JMM参戦記

 相次ぐ金融機関の倒産劇にアジアの金融危機、暗い世相に加えて、俺のコンピュータはハードディスクがブッ壊れてデータ真っ白けの腑抜け状態、なーんかずっしりと寒さが身に凍みる冬だ。こんなときはウジウジ考えてても仕方がない。思い切り体をいじめて、つまらんことは忘れてしまうのがいちばん。というわけで、七転八倒、泥まみれ汗まみれのトライアルごっこをブチかましてきた。

 ジャーナリスト・モーターサイクル・ミーティング、通称JMMという業界の親睦会みたいなものがある。なんか厳めしい名称だが、日夜、好きな二輪に跨って遊びのような仕事にいそしんでいる業界関係者が集まり、「もっと遊んじゃえ!」とまたさらにオートバイを楽しむ、なんとも能天気……もとい、とってもアットホームなイベントなのだ。
 11月半ばのある日、このバチあたりな面々が、紅葉燃え立つ道志の山奥に集結した。『スーパートレッカーズ』というこれまた本格的な名称がついているが、要は一山まるきり借り切って、オフロードバイクで泥遊びしようという企画だ。
 ずっと秋晴れが続いていたのに、前日は大雨、当日もときおり小雨のあいにくの天気となったが、必殺遊び人たちは、そんなことにはまるでめげないのである。
 集まった50数人のモノ好き……もとい、二輪好きの面々は、5人一組の11組に振り分けられた。このチームが互いを採点しあうトライアルスタイルで、セクションをまわる。
 セクションは、沢筋、樹林の中、河原、崖っぷちなど変化に富んだ11個所で、それぞれの場所に、TY-ZやBETAといったトライアルマシンや、セロー、SL230、スーパーシェルパといったいわゆるトレッキングバイク、それにEZ-9、XR100といった小型オフローダーが置いてある。
 参加者たちは、徒歩で移動して各セクション入り口に置いてあるマシンに跨って、セクションに挑戦するわけだ。採点方法は、トライアルに準じていて、足つき1回が減点1、2回が2、3回以上が3、そして、転倒やコースアウト、エンストが5という形だ。各セクションには、トライアル経験者向けの上級者コースとビギナーコースが用意されていて、そのどちらを通ってもいいことになっている。まっ、ルール云々といっても、そこはアバウトな業界だからして、走り出しちまえば、みんな点数なんかどうでもよくて、勝手放題のパフォーマンス大会なのダ!(註:そんなことはけっしてありません。これはきわめて真面目なイベントで、参加者も真面目な人たちばかりです。パフォーマンス大会と勘違いしてるのは、内田クンのようなごく一部の不届き者だけです=大会事務局福原)。 
 11セクションに11チームである。スタートセクションは、それぞれのチームナンバーに割り振られて、同時スタートとなる。で、時計周りにセクションを回ってきて、2ラウンドとする。俺が配されたのは第3チーム。よって、スタートは、第3セクションとなる。
 うれしいかな!? ここは、11セクションの中でもかなり難しい部類の沢登りセクションであった。
 ちなみに、俺のチームは、チームリーダーに業界唯一無二のトライアルジャーナリスト藤田秀二氏、トライアル専門誌のイラストレーター(映像業界が本職)の生野涼介氏、ベスパ乗りのモッズ青年(日経ホーム出版)の杉澤誠記氏、それから『どんどん』御用達カメラマンの盛長氏と俺のお邪魔虫コンビの五人だ。このうち、杉澤モッズ青年は土の上はまったく走ったことがないという、オフロードバージンである。
 セクションのある沢に下りる途中、俺は、濡れた斜面で足を滑らせて谷まで落ちた。ちなみに、俺はソールのまっ平らなモトクロスブーツを履いていたのだ。尾てい骨をしたたかに打って涙目状態の俺を、杉澤青年が助け起こしてくれた。彼は、俺に手を貸しながら、「こ、こんなところ、ほんとにオートバイで走れるんですか?」と絶句した。俺は、ケツを押さえ、痛みをこらえながら答えた。「ハッ、ハッハ、こんなのは、いろはのいの字だよ、キミ」。偉そうに言いながら、じつは俺トライアルの経験は皆無なのであった。

 

