今回とおったコースは次のようである。
詳細な記述は次のようである。
朝5時に元住吉発渋谷行きの普通電車に乗る。
渋谷で乗り換え、外回り内回りのどちらが上野に早く着くか 迷ったけれども同時にきており、時間にも若干の 余裕があったのでどちらでもよかったが、外回り新宿方面いき にのった。
上野には15分ぐらいの余裕で間に合った。宇都宮行きに乗り込んだが あまりにも眠かったので、座った座席でいかに気持ちよく寝る体勢に できるかのみに頭を使ってすごした。
小山で下車して、同じホームに入っていた高崎発黒磯行きに 乗り換えた。こちらの列車はドア開閉スイッチが機能する 状態になっていた。いかにも寒そうである。 社内はほとんどロングシートで、一部だけクロスシートであった。
黒磯着。新幹線はすぐそばをとおっているが駅はない。 易者は新幹線のガード下である。ここでてんぷらそば340円を食った。 めんは少し太めである。汁はしょうゆ、なかなかうまかった。 これが朝飯になった。食った後すでに駅に入っていた 郡山行きに乗り込む。結構騒がしい客に遭遇:
郡山から、藤田ゆきに乗る。下の急行に使われていた ようなタイプの列車に乗る。デッキ付近がロングシートに 改造してあった。ひさびさにクロスシートに座ることになる。
福島に到着する。ここから米沢までは別に切符を買って
特急に乗ることにする。いわゆる山形新幹線である。
この部分は山間部であって途中に止まる普通列車は
昼間にはほとんど設定されていないのである。
もちろんあるにはあるが、3時間まちという脱力感漂う様相を
呈してたのでやむなくこの区間だけは特急で抜けることにした。
つばさ号ののり口は新幹線ホームである。そこから奥羽本線に
降りていく。列車は30分強の間無停車であった。
静かに進むその様子はさすが特急であると
思ったが、これが新幹線かと思うとやはりちょっと違う感触である。
やたらゆっくりでやたら曲がるというのは新幹線のイメージからは
ずいぶんちがうものであるからだ。
しかしここの景色はよい。山間を走っているから普段見られない
景色が堪能できたのである。周りの山はすでに雪景色をしていて
ここからは雪国に入ったのだ、ということを実感する。
| つばさは遠くで見ているとさまになる列車である。 近くで見ると結構べこべこになっているという印象だ。 そのせいかつばさの最新車両は他の路線の新幹線のような 形になってしまっている。 |
米沢で普通列車に乗り換える。このあたりではワンマン車がはばを きかせている。列車の車両の種類もほとんど同じではないか。 そういう車両の車内は決まってロングシートである。 米沢からはその電車に乗って山形入り。
山形では少し遅めの昼食をとった。 駅前にあった「だるまやラーメン」というところである。 山形はおそらく新幹線が開業して駅が改装されたのだろう。 その一環としてできた駅前ビルに入居しているラーメン屋である。 そこでみそとんこつをくった。あまりこってりしすぎず、 丁度よい味付けであった。630円である。 駅の周りも結構整備されていた。 山形駅の駅ビルの店をうろうろしてみたが 特に女性に注目してみると、やはり大阪・東京でみる女性とは 違った傾向があるような気がする。以前に松山に行ったときに もそういうイメージを抱いたのだが、やはり土地によって顔立ち は変わってくるのだろうか。
山形から新庄いきに乗車する。 周りは雪化粧が色濃くなってきて、ドアの隙間から入ってくる 風はずいぶん冷たくなってきた。 新庄に到着してそこで30分ほど次の列車への待ち合わせが生じたが その寒さはなかなかのものである。川崎近辺で感じている冬が やはり暖かすぎることを教えてくれるほどの寒さであった。 もちろん、雪は降っていないのでここにしたら暖かい方なのかもしれない・・。 この辺で見かけた、バーゲンの広告であるが、 携帯電話の画面でやたら感度を表す棒が多いものがあった。 20本ぐらいたっているのである。そりゃ、立ちすぎやであんた。 と突っ込みたくなるほどのものである。これはいったいどこの CMだろうか・・と思っていたら翌日に明らかになった。
