聖三位一体の祝日のミサKV167におけるトランペットパートについての考察

 

大阪モーツァルトアンサンブル 武本 浩

 

モーツァルトは、177694日、マルティーニ神父に送った手紙の中で、「私どもの教会音楽はイタリアのそれとは大いに異なっているばかりか、いっそうそれがつよまり、キリエ、グローリア、クレード、ソナータ・アレピストラ、オッフェルトリオ、あるいはモテット、サンクトゥス、それにアニュス・デイのすべてを含むミサ、さらにもっとも荘厳なミサですら、大司教御自身がじきじきに取り行いますときには、一番長くてさえ45分以上にわたって続いてはならないのです。この種の作曲には特別な勉強が必要であります。それにあらゆる楽器――軍隊用トランペット、ティンパニ等を伴ったミサ曲であることが要求されます。」と述べている。

 

聖三位一体の祝日のミサKV167にも軍隊用トランペット、ティンパニが使用されている。その編成は、クラリーノ2本、トロンバ2本、ティンパニとなっており、クラリーノはト音記号で、トロンバはヘ音記号で書かれている。新モーツァルト全集の編集者Walter Sennは、ヘ音記号で記譜されていること、通常のナチュラルトランペットでは演奏不能なG, c, e, が使用されていることから、テナートロンボーンと類似した音色のバストランペットが使用されたとして、現代の演奏では、トロンボーンを使用することを提案している。この解釈は本当にモーツァルトの意図を反映したものであろうか。

 

他の全く同じ編成の曲を調べてみると、小ハ短調ミサKV139114a, 47a)、ドミニクス‐ミサKV66、テ・デウム・ラウダムスKV141(66b)がある。小ハ短調ミサKV139ではトロンバIはアルト記号で記譜され、トロンバIIは省略されているが、ティンパニは記譜されている。ドミニクス‐ミサKV66では、クラリーノI/IIは二重ト音記号で、トロンバIはアルト記号、トロンバIIはテナー記号で記譜されている。ティンパニはトロンバIIの楽譜と全く同じで、1オクターブ下で記譜されている。テ・デウム・ラウダムスKV141では、トロンバIはアルト記号、トロンバIIはテナー記号で記譜されているが、ティンパニは省略されている。当時、ティンパニの楽譜と第二トランペットの楽譜は兼用されることが多く、モーツァルトもスコアにティンパニのパートを記譜しないこともしばしばであった。したがって、小ハ短調ミサKV139やテ・デウム・ラウダムスKV141のオーケストレーションの不完全さはなんら問題ではなく、全て、トロンバIIはティンパニの1オクターブ上の音を演奏することで解決することができる。

 

では、聖三位一体の祝日のミサKV167のトランペットパートはどうなっているであろうか。自筆譜は、10段の五線紙に第一段目にクラリーノI/IIが二重ト音記号で、第二段目にトロンバI/IIが、ティンパニと一緒にヘ音記号で記譜されている。第三番目にはオーボエI/IIが記載されている。ここで興味深いことに気づく。第一段目のクラリーノと第三段目のオーボエの楽譜は、第一パートの符尾は上向き、第二パートの符尾は下向きである。ところが、第二段目の第一パートと第二パートの符尾はいずれも上向きなのである。何故このようなことになったのか。一つの仮説として、モーツァルトは当初クラリーノ2本とティンパニの編成で作曲をしたが、何らかの理由で、トロンバを追加することになった。そこでヘ音記号で記譜していたティンパニの段にトロンバIの楽譜を書き入れることになった、と考えられないであろうか。トロンバIIは前述の通り、ティンパニの楽譜と同じものを使用し、1オクターブ上の音を演奏することが当時の習慣であった。

 

トランペットの楽譜でヘ音記号が使われることはまずないが、音域が4オクターブにわたるホルンではヘ音記号がしばしば使われる(例えばト短調交響曲KV550)。その際、記譜された音の1オクターブ上の音を演奏することになっている。ベートーベンの第九交響曲第三楽章の有名なホルンのソロを記譜どおりに演奏する人はいないし、不可能である。

 

聖三位一体の祝日のミサKV167に書かれた優雅でソフトなクラリーノと、力強いトロンバを現代のトランペットでどう表現すべきか。新モーツァルト全集の編集者はあまりにも根拠に乏しい考察からバストランペットが使用されたとし、教会音楽ではオルガンとともにあるトロンボーンでこれを代用する不可解な提案をしているが、4本のトランペットとティンパニが鳴り響いたときの和声を考えても、ヘ音記号で記譜されている聖三位一体の祝日のミサKV167のトロンバは、小ハ短調ミサKV139、ドミニクス‐ミサKV66、テ・デウム・ラウダムスKV141と同様、ティンパニの1オクターブ上を演奏するべきだと考える。(20051218日)