横浜マリノス新着情報(1995年9月)

1995 9/30 - マリノス200ゴール達成
第12節までで累計199得点を上げていたマリノスは、この第13節の3分の松田のヘディングシュートで200ゴールに達した。
1995 9/30 - 第13節名古屋グランパスエイト戦。快心の勝利で3位浮上
ストイコビッチのいない名古屋グランパスと神野・山田を欠くマリノスとの決戦は予想に反して一方的な試合となった。前半3分に松田がJ初ゴールをヘディングで決めると、ビスコンティ・メディナベージョが9分・10分と立て続けに得点し、突き放した。その後も中盤の早いチェックから再三ボールを奪い、シュートを放つが追加点はできなかった。後半になり、キーパーが弾いたボールをビスコンティが詰めゴールに蹴り込むと、その直後にも、メディナベージョがFKをちょこんと頭で合わしてGKの上を越し5点目。その後も攻め続けるマリノスは相手DFのハンドからPKを得るが、ビスコンティが右ポールに当て失敗、ハットトリックはならなかった。試合は最後までマリノスが攻守に圧倒し、快心の勝利で7連勝。名古屋グランパスエイトを得失点差で上回り3位に浮上した。
1995 9/27 - 第12節JEF市原戦。チーム最高の6連勝達成
2戦連続の国立競技場はJEF市原とのアウェイゲームで行われた。前半から中盤を支配していたマリノスは長い縦パスをゴール前に放り込むが、もう一歩詰めきれない。しかし、うまい中盤から左サイドをオーバーラップしてきた正治にパスが出ると奇麗にセンタリング。中央に詰めていたメディナベージョがダイレクトで叩き込み先取点を上げた。JEFも城が小村を倒したプレイを審判が流すと、そのままセンタリングを上げ、シュート。それをGK川口の必死のセービングでかろうじて弾き、バーに当たって外に跳ね返ったが、それを押し込まれ同点に追い付かれた。しかし、今度は右サイドを抜け出た山田が相手陣地深くまで突破し、相手DFをかわしセンタリングを上げると、ゴール正面にいたメディナベージョが相手DFに競り勝ちヘディングシュート!これが奇麗にゴールに吸い込まれ勝ち越しに成功した。試合はこのまま終了し、マリノスはJ開幕以来1シリーズとしては最高の6連勝を達成した。この試合でイエローカードを受けた、神野と山田は3枚目となり、次節は出場停止となる。
1995 9/23 - 第11節ジュビロ磐田戦。5連勝で4位に!
4連勝後、マリノスのホームゲームはジュビロ磐田を国立で迎えて行われた。前半からいい形で攻めるジュビロに対し、マリノスはサパタの出場停止もあり、再三ゴールを脅かされた。しかし、GK川口の気迫はゴールを許さない。逆に、前線への縦パスから鈴木正治がうまくGKを外し、先取点を上げた。後半になってスキラッチに得点され追い付かれたが、鈴木正治の鋭い突破が相手のファールを誘って得たPKをビスコンティが確実に決め勝ち越した。その後、両チームとも何度かあった得点チャンスをうまく生かすことが出来ないまま試合終了。マリノスがチームタイの5連勝で4位に浮上した。
1995 9/16 - 第10節ガンバ大阪戦。3試合連続逆転勝利で4連勝!
前半から押ぎみに進めるガンバ大阪が磯貝のヘッドで先制した。マリノスも攻めるが、再三のガンバ大阪GK本並のファインセーブで得点することができない。しかし、神野が相手DFを誘って出来たわずかな隙間から山田隆裕がゴール右すみに豪快なミドルシュートを決めると次第に流れが変りだした。山田が右サイドを駆け上がりファールを誘った。そこからのFKをガンバがオウンゴール。マリノスは逆転に成功した。後半も一進一退の攻防を続けるが、両チームとも決定的なチャンスを何度か逃しタイムアップ。マリノスが3試合連続逆転勝ちで4連勝。ただ、この試合でサパタが警告3枚となり、次節は出場停止となった。
1995 9/14 - 日本代表にマリノスから二人
日本代表にマリノスからDF井原とDF小村が選出と発表があった。
1995 9/13 - 第9節浦和レッズ戦。またも逆転で今期レッズに初勝利
押され気味に進んだこの試合は浦和レッズに先制され、苦しい展開となった。しかし、後半になり、野田に押さえ込まれたバインが下がると、マリノスは次第にいい形が作れるようになった。山田・野田から遠藤・安永に交代すると、攻撃に幅と厚みとスピードが出てくるようになり、浦和レッズを圧倒した。この時間帯の9分間で3点をたたき込み逆転に成功。そのまま試合は終了した。マリノスはニコス初の勝ち越しで6位に上がった。
1995 9/12 - 来年のJリーグは1シーズン制に!
