、手を挙げることにより、 胸腔に入ってくる。 あたかも、しぼんでいるゴム風船をネジ巻きながら、空気を入れると、 その空圧で、風船はブルンと元に戻るように、 振り上げられたエネルギーがクラブをしならせ、体をネジ巻き、 自然に巻き戻ってボールに当たる。
クラブ・ヘッドの上方向への力が、左肘を体側から引き離し、
円弧が大きくなりゆっくりした楕円運動でトップを迎え、折り返す。
インパクトで左肘を、「肘鉄」で、元の体側に引き戻す。
円弧が小さくなると角加速度が増す。=(ケプラーの第二法則応用)Fig.3
Fig.3円弧が大きいのと、スピードを混同してはいけない。 単位時間にシャフトが何度動いたか(角加速度)。
Fig.4ボールを動かすエネルギーは、
(E=GT^2 x M/2)
吐ききり呼吸と手が挙がって胸腔・肺臓に入った空気を、振り下ろしに “ヨイショット”と声を出す短い「気合い」のこもった、 呼吸リズム・テンポ(時間割り)を、水時計、砂時計ならぬ「空気時計」、 鼻の穴からはいる空気は時間がかかる。
大満足(息満たし)。

吐く息、短息「間合い」が、グッド・タイミングを恒常化する。 熟練(スキル)である。
長短どのクラブでも同じテンポ、同じ一息、(ガレリオ・ガリレイの振り子の等時性)、 無意識の好打、力を入れなかったのに、よく飛んだということになる。 しかも、その上げて、打つ、単位時間が、洋の東西を問わず世界的名手のプレーを測定した結果、 平均約( 0.8 秒 )であることが明確になった。=( up 0.6sec. + down 0.2sec.)
(1972年第23回日本体育学会発表、
「ゴルフにおけるスイングのタイミングと指導に付いて」瀬々孝一、武政喜代次、関岡康雄)
これは、名手も、初心者もあまり変動が無かった。
先に、人差し指当てを行った際も、0.8 秒という単位時間に「キー」があった。
交通事故多発の現代で、人間がその文明の利器の車を、殺人具にしているが、
基本的な、人間のメカニズム、目で見て、脳で“アブナイ”と、判断して、
ブレーキに足がかかる時間が、約 0.6〜0.8秒である(反応時間)。
40km/h で 8m(空走距離)ノーブレーキで走る時間では、
一つことしか出来ない。
+ 10m(制動距離)=18m でやっと止まる。
このことを再認識し「車は急に止まれない」ことを歩行者も、
ドライバーも、もっと体感しておかなくてはならない。
科学で証明したことを人間にフィード・バックする方法を、 開発することが必要である。 交通事故防止、意識革命も「ゴルフ打球技」から学び、体感できる。
人間の心拍も、1分間平均、約76回、1回が約 0.8 秒であることが知られている (人間が受けた刺激に反射的に身を守る反射の時間は、約 0.2秒。
top から impact も 0.2sec. この短時間に二つ以上考えたり、意識できない)。
このゴルフ・スイングのテンポが、速くなったり、遅くなったりで、
ミス・ショットになることも明らかになっている。
そのことに関連して、プレーヤーの心拍が、外界、内面のあらゆる情報、刺激により、
一般には速くなり、スイング・テンポを狂わせる。
心臓ドキドキ、呼吸ハアー・ハアーでは、平常心は出せる訳はない。
言葉でいくら「落ち着け」「肩の力を抜け」「リラックスしろ」と、言っても、
言われても、どうすることも出来ない。
心臓は、横紋筋でありながら、不随意筋であるからである。
意識すればするほど、結婚式のスピーチも、受験生も、歌い手も…・ドキドキする。
この心拍をコントロールする方法があった。
心電図より心臓の放電(洞結節の放電)と、
呼吸との関係は次の通りである。
「呼吸によって心臓の洞不整脈が起こる。
吸気の末期には拍動が早くなり、
呼気の末期には拍動が遅くなる。
呼吸性洞不整脈と呼び、正常な生理現象で、肺臓の中の感覚器より迷走神経への
反射的刺激によって起こる。」(L・シャムロス)
このことを積極的に活用し、同じ深呼吸でも、「長く吐く呼気の末期を長くする」
意識呼吸が、動悸をおさめ心身の安定につながるものであった。
自然の中で健康で、長生きのヒント、吐ききり呼吸を続けながら歩き、打ち、楽しむ。
人間が、生き生きと生きる、素晴らしい順化、順応能力を応用した
「ハッピー・ゴルフ打球指導法」である。 以上
1・オイゲン・へリゲル
『弓と禅』 福村出版 1979年
2・桜井保之助
「阿波研造」
生誕百年実行委員会 昭・56年
3・村木弘昌
「丹田呼吸健康法」 創元社 昭・52年
4・L・シャムロス、松枝 張訳
「心電図学図説」 医学出版 昭・41年
5・卓 大宏、杉充胤訳
「中国体育療法」 柏 書房 1978年
6・時実利彦
「脳の話」 岩波新書 1980年
7・T・Rブレ−クスリ−、大前研一訳編
「右脳革命」 ブレジデン卜社 1981年
8・瀬々孝一・武政喜代治・関岡康雄
「ゴルフにおけるスイングのタイミングと指導について」
日本体育学会第23回大会資料 昭・47年
9・山地啓司
「心臓とスポ−ツ」 共立出版(株) 昭・57年
10・楊 名時
「太極拳」 文化出版局 昭・46年
11・杉崎 寛
「現代武道家物語」 あの人文庫 昭・57年
12・杉 靖三郎・阿久津邦男
「座禅の呼吸生理学的研究」
・・・座禅時の呼吸およびガス代謝を中心に・・・
専修自然科学紀要第7号 昭・49年
13・構成:瀬々孝一、文:杉山通敬
「禅とゴルフ」
ゴルフダイジェスト社(Choice '85-11)
14・瀬々孝一
「呼吸リズムによるハッピー・ゴルフ」
(人間と、自然の調和による目をつむっていても無理なく
飛距離のでる動禅ゴルフ)
日本ゴルフ学会 Vol.5,No.1 September 1991