新庄から秋田いきに乗車。ここで忘れないように覚書を しておいた。しかし、このことを家に帰り際にすることは 結局忘れてしまったのである。 いや、唯一守られていたことがある。 天下一品に行程の最後に、ということであろう。 秋田での乗り換えの待ち合わせが4分しかないのが 少々気がかりであった。ちょっとでも遅れたら乗り換えられない ではないか・・。しかも、雪国やし。。しかし乗りかかった船ゆえに 降りるわけにはいかない。
秋田に到着してみると、ホームに次に乗り換えるべき快速が とまっていた。間に合ったのである。 乗り込んでみると席は満席のようにも見えた。しかしよくみれば、 人間がすべて席を占有しているわけではないことがわかる。 荷物が占拠しているのである。 いずれも10代の女性たちの仕業である。休日ゆえに遠出して 楽しいお買い物をしたのかもしれない。一人ではなく何人か 徒党を組んで座っている様子であった。やたらと買ったものを自分の 横に置きたがる、というのはわからないでもないが、 目の前に人がたっているのにそれをどけようとしない というのが、さすが、・・というしかない。普段は電車というものに 乗らないのだろうか。あるいは、休日で買い物をして舞い上がって いたのだろうか。ともかくもう少しマナーは向上してほしい ものである。小物が入った袋を3つも重ねておいていた彼女。 無印良品の商品をまるで人がすわるかのように置いていた彼女。 次の乗車の時からは周りの様子を見て自主的に席を空けるようにして もらいたいもんである。 列車は、東能代からワンマンカーになった。つまり利用者が減っていくの である。このあたりの線路は実にまっすぐなところがおおい。 2両目に乗って後ろの景色を見ていたのだが、遠くの赤信号が ずっと見えつづけているのである。なかなか気持ちよい風景だ。
大館発20分ほどで弘前行きの発車である。ここは当然電車の 走らせられる区間にもかかわらずディーゼルカーが使われていた。 乗ってみるとわかるがやはり電車との違いが歴然とする。 そのスピード感である。加速も遅いし、最高速度もゆっくりだ。電車 導入がいかにスピードアップするかがよくわかることであった。 窓から漏れる電灯の明かりでわかる回りの景色は 雪また雪である。天気がよかったせいで雪は降っていなかったが 積もっていた雪がしっかり残っているのはさすがと思った。 こう冬を見せ付けられると車内にある「沖縄」の広告も映えてくるものである。
弘前からは、3両編成の電車に乗り換える。 いままでのディーゼルよりはずいぶん快調に飛ばして気がつくと 新青森に到着した。ここは想像以上にむちゃくちゃ小さな駅である。 しかし、もし東北新幹線が延長されたらここに青森の停車駅 を作るとの予定である。 今夜止まるあおもり健康ランドはホームから階段を渡って、 すぐの道を北へずんずんと進んで(10から20分) 国道にぶつかったところで右手にあるはずである。 実はいきしには、あるいていてもっともめだつネオンサインを その健康ランドのものと勘違いして(湯煙が出ていたので・・) 言ってみるとそれはパチンコ屋であった、という落ちに なってしまった。実は本当の位置からは国道沿いに東に 行き過ぎている位置に出てきてしまったのである。 ただ健康ランドはその国道沿いにあることはわかっていたので 慌てず騒がすその国道を西方向に歩いていった。 入ってみると、少し風呂の部分は物足りないような気がした。 いつか感じた感覚である。実家の近所の「あま湯ハウス」か・・。 とおもったら、ここの健康ランドと提携をしている旨のことを 書いていたような気がする。