以前から過密スケジュールとの批判もあるJリーグの2シーズン制ですが、今年もJFLで準加盟チームが上位につけていることから、来年もJへの昇格チームがあることがほぼ確定的になったことを受けて、今年でサントリーとニコスのスポンサー契約が終了することから1シーズン制に変更することが決まった。これで1998年ワールドカップ予選へ向けての代表の強化するための時間も確保することが可能になる。なお、試合数減少によるチームの収入減に対応するため、6月にホーム&アウェイ制によるカップ戦を新設することになった。
1995 9/ 9 - 第8節ベルマーレ平塚戦。2点差からの逆転勝利
メディナーベージョのいないマリノスはスターティングメンバーに山田を投入し、神野とのツートップで試合に望んだ。負傷欠場していた中田が復帰したベルマーレは中盤でいい形を作るが、マリノスDFに防がれ攻め切れない。対するマリノスは上野の積極的なプレイや、左サイドでの正治のオーバーラップ、右サイドでの山田の縦への突破などクラウンドを広く使い攻めるが、こちらも詰めが甘く得点には至らない。そんな中、ベルマーレがDFの一瞬のすきをついてミドルシュートを放つがGK川口がかろうじてセーブした。しかし、そこに走り込まれ選手点を奪わることとなった。続いてDF伊藤(哲)がゴールエリア内でハンドのファールをしたことによるPKをきっちり決められ0−2と前半で早くも2点を負うはめになった。後半は上野に変え遠藤を投入。これがピタリと当たった。完全に中盤を支配したマリノスは山田の切れのある動きを起点にベルマーレを攻め続け、根負けしたベルマーレからPKをもらい1−2と一点差に詰めよった。数分後にもビスコンティがこの日2点目を決め、同点に追い付いた。こうなると流れはマリノスに!90分が過ぎ延長になってもマリノスのチャンスは続き、とうとう遠藤のセンタリングを神野がスルー。これを正治が相手DFをかわして受け取りGKとの1対1との勝負を確実に決めVゴール。勝率を5割に戻した。
1995 9/ 6 - 第7節サンフレッチェ広島戦。PK戦で勝利
メディナベージョを出場停止で欠くマリノスはサテライトで好調の西川をFWで初起用。怪我の直った上野もスタメンで出場した。前半から双方とも決定力に欠く展開で0−0のまま試合が進む。後半になってGK川口が選手と交錯し頭を二針縫う怪我を負うが包帯を巻いてプレイを続けた。試合は双方ともゴールを割ることができずPK戦に突入。4人目まで全員決めたマリノスに対し、サンフレッチェのPKを川口が2本止め、勝利を勝ちとった。
1995 9/ 4 - 安永聡太郎FW登録?
出場停止中のメディナベージョに変わり、安永聡太郎がFWとしてサンフレッチェ戦に出る可能性も出てきた。また、サテライトから選手を起用する可能性もある。
1995 9/ 3 - マリノスユース決勝で敗れ惜しくも準優勝
帝京高校を破ったマリノスユースは昨年の優勝校である清水商業との決勝戦をおこない、0−5と大差をつけられ準優勝に終わった。
1995 9/ 3 - メディナベージョ2試合出場停止
前節、レイソル戦で退場処分のメディナベージョは2試合の出場停止と決まった。これで第7節サンフレッチェ広島戦と第8節ベルマーレ平塚戦には出場できない。
1995 9/ 2 - 第6節柏レイソル戦。2−3で負け、ホーム4連敗
開始5分ビスコンティの芸術的ループシュートで先取点を上げたマリノスは形よくレイソルゴールを攻め続ける。しかし、前半中盤からレイソルがバックラインを押し上げると、不安定な審判のジャッジへの苛立ちなど影響され波に乗れず、逆に同点に追い付かれてしまう。後半になってから逆転されたマリノスはメディナベージョの退場など厳しい状況に追い込まれた。その後、今日2得点目となるビスコンティの得点でいったんは追い付いたが、DFのマークのずれを突かれ、再度突き放された。終了前に50日ぶりという山田隆裕が出てきたが流れを変えるには至らず敗戦した。
1995 9/ 1 - 安永の怪我で、山田のトップ登録も?
安永がアキレス腱を痛めたことにより、山田隆裕が明日のレイソル戦で久々のトップ登録される可能性が強くなった。


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