快楽と救済(梁石日・高村薫、日本出版協会 1500円) 


 今の日本を深く疑う2人の作家の対話……、というと内容に比べたらいささかおおげさな宣伝文句になる。話の内容は、決して深いものではないので、この顔ぶれを考えるとちょっと残念な気がする。お互いに自分の抱えている問題を説明するけどそこから先にすすまないので、ちょっともどかしいのだ。2人にまたがるテーマをうまく設定できればもっといい本になったはずなのに。それでも、高村氏は自分に詩的な発想はほとんどないと述懐するくだり、それに先だって自分のイメージを語る梁氏というところは面白いけれど。個人的には、高村氏の肩を抱いて、ニコニコしているオヤジっぽい(ホメ言葉)梁氏の素の表情に500円ぐらいの価値を、しかもそんな梁氏とともにいる高村氏のほほえみに1000円の価値を感じている(笑い)。対談をうまく転がすことの(影の司会の)むずかしさがわかる1冊


これが答えだ!(宮台真司、飛鳥新社 1300円)


 あとがきを読めば、本書を買う理由ははっきりする。そこに書かれたとおりこれは宮台入門本の決定版であり、これまでの氏の活動の俯瞰図なわけだ。そういう意味ではまったく買ってソンなしだし、ここから新しく思考を深めていくこともできる。その視点では買い得である。
 でも、思うのは宮台真司は、破壊者であろうという印象は変わらない。本人は本書の中で掃除人と名乗っているけれど、それはちょっときれいすぎるような気がする。建設は破壊ほど簡単ではないし、人々は間違っている(あるいは役立たない)意見も、それまでの習慣上捨てることは難しいはず。それでもなお「まったり革命」が進行しているとするなら、それは革命ではなく、やはり破壊のような印象をうけるのだが。今を予想してありうべき「破壊」の姿を想定するまでは学問の範囲だと思うのだが、そこからさきの想像・想定はありうべき未来の一つの顔にしかすぎないと思う。だから、宮台氏のいうとおりの「建設」がやがてくるかどうかはかなり懐疑的なのだった。破壊者としては一流だろうけれど。 
 それから、個人的には本人を偶像化(アイドル化)するような扱いは無駄というか、その自意識がうっとうしい、と感じるので今回のような装丁、各章のトビラはちょっといやだった。まあ、そういう意味では10年たてばきっと笑えるアイテムになってる。 


半芸術 (とうじ魔とうじ、青林工藝社 1400円)


 もう5年ほど(!)前に、知人から「移動性女子高生」というアルバムの話は聞いていた。でも、今回この本を手に取るまで、そのアルバムの作者が特殊音楽家を名乗り、さまざまなパフォーマンスを行っているというとうじ魔とうじという人物であるとは忘れていた。この本は今はなきガロに連載したエッセイの単行本。氏の周囲にいるさまざまなひとの活動を紹介するのが主な内容なのだが、はしゃぎすぎない、宣伝しすぎでもない書きぶりに好感を持った。まあ、年齢も40歳と大人ですから、当たり前といえば当たり前だけれど。そこに紹介される不思議な?パフォーマンスやアートが多数紹介されているのだが、個人的に気に入ったのは「すごろく旅行」(すごろくの目だけ駅を進み、そこで定められたゲーム?をする)と、全国さまざまな金融機関の領収印を日記のように収集するアート。
 そのほかにも、興味がそそられるものはあったのだが、やはりつくづくボクにはアートをとらえるアンテナが弱いなと思った。面白そうとは思うのだが、そこから先の感想がなかなか言語化できない。これは訓練が足りないのか、オレになにが欠けているのか……。


日本の近代9 逆説の軍隊(戸部良一、中央公論社 2400円)