仮眠場所は十分にあった。 もともと仮眠用に作られていた場所に加えて、和室宴会場も 仮眠室として開放されていてずいぶん余裕があった。 健康ランドの仮眠室でメールチェックをするつもりで、 PHSを使ったのであるが、ちゃんと使うことができた。すばらしい。 また、ふと目がさめて 時間を確かめたのだが、バックライトのない時計はつらい。 ミニ懐中電灯などを用意しておくべきであった。 翌朝の予定は新青森発7:31の青森いきに乗ることであったが、 健康ランドから新青森まで戻るのにどれぐらいの時間がかかるか 昨日は遠回りをしてしまったので、昨日ほどは時間がかからない とは思ったが、近道も歩くのがはじめてであるので 迷ってしまわないとも限らない。ということで30分は余裕を持って 出発することにした。朝風呂をはいっていこうという野望は、 清掃時間が6:30までであったので入っている余裕がなかった のはちょっと残念である。清掃時間をもっと遅くしてもらうか、 あるいは、もうちょっとはやくしてもらえるとうれしいが、 動かしたら動かしたである需要に反することになるんでしょうなぁ。 健康ランドを出たのは7時ちょっと前であった。 そこから目の前の国道を渡って日本石油のガススタンドの横の道を 入っていって綿引商店の横をとおって道なりにまっすぐ歩いていく。 すると7時12,13分についてしまった。 (細かいこと、駅の陸橋には、「どらごん」の文字が。 運賃表に余白にスマイル:0円の落書き) 朝の青森は雨である。 降水したのだが気温が高いのである。新青森の駅の待ち合わせ場所では、 10分前までの2人だったのに、5分前には20人ぐらいの 客である。高校生ぐらいの人たちが多い。 しかも制服が多いので、補修か何かだろうか。
青森へは5分ほどで到着。10分待ち合わせで八戸行きに 接続する。もう少し余裕があるといろいろ買い物もできたのであるが、 朝早いからそれも期待できないかも知れない。 ドアはあけるのも閉めるのもボタンひとつでできるから らくである。昔のように思いとを手でひく必要もない。 ただ、注意を喚起する為の「ピンポン」という音が繰り返される のが開けたり閉めたりするたびに起こるのでなかなか大変である。 しかしなぜか女性率が非常に高い。 ゆえにその喋り声も一段ときわまる。この大部分は「やまだえ」で おりた。ここに学校があるだろう。 この駅も含めてやたら 停車時間がある場合があるがどういうことだろうか。 人の乗降時間を意識してのことだろうかと想像する。 この先の浅虫温泉ではさらに人が降りてすっかり人が少なくなってしまった。 その先で海が見えてきた。波も立っていないおだやかな海である。 車両の前方にはいかにもという人が前方の風景に興じていた。 そういえばこの車両(701系)のトイレは洋式であった。 少しずつかわっておるんですな。 野辺地の前後はもう人里はなれた世界に見受けられて、 実際PHSの受信もまったくなく見事に圏外表示を誇っている。 この列車は4両編成であった。
八戸で10分待ち合わせにて盛岡ゆきに乗り換えた。 この時間に足元を暖められると気持ちよくなって気持ちよくて寝てしまうの である。車両は2両編成であった。やはりあまりお客はいないと 見込まれているのだろうか。 八戸を越えるとすっかり雪がなりを潜めた。 やはり太平洋側は違うんですな、と思っていると 少し少し内陸に入ったところでまた雪化粧に覆われてくる。 東北の景色はなかなか複雑ですな。 そう思っている間に足元の暖かさがちょうどよくなってきて 気持ちよい眠気を誘い、それに任せて寝入っていると 知らぬ間に室内はいっぱいになっていた。 空いていた隣もおばちゃんが座っており、目の前の 娘と話している。しかし、それを気にするよりは眠気が 勝っていたのでそれにかかわらず終点まで寝入る。
