〜 オ ペ ラ 鑑 賞 記 〜

深沢啓二

 モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.527(原語上演)
   2002年1月26日(土) アルカイックホール(尼崎市)
   ドン・ジョヴァンニ:井原秀人
   レポレッロ:雁木悟
   騎士長:木川田澄
   ドン・オッターヴィオ:笠井幹夫
   ドンナ・エルヴィラ:浜田理恵 
   ドンナ・アンナ:老田裕子 
   ツェルリーナ:吉田早夜華
   マゼット:河野正人
   指揮/フォルテピアノ:阪哲朗
   管弦楽:関西フィルハーモニー管弦楽団
   合唱:ニュー・オペラシアター神戸合唱団
   演出:岩田達宗
   総監督:平野忠彦

 (感想)
 客席が暗くなり、幕前下のオケピットが明るくなった。場内が静まり返り、ピリッとした緊張感が漲っている。しばらくの間を置いて、いよいよ指揮者=阪さんの登場である。
 この序曲の冒頭は、あの映画「アマデウス」の冒頭で使われ、有名になった。実に印象的な、そして無気味な響きである。ただ、映画での演奏(そして、おおよそ一般的にも)では、その音をやや長めに引き延ばして大袈裟(?)にその無気味さを表現したのに対して、今回の演奏では何かぶっきらぼうとも言えるほどにあっけなく短く奏したのだった。でも、それでも十分に無気味に響いた。なぜ?・・・・、そしてしばらくしてその理由が判ってきた。阪さんは、オケに対して徹底的な古楽(ノン・ヴィブラート)奏法をさせていたのだった。そしてオペラの最後まで、このスタイルを貫いていた。結局、このやり方により大仰で余分な響きを排したのだろう。そして却ってそれにより、モーツァルトの皮肉のこもった不敵な高笑いがリアルに聞こえてくる感じを抱いたというのが正直な実感であった。全体的な感想を先に言ってしまえば、阪さんの音楽運び自体、テンポ感の良さと相まって作品全体を引き締めていたのだと思う。そして、各々の歌手の歌も演技も素晴らしいものでした。オペラの演技者が若々しいのは本当に気持ちが良いですね(そうではない事が多すぎる!)。

 このオペラは、若き放蕩三昧の貴族で特に好色にかけて、その右に出る者など皆無であろう男=ドン・ジョヴァンニと、その従者=レポレッロの二人を中心に、それに関わる人物男女数組の懐疑・嫉妬・憤懣・憎悪、そして怨念・復讐、はたまた悔悟を迫る正義とそれを拒否する悪との対比、ついには地獄落ちなど、男と女の間のまさにドロドロした感情(欲望など)が交錯した人間ドラマがこの2時間半の中に凝縮されています。
 
 あらすじを書いている余裕がないので、興味のある方は関連の文献等を参考にしていただきたいと思います。 この後は、私にとっての印象的な場面を書いてみましょう。
 
 さあ、幕が上がり[第一幕]だ。レポレッロのつぶやきが始まった〜。
 初っぱなのレポレッロのつぶやきに続き、ドン・ジョヴァンニが騎士長の娘ドンナ・アンナ邸に忍び込み、彼女を口説き落とそうとするが珍しく失敗して追われるように飛び出してくる。そして騒ぎを聞きつけた父親である騎士長と剣の果たし合いをする事となる。この決闘で騎士長の命が奪われ、そしてその事が後々の大クライマックスへ発展する大切な布石となるのだ。この場面、通常の演出では(私が知る限り)、わずかの間刃を交えた後は、騎士長が一方的に殺られてしまうのがほとんどだ。ところが今回の場合、形勢としてはまったくの反対であった。騎士長がドン・ジョヴァンニの右腕を切りつけ、傷を負わせる。剣を落とし、戦意喪失のドン・ジョヴァンニにとどめの一太刀を振るおうとした瞬間、ドン・ジョヴァンニの侍従たちに後ろから斬殺されたのである。寸でのところで助かったドン・ジョヴァンニだったが、右腕に受けたその刀傷が大クライマックスでの心理描写にとても大きな効果をもたらす事となるのである。
 この辺りから父親を殺されたドンナ・アンナとその許婚=ドン・オッターヴィオ、そしてドン・ジョヴァンニのかつての恋人=ドンナ・エルヴィラ(彼女は、今もドン・ジョヴァンニの事を忘れられないのです)達の復讐劇が始まる。