ついつい手が出る足が出る

 われわれのスタート地点となった第3セクションは、幅3mほどの沢筋を上るもので、大小の岩がゴロゴロしている。それが苔むした上濡れているので、つるつるソールのモトクロスブーツの俺は、オートバイ以前に、歩くことすらおぼつかない。杉澤モッズ青年に偉そうに言ったものの、なんかヤバい感じだ。
 まずは、ベテラン藤田氏がお手本を示す……はずだったのだが、ここで用意されていたセローはタイヤの空気圧も落としていない完全ノーマル車で、そのまま無造作に上級者コースの急斜面に突入し、スリップ、転倒、いきなりの減点5。ついでにセローのエンジンがかからなくなり、TY-Zにマシンチェンジとなった。
 続いて生野氏が、まるで水を得た魚のように、軽々と上級者コースをクリアする。
 杉澤モッズ青年が、ハーフキャップの渋谷系スタイルで果敢にチャレンジ。藤田氏の指導のもと、バタバタ足ながら、乗り切った。「初めてバンジージャンプやったときみたいにドキドキしました」と、興奮して語る杉澤モッズ青年。
 さらに、盛長カメラマンがTY-Zの薄っぺらいシートにドカンと腰を降ろしたままの不思議なライディングポジションで無難にクリア。
 いよいよ俺の番だ。「要はスタンディングで、足をつかずに行けばいいんだろ」と、いつものオフロードマシンのつもりで、アクセルをひねる。軽い車体にトルクフルなエンジン特性で、弾かれたようにスタートした。最近凝っているMTBのようなマシンだが、けっこう気持ちいい。後は、ゴールを見据えて一直線に走りこんだ。「どうだ! 最速タイムだ!」と、喜色満面でゴール。ところが、「内田さん、トライアルはバランスの競技なんですからね。もっとゆっくり、コース取りをよく考えながら走ってください」と、藤田氏にやんわりと叱られてしまった。そうなのだ、これは、ふつうのオフロードレースとは違うのだ。
 続いて、ヌタヌタの林間斜面、丸太の置かれたステアケース、ヒルクライム、濡れ落ち葉が堆積した滑りやすい河原など、特徴的なシチュエーションのセクションをまわっていく。
 杉澤青年は、「まるで違う種類のバンジージャンプを連続してやっていくみたいだ」と、楽しそうにチャレンジしていくうちにメキメキ上達していく。当初オチャメを見せてくれた藤田氏も、国際B級の腕を見せてくれる。ベテランの生野氏もそつなくこなしていく。いつでもマイペースの盛長カメラマンは、あいかわらずのシートドカ座りスタイルのまま、左右の足をヤジロベエのように使って、きわめて危なげながら少ない減点でクリアしていく。俺はというと、こんなところで恥じを晒すのははばかれるが、なんでもないコーナーで大回りしてコースアウトとか、ヒルクライムでバク転とか、崖っ縁でブザマなエンストとか、一人漫才状態である。
 よーいドン式の普通のレースだと、人より前に出るというのが唯一のテーマだから、みんな恥じも外聞もなく、目を三角にして走るものだが、トライアル形式のこのゲームは、自分がクリアできるかどうかがテーマなので、走り出すと、みんな哲学者のように自分の世界にはまってしまう。走りを見ただけで、そいつの性格が一目瞭然といった感じだ。きっと、俺も天の邪鬼丸出しなんだろうな……。
 といった感じで、ゴルフコンペのように、和気あいあいと、われわれ第3組は進んだのである。
 午前中に第一ラウンドが終了した。
 会場本部まで、坂道をあえぎながら登りつくと、RTLのスタンディングコンテストが待っていた。ベテランの藤田氏は、目隠しトライで3秒、生野氏、盛長氏、俺の三人は、20秒から2分というまあまあの記録。
 ここで俄然気を吐いたのは、杉澤青年だった。彼は、スタンディングの意味がわからんと首を振りながら、「ようするに、オートバイの上で立ったままじっとしてればいいんですよね」と、無心で跨った。んっ? この人バランスよさそうだぞ! と、見ていると、地面の一点を見つめたまま微動だにしない。1分、2分……ほう、なかなかやるじゃない。5分、10分……おいおい、どうなってんだ? そして、なんと彼は、プロでも辛いという20分の大台を越えてしまったのである。ライディングでは、オフロード歴20年の俺を半日で軽く凌駕した彼、スタンディングときたら、最初から神業の域である。俺は、おもわずすがりついた。「杉澤先生、この天の邪鬼の愚か者を弟子にしてやってください!」。
 その後の昼食の間、杉澤先生は、RTLのカタログを一心不乱に見入っておられた。んー、このイベントは、一人の天才をトライアル界に送り出すことになりそうだ。

 

顔面着地も減点5!?

