南アルプスの風

 8月の蒸し暑い朝、東名高速の富士川SAで、コーヒーを飲もうと車を止めました。
あいにくの曇り空。
なんてアンラッキー、晴れていれば ここから富士山が眺められるはずなのに。
本日の予定を雨のドライヴコースに変更すべく、観光スポットをピックアップして、沼津ICから
国道1号線へ。
 まずは東洋一の涌き水で有名な柿田川湧水群を訪ねました。源は約40キロメートル北方
の富士山に降った雨や雪。これらが三島溶岩流の間を通り、長い年月(数ヶ月〜数十年)を
経てミネラルを適度に含み、日本有数のすばらしい地下水となり、湧水しているのだそうです。
全長1200メートル。狩野川と合流し、するが湾に注いでいます。
水質はPH7.2  色度0 濁度0  溶存酸素9.5前後  湧水量100万トン/1日 水温
年間15℃前後  電気伝導率14〜16m s/m というデータが公園内にありました。
この日は偶然にも「湧水まつり」の日で、オープニング前の山車や会場準備のスタッフが忙し
そう。0−157が猛威をふるう日本列島の夏に大丈夫かな?
おずおずと歩み出て柄杓一杯の涌き水を頂きました。
う〜ん、おいしい!
貴重な動植物にはミツマバイカモ、ツリフネソウ、ミクリ、ヤマセミ、カワセミ、ゲンジボタル、アマ
ゴ、アユカケ、アオハダトンボ、ミドリシジミ、など。
この涌き水が静岡県東部35万人の飲料水を支えています。隣接するJA駿南の裏に専用の
駐車場がありますが、ちょっとわかりにくいので1号線沿いのサンテラスのP、またはファミリー
レストラン「すかいらーく」のPを利用すると、とっても便利です。
(そのときはコーヒーくらいは飲んでね)

 柿田川公園をあとに136号線を南下。
修善寺有料道路を通り、1時間半程で414号線の分岐へ。
夏休みのリゾート地とあって、車は渋滞の踊り子街道をややゆっくりと走りました。踊り子橋〜
白橋の間には作家・川端康成氏の小説「伊豆の踊り子」の一節が石に刻まれています。
これを含む踊り子歩道は、浄連の滝と河津七滝を天城越えに結ぶ16.2キロのハイキングコ
ースとなっています。所要時間は約8時間。また、船原峠と天城高原(四辻)を天城山の稜線
沿いに結ぶ40キロ(所要13時間)のロングコースもあります。
実は天城山も日本百名山の一つで、天城山は白田山、万二郎岳、万三郎岳、箒木山、三筋山
の山の総称で、最高峰は万三郎岳(ばんざぶろうだけ)の1406m。
旧天城トンネルの横に登山道がありました。旧トンネルは およそ400mの長さで懐中電灯な
しでも歩けます。このあたりは霧の多いことで有名。トンネルを抜けると、旅芸人一座と踊り子
に出会えそうな気分になるから不思議ですね。
無邪気な伊豆の踊り子が、色々な表情を持っていたように街道には色々なコースがあります。
時間がなければ七滝めぐりが、おすすめのコース。
 滝のことを「たる」と呼ぶのが、この辺りの方言なのだそうです。大滝、出合滝(であいだる)、
カニ滝、滝、蛇滝、エビ滝、釜滝の7つ。
河津七滝のまわりの岩に注目すると、柱のように規則正しく割れてびっしり並んでいます。
これを柱状摂理といいます。
この釜滝の岩をバックにして、水しぶきに光が差して虹が見れますよ。
浄連の滝は、やはりここのハイライト。透き通った滝水の横では、わさびの栽培が。
珍しいお土産を発見しました!
わさび塗りのお箸と、そして暑〜い夏にはgoodな水出し煎茶。
 巨大な蚊取り線香を連想させるループ橋を走り、湯ヶ野温泉の「福田家」へ。
「福田家」は大正7年の11月2、3、4日と川端康成氏が宿泊した宿です。氏のお気に入りだ
ったという創業以来の「かや」のマス風呂に入りましょう。一泊¥12000〜宿泊できますよ。