 ドン・ジョヴァンニはそれからも何んと、村の若者達が集まっている結婚式の宴に突然割り込み、それもその花嫁=ツェルリーナを誘惑してしまう(スッゴイものですねえ、こんな超強引なのって現実にもあるのかなあ・・・・?????????)。
さらに凄いのは自らの宮廷饗宴にまで誘い、まんまと成功させてしまう・・・・(ただ結局は、ドンナ・エルヴィラの横やりでオジャンとなるのだが)。そして舞台には、小編成のサロンオーケストラが登場し、舞曲を楽しく演奏していた。(その間、オケピットでは音を出さずに指揮者が舞台上のサロンオーケストラに向かってタクトを振っていたのですが、これがなかなか良い雰囲気を醸し出していました。)
 
 いろいろ書くと際限がないので、サッサと[第二幕]へ。
 無理やり、自分に変装させたレポレッロにドンナ・エルヴィラの相手をさせておき、当のドン・ジョヴァンニは、ドンナ・エルヴィラ邸の女中(オペラの中で、この時だけ一瞬チラッと姿が見えるだけ)に向かって有名な歌を歌う(これが「ドン・ジョヴァンニのセレナーデ」です)。阪さんは、ここでホントにアマ〜くアマ〜く、今にもトロけてしまいそうなほどに切なくメロディを揺らしたのだった(ドン・ジョヴァンニ役の井原さんもそれこそ全身全霊を込めて、トロトロな気分のセレナーデを歌っていましたね)。

〜先をハショります〜
 場面は、薄暗い墓地。ドン・ジョヴァンニとレポレッロは、いつものように女性についての冗談混じりの会話をしている。と、突然に重々しく響く声が聞こえる。それは、あの騎士長の石像であった(白いタキシード姿に白いマントでした)。「そんな馬鹿な・・・」、震えおののくレポレッロと相変わらず平然を装うドン・ジョヴァンニ。恐れを知らぬかのようなドン・ジョヴァンニは石像に向かって「今夜の
晩さんに招待しよう。」と声をかけると大きくうなずくのだった。さすがのドン・ジョヴァンニにもその無気味さは伝わっていた。
 
 その夜の晩さんの場面に移ろう(早すぎる?御勘弁を願います)。またまたサロンオーケストラが・・・(実に楽しいのです・・・・)。際限なく、呑み喰いに興じるドン・ジョヴァンニ。ドンナ・エルヴィラが駆け込んできて、彼に改心を迫るのだが冷たくあしらわれる。
諦め、帰ろうとしてその出口で出くわしたものは・・・・、そして主人から「見てこい!」と言われたレポレッロが、やはりそこで見たものは・・・・、さらにドン・ジョヴァンニも見、ついに仰天したものは・・・・舞台奥が照明に照らし出され・・・・、左右対称で遠近法を駆使した大広間(廊下か?)が映し出された。その扇形の要(中央奥)にあの白いタキシードとマントの男の姿が現れたのだった(とても印象的です)。
 さて、ここで最初の場面に受けた傷がものをいった。石像姿の亡霊が「ドン・ジョヴァンニ・・・・・」とあの声で喋ったとたんにド
ン・ジョヴァンニの顔がまるで阿修羅の如き形相となり、腕の傷に巻いてあった包帯をむしり取り始めた(驚きと怒りの入り交じった演技がとてもリアルでした)。騎士長の亡霊が「約束どおりにやってきた。その返礼に自分のところにも招待するから来ないか!」と迫り、「よし、行こう!」と答えるドン・ジョヴァンニに「それがウソではないと言うのならば、その証に私の手を握ってみろ!」と言った。それは、とても強く冷たい手であった。
 騎士長は、ドン・ジョヴァンニに(今まで行なってきた数々の悪事について)数回に亘って悔悟を迫ったが、受け入れられず、ついに地獄送りを決意したのだった。舞台中央に何か訳の判らない不思議な横断幕を張り巡らし、舞台裏からそれに微妙な風を送り、それを波のように(炎に見立てたのだと思います)揺らし、騎士長がその横断幕をドン・ジョヴァンニの体に巻き付け、羽交い締めの格好で舞台中央のセリと共に舞台下に落ちていった。
 とにかく、おもしろかったのです。
 オペラは楽しい!

深沢さんの了承を得て掲載いたしました。(管理人)