00/08/08
不思議な出会い
先週はずっと昭文社『ツーリングマップル』の取材で、オートバイに乗っていました。
奥三河から恵那、御岳の麓を辿り、新穂高から有峰湖を経て立山へ。さらに富山に出て、日本海側を糸魚川まで走って、姫川沿いに松本へ。そして国道20号を辿って東京に戻るという1500kmあまりの行程でした。ずっと昼間の平均気温が25℃程度の高原地帯を巡っていたので、それをゆうに10℃は上回る東京はまさに灼熱地獄です(>_<)
今回の取材では、スズキの新しいオフロードマシンDR―Z400Sを足に使ったのですが、これははっきり言って長距離ツーリングには不向きでした。
モトクロッサーというかエンデューロレーサーに保安部品をとりあえずつけましたといったようなこのマシンは、シートは固いし、振動はかなりくるしで、尻は擦りむけ、手は、二日経った今もしびれたまんまで、感覚がありません。1500kmのうちの20kmばかりのオフロード走りは、じつに快適だったんですけどね(~_~;)
この夏は、取材で、中部地方を走り回っているのですが、旅をしていると、面白い発見や出会いがあります。
例えば、奥三河のあたりは、かなり侵食の進んだ丸みのある山並が連なり、土地は水が豊富で全体にしっとりしていて桂林のような趣きなのですが、北上していくにつれ、だんだん山が大きくダイナミックになっていって、乾いて、大地そのものが新しいことを実感させます。御岳の麓から乗鞍を横切って、新穂高のほうに向かうと、桂林からヨーロッパアルプスまでを巡ったような気分です。
出会いのほうでは、びっくりすることが一つありました。
奥三河の売木という小さな村の食堂で名物の五平餅を写真に撮っていると、そこで働いているおばさんに声を掛けられました。
「ツーリングマップルの取材で回っているんでしょ?」
「へっ?」
まさにその仕事をしている最中に媒体を名指しされて、目が点になりました。べつに最初に取材で来ていることを説明したわけでもないし、写真を撮るといっても、コンパクトカメラで記念写真を撮る風に写していただけなんです。
どういうことやらわからず、「はあ」なんて間抜けな返事をして固まっていると、「私の娘は、東京に住んでいるだけど、ツーリングマップルのモニターをやっているんですよ。オートバイに乗っていて、食べ物を写真に撮っているから、絶対にそうだと思ってね」とのこと。ツーリングマップルは、実走取材をポリシーにしていて、各版にはぼくのような担当取材者がいるのですが、それだけではとても細かい部分までをフォローすることはできません。そこで、読者からモニターを募って、有給で取材と情報提供をお願いしているのです。おばさんの娘さんは、関東版でその実走取材モニターをしているとのことでした。モニターの数はたしか全体で20人くらいだったと思います。それが、よりによって、ぼくが適当に入った食堂で、そのお母さんに出くわすとは...。こういうことがあるから、旅はやめられません。
村上龍『希望の国のエクソダス』、読み終わりました。ネットワークの可能性については、いろいろな人がいろいろなことを言ったり書いたりしていますが、この作品は、それをもっとも的確に表していると思います。
ネットワークは、「権威」、「集団」、「連帯」、「肩書き」、「年功序列」といった既成の価値をことごとく無化していきます。ネットワークは、純粋にアナーキーで、カオス的で、だからこそダイナミックで有機的です。そのことをネットワーカーたちは、体感的に知っています。
でも、それが今ある「古い社会」をどう変えていくのかを具体的に描いて見せたのは、ぼくが知る限り、この小説が初めてだと思います。そして、ネットワーク社会が行き着く先のユートピアの、どこか釈然としないキレイすぎる空気までを表現する村上龍という作家の才能に、おもわず頭が下がりました。
ネットワークは、すでに人間生活のあらゆる部分に浸透して、その基盤となっています。そして、これから先のデジタルネットワークの高度化が人間にもたらす恵みは計り知れないものがあります。
でも、一方で、デジタルデバイドというか、デジタルに対する認識の違いが、人間を新たなクラスに分けてしまうことも避けられないでしょう。デジタルネットワークをツールとして使いこなせる「持てる者」。デジタルネットワークの意味すらつかめず、今までそうであったように、ひたすら待ち続けていれば誰かが手を差し伸べてくれると盲信にしがみついているうちに何もかもなくしてしまう「持たざる者」。「持てる者」と「持たざる者」の格差は、途方もないものになるでしょう。
でも、それは必要なことなのかもしれません。「盛者必衰」もこれまた真理で、「持てる者」の栄華も、その先の世界では続くはずもないのですから。ぼくは、単純に、今まで逼塞していた(村上流に言うなら「閉塞していた」)歴史が、動き始めたことを評価します。そして、どうせなら、動き始めた歴史の波に乗って、何か面白いことをしていきたいと思っています。
――― uchida
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