顕微授精について

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重症男性不妊症や、通常の体外受精で受精しない症例(高度受精障害)に、現在行われている顕微授精について説明します.

顕微授精の歴史ですが、ヒトでは1988年に Cohen らが partial zona dissection (PZD、透明帯部分切除)による妊娠例を、Ng らが subzonal sperm injection (SUZI、囲卵腔内精子注入法)による妊娠例を報告しています.

1992年には、ベルギーの Palermo らが intracytoplasmic sperm injection (ICSI、卵細胞質内精子注入法)の妊娠例を報告し、一個の精子でも受精が可能なことから広く行われるようになって、現在では顕微授精といえばこの ICSI(イクシーと呼びます)のことを指すといってよいでしょう(写真).

上の写真は、わたしが実際に卵に精子 (Sperm) を注入しているところです.まわりの殻のようなものを透明帯といいます.中身の卵細胞質の12時のあたりに小さく丸く乗っているのを第一極体といいます.大学で生物をとったひとなら知ってるかな?

顕微授精の適応や技術的な解説は他のホームページや専門書を参照してください.

顕微授精の問題点

写真を見たらわかるように、精子を細い針(直径約 7μm)で注入するという、いかにも「野蛮な」方法です.昔は、こんな簡単な方法で人間のような高等生物の受精が成立するとは、信じられないことでした.動物実験の研究室レベルでは、精子を注入した後、電気刺激をしたり、カルシウムイオノフォアという薬剤処理をしたりして受精・分割させていました.

ところが、1992 年の Palermo らの発表で、ただ精子を入れるだけで受精し、分割して人間になる、ということがわかったわけです.ですから、人間というのはとても受精しやすい動物だったのですね.たとえば、マウスの顕微授精は技術的にむずかしくて、妊娠に成功したのがつい 3-4 年前です.まあ、人間は一年中発情期ですし、受精しやすいイコール妊娠しやすい動物だから、これだけ地球上にはびこっているのでしょう.

さて、顕微授精でのいくつかの問題点を挙げます.

1.卵の細胞構築、染色体を壊す可能性

2.PVP(ポリビニルピロリドン)使用による卵への影響

3.注入する精子が染色体的・遺伝子的に正常かどうか

4.男性側の染色体異常・遺伝子異常の問題

1.についてですが、さまざまな報告があるものの、きちんと受精してきれいなクオリティの良い分割卵ができれば、まず妊娠にはさしつかえないであろう、と考えられます.染色体に強いダメージを与えた場合、ほとんど着床はしないでしょうし、あるいは着床しても高い確率で流産に至ると思われます.

2.についてですが、精子を細い針でコントロールするために、通常の培養液のほかに、粘稠性の強い PVP という液体を使います.これは、昔は人工血液として考えられた合成の化学物質です.これがわずかながらも培養液とともに卵細胞質内へ入るので、受精のじゃまをしたり浸透圧変化によって卵の細胞構築を壊す可能性はありますが、現在世界でも広く使用されており、わたしも使っています.日本で使用していないのは、加藤先生の永遠幸グループ、九州のセント・ルカ病院などです.

わたしの個人的見解としては、PVPを用いないほうが受精率はやや高いものの、胚移植あたりの妊娠率や出生児の異常の確率はどちらも変わらないのではないか、と思っています.

3.について.一個の卵に一個の精子を入れるわけですから、何十個から何億個の精子のなかから顕微授精を行う技術者 (Embryologist) が形態的に正常と思われる精子を選択するわけです.斗南病院では、わたしと東口先生がやってました.しかし、形態的に正常でも、染色体的・遺伝子的に正常かどうかはわからないわけで、統計的には(形態的に正常でも)30 %前後の異常な精子がある、といわれています.これについても 1.と同様、受精したとしても、さらに分割や着床までは至らないだろうと思われます.

4.について.顕微授精では、これが一番の問題点です.さまざまな報告では、ICSIの出生児に常染色体異常・奇形が多いとするものはあまりないのですが、性染色体異常が多いという報告がかなりみられます.これは、不妊男性に性染色体異常が多いため、と考えられます.

また、染色体的には正常でも、染色体の上の遺伝子に異常がある場合があります.有名なものには、Y 染色体無精子因子(AZF)欠失、嚢胞性線維症の遺伝子座(Cystic fibrosis locus)などがあり、通常の染色体検査ではわかりません.

Cummins らは、ICSI 治療の問題点として、以下のことを述べています.

・DNA鎖断裂の機会を最小にするため、正常な形態で十分濃縮した核を持つ精子を選択すること.

・精液や尿での酸化 DNA 産物の異常レベルを示す男性は、DNA 欠損の危険が増加する.

・遺伝子のスクリーニングをなすべきである.とくに先天性両側精管欠損症 (CBAVD) をもつカップルに、必要なら出生前胎児遺伝的診断も考慮すべきである.

・ヒト不妊の動物モデルは遺伝的原因を含め早急に開発進歩させるべきである.

・出生児の長期間モニタリングが重要で優先させるべきである.

・すべてのなかで最も重要なことは、男性学や生殖遺伝学に精通することである.

最低限の検査として、顕微授精を行うすべてのカップルに染色体検査を行うのが望ましいのでしょうが、実際にはなかなか難しいところです.

ところで、われわれは平成元年から体外受精で妊娠例を出してますし、凍結胚移植では日本一の実績をつくってきました.顕微授精でも、ガラスの毛細管から自分で注入針をつくった世代です(今は一本 ¥3000で市販されてます).わたしも神谷先生も、いざとなればひとりでなんでもできます.

しかし、最近ではさまざまなキットが市販されており、体外受精、凍結胚移植、顕微授精などが昔とくらべるとかなり「お手軽に」できるようになりました.それは良いことなのでしょうが、ちょっと複雑な気持ちになるのは確かですね.

まとめ

顕微授精(ISCI) を行うことによる先天異常児の出生の確率は、ARTと先天異常 に解説したものと同程度と思われます.

ただし、男性側に性染色体異常や遺伝子異常がある場合は、性染色体異常児などが生まれる可能性があり、その確率はそれぞれの症例によって違ってきます.