到着したホームに、食ってくれといわんばかりに立ち食いそばが あったので食った。「てんぷらそば」を頼んだが 「まいたけてんぷら」を勧められたのでそれに変えた。 値段が10円アップして380円になったが、 なかなかうまかったのでよかった。つゆもさくっとのめるのど越しの よいものがあった。 食っている途中に気がつけば八戸から乗ってきていた 安東北旅行(って僕もだが)に興じるおばちゃんがそばを注文している。 自分が食べ終わってトイレにいって再び同じホームに 帰ってきたとき、先ほどのおばちゃんが、蕎麦屋で買ったと思われる 握り飯の米粒をはとにやっている。貪欲なはとはあれよあれよという間に 米粒を食っていく。しかしはとの上を行くのがすずめである。 たまにでてくる米粒のでかい塊をはとたちがもてあましている時に さっととんできて奪っていくのである。 そのうわまえをとってしまおうとする、風変わりな鳥もいたが すずめはそこまであまくなく、結局その鳥は飯粒を食うことは なかった。 そこまでのドラマを楽しんでおいてこういうのもなんだが、 対岸のホームの売店に「はとにえさをやらないでください」との 貼りがみがあったのであった・・。 走行しているうちに次に乗るべき一ノ関いきワンマンカーが入ってきた。 盛岡周辺にはすでに冬景色はない。もう冬景色は山の上の方だけだろう。 一ノ関までは一直線である。もちろんこれは比ゆ的な表現で・・ という間にそのまま睡眠してしまった。起きてみると混み方は 変わっていなかったが隣の人が変わっていた。
一ノ関で乗換え。4分しかないので何かを買うひまはなかった。 ちなみにこの列車は「小牛田」いき であるが、この読み方がわからなかった。 ほうそうによると「こごた」と読むらしい。そういえばいき方の 乗換えメモを作る時も一文字ずつ変換していたのだった。 牛の字は午の字と同じ読み方をさせるのだろうか。 車内では内陸側、つまり山側が見える方向に座っていたのだが 雲に日があたる部分と陰になる部分ができていて なかなか壮観な眺めであった。気持ちいいものである。 さえぎるものが少ないところははっとさせらることがある。 岩手から宮城にかけて女性の傾向も秋田の辺とまた違うから不思議である。 裏日本表日本の微妙な違いがあるのだろうか。 ふと目に入った車両の後部の出入り口にたたずんでいる男性を みていると、どこかでみたことのあるような気がしたが、 それは友人Mに似ていたのだ。こんなことをかいても喜ぶのは 自分だけではあるが、何か妙にうれしい。 山形・秋田も米どころであるが宮城もなかなかである。 夏にくると一面あおあおとした田んぼが拝めるに違いない。 伊豆沼・内沼という沼が「新田」の近くにあった。休日にふらふら いきたいようなところである。 たまに一旦発車したあとにすぐに停止することがあるが あれはいったいなんなんだろうか。運転の未熟さをあらわしているの ならばちょっといややなぁ。 PHSの電波は南下していけば行くほど入りがよくなっていく。 田んぼが多いとはいえ人家も増えてきたという証拠であろうか。 と思えば、そういうところにある駅である田尻というところでは 圏外であった。ようわかりませんなぁ。 この駅も含めて駅の3線あったところの真中の線路が 敗戦になっているところがあちこちに見られる。 もう追い抜く列車もなくなってローカル化したということだろうか。 気がつけば列車は小牛田に。また乗換えで席替えである。 この時点で持ってきたお茶がなくなった。よく持ったものだ。 しかし、この手のお茶を長くもたせているのはやばい気がする。 飲むたびに唾液の一部が飲み物に混ざっていくはずだから その際に菌がそうとうにお茶の方に入っていくだろうからである。 時間がたてば増殖していくに違いないのである。 同じような形で天然水を飲んでいて、何も言わず便所に 吐きに行った友人を知っている。
