日本赤十字社の誕生

 日本赤十字社は,1887年(明治10年)に創立されました。

 当時は博愛社といっていました。この博愛社は,西南戦争に際して
(西郷隆盛を中心とした薩摩軍と政府軍との戦い ※歴史を調べてみましょう)

元老員議官の役職に就いていた佐野常民(さのつねたみ)が,
大給恒(おぎゅうゆずる)と共に創立した救護団体です。

(写真は佐野常民)

 西南戦争では,お互いに激しい戦闘が繰り広げられて,両軍で多くの死者を出しました。
その悲惨な状況を見て,二人はヨーロッパで見てきた救護団体の必要性を痛感します。
「なんとか日本でも同じような組織が作れないだろうか」と考えました。
当時の人たちの考え方は,「敵は敵」。たとえ傷ついて戦えなくても,命を奪うまで「敵」でした。
これはヨーロッパでも,赤十字の組織ができるまでは同じでした。
傷ついた者を助けたいという二人の主旨に賛同してくれた人たちの集まりで
博愛社の規定をまとめ,1877年(明治10年)3月に政府に対して救護団体の設立を願い出ました。
しかし,これは認められませんでした。
第4条の項目
「敵味方の区別なく救護する」
という考え方は理解されなかったのです。

 このままではますます,落とさなくてもよい命までが多く失われる,と設立を急いだ佐野は
討伐総督であった有栖川宮(ありすがわのみや)熾仁(たるひと)親王に直接訴えることにしました。
5月1日,趣意書を持って熊本の司令部に出向きます。
親王は佐野の話を聞いて納得しますが,正式な手続きを踏んでいては時間がありません。
そこで英断を持って,許可を与えたのです。

 これによって許可を得た救護員は,直ちに現場へ出向いて両軍の救護に当たりました。
そのかたわら,水俣をはじめ地域的に発生したコレラ流行地へも救護員を派遣して,
予防と手当につとめたそうです。

 この博愛社の活動は,当時的の負傷者まで助けるという考えを理解できなかった人たちを驚かせ,
人道・博愛という精神文化の基礎を我が国に植え付けたのです。

… … … … …

 それから後,日本赤十字社法という法律(昭和27年)に基づき,法人として設置されます。

参考資料 「赤十字のしくみと活動 (平成14年度版)」 日本赤十字社発行

※ ここで掲載された赤十字社の史料および資料は,日本赤十字社香川県支部に依頼して許可をもらったものです。
赤十字のマークは,その精神と共にありますから,自分勝手に使えないことも覚えてください。
ですから,ここで掲載されたマークや内容は無断転載したり,加工したりして使うことは禁止されています。
※(総合的な学習に取り組む担当の先生にお願い)
学校の中で赤十字の学習をしているグループが発表に使うことは可能ですが,

かならず「マークの重要性」をご指導ください。