 福田家をあとに414号線を北上し、136号線から天城湯ヶ島を通り、西伊豆・土肥海岸へ
向かいました。曇り空にもかかわらず、土肥海岸は芋の子を洗う賑わいでした。
なんと!この日は避暑に訪れていた吉本ばななさんの父親が、一人で泳いでいて溺れると
いう、水の事故があり驚きました。私は、男の人が溺れたんだくらいにしか思わなかったので
すが、主人は名前を聞いて「吉本ばななの父親じゃないか!」と大騒ぎ。
意識不明の重体で病院へ運ばれたけれど、その後どうなったのかしら‥‥‥。

 少し暗い気分で土肥〜戸田村〜大瀬崎へ海岸沿いをドライヴしました。17号線から414号
線を経由し163号線、更に県道380号線を走り、バイパス1号線から由比町へ。
土曜日ということもあり、夕方は大渋滞でした。
 由比(ゆい)町は、桜えびの本場で東海道の宿場町として栄えたところです。
旧街道には由比正雪の生家・紺屋(ごうや)、真向かいには東海道五十三次の浮世絵を所蔵
した東海道広重美術館があります。
静岡マップルの新名所として紹介されていた「ゆい桜えび館」は、土日祝の営業19:00まで
となっていたのに、実際には17:45で営業を終了していてガッカリさせられました。
 紺屋さんの若旦那は、閉店後の店内を見せてくださり、簡単に「由比正雪の乱」の説明をして
くれました。
 「由比正雪の乱」は慶安四年(1651)の4月三代将軍家光が死去すると、その年の7月
由比正雪らにより幕府転覆が企てられました。
これが世にいう慶安事件です。
のちに正雪は、駿府城下の梅屋で同士と共に自刀して果てますが、350年続く「紺屋」が
正雪の生家と言い伝えられているそうです。
 記念切手にもなった歌川広重のシンプルな藍染めの手拭いと鮮やかなサーモンピンク地の
桜えびの型染めのハンカチを買いました。

 夕暮れの旧東海道を由比川へ向かって歩くと、桜えびづくしのお料理が味わえる「井筒屋」
さんがあります。名物桜えびのかき揚げ、桜えび御飯、桜えびの佃煮、大根とベーコンがベース
の桜えびのお吸い物、駿河湾で水揚げされた鮮魚のお刺身に水菓子(8月はスイカ)と香の物
の7品がつく由比の本陣定食、¥2000で楽しめますよ。
 旬の桜えびを戴くのなら春と秋の漁期がおすすめ。春漁は3月末〜6月初、秋漁は10月下旬
〜12月までで、生桜えびの珍味や沖上がりが味わえるそうです。
電車利用の場合でも東海道本線・由比駅から徒歩15分と散策コース圏内ですし、営業時間も
夜8時までというのが嬉しい。
田舎のお店は、夕方5時ともなると夏でもオーダーストップしてしまうので気をつけてくださいね。

 清水の次郎長で知られる清水市も、夜は早いようです。アーケードの商店街も夜8時で弊店し
ていました。
ここで、おすすめしたいのが横砂西町にある和食専門店の「榊屋」。
清水漁業組合御推薦のリーズナブルな料理屋さんです。とにかく安い!
 和食が嫌いな方に、おすすめのシーフードレストラン「フィッシャーマンズクラブ」ならディナー
¥3000より海の幸が楽しめます。
”静岡県O−157撲滅運動”のノボリが、やたら目立った西伊豆と夏真っ盛り食べ歩きの駿河路
と‥‥私流サマー・バケーション第1話、おしまい。