 日本陸軍がいかに「日本陸軍」となったか。それをおおざっぱにまとめてしまうと、一つは上官への服従のメカニズムの一つであった統帥大権の拡大解釈。もう一つは、武装の近代化の遅れを補うために発生した精神主義。筆者はこの二つがいかに陸軍の中で生まれ、変化していったかを、時系列の中で丹念に追った。ただこれについては、編年体風ではなくテーマ別(統帥権の解釈、陸軍のモラルといった)にまとめてあったほうが一般の人には読みやすかったのではないだろうか。
 興味深かったのは、大正時代に軍人が嫌われる風潮があり、それが「トラウマ」となって軍人の先鋭化の内的動機になったのではないか、という解釈。これはあらゆる組織に適用可能だろう。極端な例えを挙げるなら、オウムが選挙を通じて社会から拒否され、金剛乗を語り出す家庭も、この陸軍の姿に重なってくる。すると、今の日本で今後先鋭化し暴走しそうな組織を考えると、官僚それも大蔵省あたりではないだろうか。今の彼らは「国のために働いているのに」とそうとうフラストレーションを貯め込んでいるはずだろうから。
 また、この本では二次大戦中日本が決して独裁国家でないことが明確に指摘してあり、勉強になった。陸軍は政治の横車を強烈に押しただけなのだ。政治はそれに抵抗しつつも、一部ではそれに押し切られた。ここにあるのは極めて日本的な無責任の構造であるわけだ。
 というわけで、歴史の本というよりもは「組織」がいかに先鋭化するかというテストケース、あるいは日本論として読むのが一番面白いだろう。そういう意味でも、教科書的・専門書的な書き方が読者を狭めているような気がする。


アニメの未来を知る(電子学園総合研究所編 テン・ブックス 1300円)


 ワイアードなどに発表されたデジタル化などの話題に代表されるアニメ製作現場のルポとインタビュー。なにしろこうした建前論も含めた現場の話というのはほとんど取材されていないわけで、アニメ誌でトピック的にやっているだけなので、それだけでも貴重な本ということはできる。内容に関しても、妙に煽るでもなく、妙に専門的でもないので、非常に読みやすい
 各監督のインタビューなどはアニメ誌を読み込んでいる人間にとってはさほど新鮮みがないかもしれないが、そういう人は特別編を読むと面白いだろう。アニメ業界の現実と題されたこの章は、作品論ばかりで産業論として語られていないアニメの一端の姿を浮き彫りにしている。
 個人的に面白いと思ったのはアニメビデオの売り上げグラフ。はっきりと’96年がピークであることがわかる。これが深夜アニメと連関してくるのか、あるいは企画内容に影響を与えているのか、ちょっと調べてみるのもおもしろいだろう。各社のCGへの取り組み状況もまとめてあり、グロスで「アニメ界」と語られるにしてもかなりスタンスや進捗状況に差があることがわかる。
 ともかく今のアニメ界の一端に触れるには最適。例えば卒論とかにアニメ産業論を選ぼうとしている学生は必読でしょう。で、この本に関する心配は、そういう人がどれぐらいいるのだろうか、ということである。


もてない男(小谷野敦、筑摩書房 660円)


 恋愛至上主義の中では語られないもてない男(恋愛弱者)の視点から、日本の性愛文化、恋愛文化をとらえ直す内容。全部で7つの章にわかれており、それぞれ「童貞であることの不安 童貞論」といったスタイルで個別のテーマについて総論的にまとめている。
 もっとも、まとめているといっても、筆者の雑談も含めて書かれる軽妙なタッチなので(本人曰くこれはエッセーであるそうだ)、胃にもたれることなくスラスラと読める。その分、食い足りないところも多々あるのだが、章末には筆者の薦める参考図書もあるので、より深くこのテーマに迫ろうという人にも有効である。
 ただ、この本のメーンのテーマである「もてない男」は、救われるのか、それとも彼らなりの新たな価値をうち立てることができるのか、というとそのあたりは今後を待たなければいけない様子。ここでは、さまざまな批評(フェミニズムの視点など)が、その存在をすっぽりなかったことにしていることを指弾するに留まっている。
 ただ、あとがきによると筆者は「大著」など書くつもりはないそうなので、「もてない男」がそれなりに理論武装したいのであるなら、筆者のアジテーションを待つより自分で考えたほうが早道かもしれない。