小牛田から白石行きにのりかえた。列車の車両が4両になったので ずいぶん席に余裕があるはずだが、クロスシートになったので、 空いている席にかかわらず、あまり余裕があるようには見えないのが 不思議である。ふとドアのところに目をやるとドアの指詰注意を喚起する イラストがなかなかないすである。 指をドアに詰めてしまって、まず、眉毛と目の線が合体した上に 鼻を吸収してしまい、痛いと叫ぶ口と接続してしまっているのだ。 こりゃいたそうだ。
仙台の滞在時間は比較的長い50分ほどであったが、 それでも50分しかない。下調べをわすれていた「こむらさき」での ラーメン食いはかなわなかった。 ジュンク堂があったのそこで本を買っていたら昼の腹ごしらえをする ひまがなくなってしまった。 仕方がないので車内に持ち込める形の飯を買おうと、 駅ビルの地下の食料品街に向かう。 ここの名前はS-PALというが、これは山形で見たバーゲンの広告の 開催場所である。つまり山形で仙台の店のCMをしていた ということであった。結構結びつきが強いのである。 そこにあった回転寿司屋ですしのセットを購入して、 いわき行きの列車で食うことにした。 しかしすしにもかかわらず、しょうゆが見当たらない。 どうなってるんや〜とおもいつつも、発車までに食いたかった のでぱくぱく食ってしまった。 食い終わった後はと見るとしょうゆを発見した。 世の中そういうものであろう・・か。 めしのがらを駅のごみ箱に捨ててから席に戻る。 そうするとすっかり眠たくなってしまうのは人間の生理というものであろう。 深い眠りについてしまった。 目覚めてみれば、妙に陽気な学生がいすの向こうにいた。 顔が真っ赤なので飲んでいたのだろうか。 つつがなく続く普通列車のたびである。 いわきで上野いきの乗り換え、3分の接続であるから また物を買う間がなかった。あと3時間もあるのでものを買う間がなかった のである。行く前に用意した梅のど飴が大活躍である。 外を見てみると残念ながら夜ゆえに景色が見えない。 これは本当に損した気分だ。よるは街中を走ってくれる方が 楽しい。 仕方がないので仙台で購入した本に没頭する。 そうしているまに水戸を越え、土浦を越えると もう首都圏近郊という感じがする。取手・我孫子をこえると もう通勤電車のはしる世界である。気がつくと柏も越え、 上野までの駅数も片手ぐらいになってきた。 去年の年始はこの線路を逆に走っていったのであることをふと 思い出した。隣のボックスシートを見れば見知らぬ人同士 2人仲良く足を伸ばしている。 実は僕も途中まではそうしたのであるが、かえって疲れてきたので やめてしまった。隣の一人の足伸ばしは僕に触発されたのだと 思われる。松戸でようやく同じボックスに人が座ってきた。 前の列車以来というものだろうか。 普通ならばいやかもしれないが、妙にうれしい、ひと恋しかったのだろうか。 そういえば、いき際に山手線で見たびゅうリップを久々に見た。 行き際のほうはTVでやっていたときにはあの声がイメージ合わないという CMの音がないバージョンであったが、今回はもちろん静止画である。 ドアのところに外側からはっているシールタイプのものであった。 そういえば東北の駅にも旅行センター「びゆう」はあったが びゅうリップはなぜか見かけなかった。首都圏限定のキャラクターなの だろうか。
上野からは山手線で東京へ。 東京から東海道線で川崎である。 なぜ川崎に出たのかといえば、言わずと知れた「天下一品」である。 夜飯をまともに食っていなかった腹には、なかなか丁度よい。 腹具合にあわせて並みのこってりを食った。 入った店では他の単品のみを頼んでラーメンを食べない人や、 グループ全員があっさりスープのラーメンを食べるというシーンに 出会ったりしたが、これは連休の最後の日の晩という特殊事情が なせる技なのだろうか。 後は南武線に乗ってかえるのみである。