 各セクションもそれなりに体力を使うが、それよりも、セクション間の移動のほうがきつい。モトクロスブーツは重くて歩きづらいし、その上滑るし、山の中を歩くほうが重労働だ。「なるほど、スーパートレッカーズって、このことだったのか」と、妙に納得してしまったりするわけである。
 それはともかく、紅葉に燃え立つ山の中を歩くのは、それはそれで気持ちがいい。運動したおかげで昼飯もうまかったし……。
 オートバイというと、すぐにオンロードだオフロードだ、アメリカンだツーリングだと、スタイルによって区分けして、それぞれの分野で村化してしまいやすい。それなりにこだわりを持つことはいいと思うけれど、「自分はオンロード派だからオフロードはいまいち」とか、その逆とか、あんまり型にはまりこまないほうがいいのではないだろうか。二輪でバランスを取りながら走るという基本は、すべて同じで、その楽しみが分かれば、どんなジャンルでも面白いと思えるはずなのだから。
 かく言う俺も、長い間オフロードに親しんできたが、トライアルという種目には、いままであまり触手が動かなかった。興味はあったのだけど、どうも、地味な種目という先入観があって(もちろんプロフェッショナルレベルは、とんでもなくアクティブなのは知っている。でも、ビギナーレベルとは雲泥の差がある)、積極的に挑戦してみようという気持ちがおこらなかった。
 だけど、実際にトライアルマシンに跨ってみると、その走破力にたちまち魅了された。今まで跨っていたエンデューロマシンでも、自然の懐のかなり奥まで行けると思っていたが、トライアルマシンを使えば、もっとずっと奥まで、手軽に入っていける。それに、もともとバランスが非常に良くて軽いマシンなので、よりアクティブなことに挑戦しようという気持ちが湧きあがってくることも知った。杉澤先生が目覚めたように、俺も、RTLやTY-Zが、俄然輝いて見えてきたのである。なんでも、じっさいにやってみなけりゃわからんもんだ。
 ほんとは、このイベントのように、いろいろなマシンを、それぞれに合ったシチュエーションで楽しめるコースが常設されていて、ユーザーが楽しめるようになっているといいんだよな。杉澤先生も、モッズスタイルでベスパに乗っているかぎりは、自分がトライアルの天才であるということに気づかずいたわけだし……。最近、無理してビッグバイクに跨っている人も多いけど、それも、実際にいろんなオートバイに触れる機会が多ければ、流行に惑わされずに、自分の適性に合ったマシンを的確に選ぶことができるはずなのだ。
 それはともかく、そんなシチュエーションで遊べる幸せなわれわれは、午後の部に突入していった。
 トライアルのコツのようなものもようやく身についてきて、じっくりとセクションを走れるようになってきた。しかし、悲しいことに、体力のほうがずっこけてきてしまった。せっかく、頭ではコースが読めるのに、スタンディングしている膝は笑うわ、クラッチ握っている手は痺れてくるわ、もう、考えることと体の動きはバラバラである。情けねえったらありゃしない。
 ラストは、樹林の中のヒルクライム&ダウンだった。
 ラインを考えて、俺は滑りやすい下りに突入した。半ばまで行って、ズリッとリアが滑った。思わず俺は、フロントブレーキに手をかける。当然のように、フロントもすべり、コントロールを失う。あれよあれよという間に、立ち木が迫る。気がつくと、マシンは木立の間に挟まり、俺は泥の中に顔面で着地していた。そのまま、採点簿をつけている藤田氏のもとまでズルズル。
 ブザマな格好で立ち上がりながら、俺は思わず聞いた。「あの、顔面ついたら、何点減点ですか?」。藤田氏は、採点簿に記入しながら、あっさり答えた。「5点です」。
 オートバイ歴20年にして、俺はまた新しい扉を開いちまった。まったく、二輪というやつは奥が深い。それにしても、二輪に出会えて、俺は幸せだったと思う。こうして、雨降りの山奥までやってくる酔狂たちとも仲間になれたし……。みんな、これからも、楽しいオートバイライフを続けて行こうゼ! さあて、俺は、不景気風を吹き飛ばす、活きのいい“ツーリングどんどん”ネタを仕込みに行くとするか。

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