
− 夢のなかにでてくる味−
その味と はじめて出会ったのは、まだ時代が「昭和」と呼ばれていた頃で、前橋の自宅では、かまどと薪をつかって炊事をやっておりました。新幹線もなく、上野の合羽橋の親戚のうちへ上京するのにも、高崎線で半日がかりでゆくのが普通でした。上野といっても、当時は幹線道路をひとつはいれば、まさに「下町」の風情にあふれ、かといって繁華街にゆけば、立派な天ぷら屋・新世界の御殿があり、田舎育ちの私にとって、発見の連続でした。はっきりとした歳は思い出せませんが、いつものようにその親戚の家にお世話になった最終日、路地の角にあるラーメン屋さんで、好きなものを出前してもらおうということになりました。私は兄とともに「ラーメン」と遠慮しがちに言いましたが、やはり落ち着きのない表情を悟られてしまったのか、「遠慮しないで、チャーシューメンでも食べな」と全員分がチャーシューメンに変更されてしまいました。おそい朝ご飯を食べたので、確かすでに時間は午後2時を過ぎていたはずです。電話で注文してから、ほんのわずかで出前のおかもちは到着しました。と同時に、店員さんが、おかもちのフタを上にあげた瞬間、玄関一面をふわぁっと漂う香ばしい
お肉のこげたようなにおいと、駅の立ち食いそば屋の前を通ったときにくる、あのしょうゆだしの香りが包み込みました。そして食卓にどんぶりが並べられ、ふたを外すと、さらにその香りは直接嗅覚を刺激し、その食欲は究極へと高ぶらせられました。めんは、まるで生きているように黄色く発色して、少しでも長く見つめていようとすると、すぐにスープをすって茶褐色に変色してしまう。まだ熱いどんぶりのふちをしっかりと親指で押さえつつ、まずひとくちすすったそのスープの味は、まさに、これから後の人生において常に脳裏に焼き付くこととなった、永遠の「東京ラーメン」の味だったのです。
思春期にはいってから、その親戚の家に行かなくなってしまい、10年ぶりに大学入試のため久しぶりに上京すると、なんとその角のラーメン屋はなくなっていました。その時は「どこかに同じ味の店が別にある」と、軽く考えていましたが、それから20年、ラーメンを食べても食べても、あの時のあの味には決して出会えず、酒を飲んで晩飯抜きで寝てしまったときなど、ちょくちょく、その時のラーメンをすする夢を見るようになってしまいました。
−もう一生むりかな−
しばらく過去の幻影を追い求める日々が続いていた矢先、出会いは、あまりにも突然やってきました。その店の名は「上州一」。
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