 日本アルプスというと、漠然と思い浮かべるのが信州。信州って長野県?静岡県と山梨県に
またがる山といえば‥‥誰もが「富士山」をイメージしますよね。
富士山の美しい山容と、日本一の標高、どっしりした存在感と‥‥。
 ところで日本で2番目の標高は?というと、これが以外と知られていないのです。日本第2の
高峰は南アルプスの「北岳」3120m。静岡県と山梨県の県境に位置する、堂々とした量感の
ある山です。
 この夏、2度目の北岳へ、広河原から白峰三山縦走に塩見岳をプラスして登ってきました。
南アルプスは、北アルプスのような個性的な容姿も賑わいもなく地味で、山が深く、玄人好みの
山とでもいうべきでしょうか。
その北岳も夏休みとあって、広河原の駐車場に入りきれない車が、夜叉人峠まで数珠つなきの
状態。南アルプスは交通の便が悪いので、近年は北岳のみ往復するマイカー利用者が増えて
います。
 そこで縦走下山口の奈良田の町営駐車場へ車をおいて、山梨県早川町からタクシーで、広河
原の登山口へと向かいました。早川町〜奈良田(40分)、奈良田〜広河原(50分)で、この
タクシー代が、なんと¥16000なり。予定外の大出費。
凸凹の山道をタクシーに揺られながら、他に交通の手段はなかったのかと思うことしきり。
 登山口を出発したのは午後3時をすでにまわった夕方でした。薄暗くなった樹林帯を登り終え
山小屋の赤い屋根にホッと一息。その日は白峰御池でテント泊。
 翌朝、北岳の大バレットを右手に仰ぎながら雪渓を歩き、除々に高度を上げていきます。
岩場〜ハシゴ、鎖の繰り返し。やっとの思いで”八本歯のコル”に辿り着いた時には、20sの
ザックが肩に食い込み、背中は塩を吹き、灼熱の太陽に焼き豚状態というものでした。
が、頂上に立つと不思議ですね。この爽快感は うまく言葉に表せないものがあります。
北岳山荘〜間ノ岳(あいのだけ)3189m、ここの分岐でほとんどのハイカーと別れ、間ノ岳〜
三峰岳(みぶだけ)2999m〜熊の平まで岩の切り立った痩せ尾根のピークを何度も越えて
3つ目のキャンプ地・熊の平小屋へ。
 ランチは、長しそうめんと五目飯。冷たい山水で身体を拭き、テントを張ったロープに洗濯物を
干し、絵はがきのような青い空にシュークリームみたいな雲がポッカリ浮いて、午後のひととき
時間はゆっくり流れていきます。

 体調を整えて翌朝、塩見岳(しおみだけ)3046m往復を。
往復9時間の、とんでもない山行プランを提案したのは私だったので弱音は吐けません。それ
でも午後からの4時間は雷雨の中を歩き、へとへとで小屋に到着できたのは夕方でした。
熊の平の管理人は、暖かいスープを差し出し、流暢な日本語で
「元気の出るスープよ」と言ってニッコリ笑いました。
疲労も長時間雨に打たれたことも忘れてしまいそうな、そんな味がしました。
さて、ここの管理人は女性でして、彼女はアメリカのユタ州の出身だそうです。毎年、アメリカと
日本を往復して、夏山のシーズン中にはここで小屋番をし、笑顔でハイカーを迎え、サイフォン仕
立てのインディアカコーヒーと手作りパンで送り出す。
そんな生活を彼女は16年続けてきたのだと話しました。すご〜い!
16年て半端じゃできない。彼女はホントにこの南アルプスが好きなんだな‥‥この16年間
きっと彼女の笑顔と元気スープは、数えきれない程のハイカーを勇気づけてきたと思います。
ちょっと残念なのは、来年もう一度、南アルプスを訪れても彼女の笑顔に会えないということ。
ユタ州なまりの英語しか話せない2人の子供達が、スクールにあがるので、それを機に母国へ
帰られるのだそうです。

だから彼女の手作りパンを味わえるのは、この夏かぎり。
 雨上がりの翌日、私共はできるだけ出発を遅らせ、彼女が布団や洗濯物をパンパンと叩いて
テラスに干す光景を見ていました。
 誰かが吹くオカリナの音色が心に染みてきます。
「お世話になりました。お元気で!」と言うと、彼女は忙しそうな手をとめてニッコリ。彼女の笑顔
はまるで南アルプスの風のようでした。
                                                  END