98/09/22
横浜シルクホテル
先日、横浜の山下公園の側にあるシルクホテルを訪ねてきました。
かつてはニューグランドホテルと並んで、横浜を代表する老舗のホテルでしたが、ニュージャパンの火災後、消防法が改正されてホテルとしての業務を停止しました。
それから15年あまりも放置されていたものを、『人築夢街』という街興しの会社を経営されている杉原郁夫さんがみつけ、オーナーであるイギリスの会社を説得して、SOHO向けのオフィスとしてリニューアルしたのです。
「古い建物は、人の温もりを感じさせるんですよ」と、杉原さんが言われるように、最近の妙に明るい無機質なビルとはまったく違って、足を踏み入れるなり、ホッと安らぐ気がします。
ライアル・ワトソンやコリン・ウィルソンは、花崗岩にはその場で起こった事象を記録する『場』が存在するんじゃないかと言っていますが、天然石や天然木をふんだんに使ったこの建物の中にいると、長い歴史の中で刻まれた様々な人間の営みに包まれている気がしてきます。そういったものが、温もりにつながるのでしょう。
6階から10階部分がオフィススペースになっており、海側の部屋からは、ベイブリッジが眼前を拝めます。当日は、抜けるような秋の晴空で、蒼い海には幾筋もの船の航跡が引かれ、とても日本とは思えないロケーションでした。各フロアには、ゆったりした共用スペースがあって、ここからは、さらに横浜のMM21の白亜のビル群が望めます。他にも、インターネットの専用線が各部屋に引かれ、会議室やポストなども用意されていて、しかも、坪3000円〜6000円というリーズナブルなリース料で、SOHOには、まさに夢のような場所です。
ぼくなどは、ほんの少し余裕があれば、すぐにでも入居申し込みしてしまいそうなところでした。ところが、そんな恵まれた環境の中にあっても、けっこう軋轢があると聞きました。
「ここにくれば、仕事のコネクションを紹介してもらえそうだ」とか、「仕事のネットワークを含めて、ホスピタリティとして面倒みてくれると思ったから入居したのに」といった不満が出ているというのです。
杉原さんや、そのサポートをされている峯吉さんは、一生懸命、入居者同士の交流会や勉強会をアレンジしているのに、それにアクティヴに参加もせずに、不満をぶちまけている人がいたり、SOHOクラブという組織をそのために作っていて、その会費の使途に疑義をいだいたりしている人がいるとか。
杉原さんは、同じように、日本中で眠っている建物をSOHOやベンチャー事業者のためによみがえらせて、それを繋いだネットワークを作ろうと考えられています。彼は、諸々の人と人との繋がりを、単なるリンクから、それぞれがしっかり自分の価値観とスキルを持った人同士が協同で活動する『コラボレーション』という観念を強調されています。
ぼくがまだ青臭い二十代序盤の頃、浅田彰が思想界に華々しくデビューし、「構造と力」、「逃走論」で、不毛な連帯は止めて、個人個人が独立して自由に生きろとアジテーションしていました。既成の価値観に固定されることなく、常に疑いを持ってシフトしていくということは、古臭い言い方をすれば、「求道」と言えるかもしれません。でも、それは、ぼくには真理のように思えました。
アナーキズムというと、無定見な無政府主義や快楽至上主義、方法論でいえばラジカルなテロリズムなどと混同されますが、それは大きな間違いで、人が個として独立し、他人の自由を尊重し、他人と協調して住みよい世界の創造に向けて努力していくことだと思います。
人が生み出したシステムが、「人に奉仕するシステム」という本来の目的から転倒して「システムのために奉仕する人」となってしまったとしたら、人としての当然の権利として、そのシステムを廃止してかまわないと思います。
話しが、少し脱線してしまいましたが、杉原さんが言うコラボレーションとは、まさに、そういう独立した個人が違いを尊重しながら、よりよい社会を創造するという共通の目的に向かって、力を合わせることにほかならないと思います。
あなたの周囲に、ほったらかしになっているスペースはありませんか? もしあったら、そこをコラボレーションの拠点にしてみませんか?
――― uchida
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