アイスランド語の特徴 ―発音・文法・語彙―
 

発音=やさしい

 まず文字の読み方ですが、英語とは違って規則的、つまりローマ字と同じで綴りを見たらその発音はわかります。ただしローマ字よりは読み方の規則がかなり複雑で、文字ひとつの読み方だけでなく、いろいろ組み合わさった場合についても別の読み方を覚えなくてはなりません。
 例えば「g」の発音ですが、gamanでは「ガ」、getaでは「ギェ(「ゲ」ではない)」、segjaでは「イ」、sagtではドイツ語のchのような「ハ」、fljúgaでは読まない、となりますが、これはいずれもアイスランド語としては規則的な読み方です。
 日本人にとって聞き取りや発音が難しい音には、英語にもないような音がいくつかあります。
 母音の種類の少ない母語で育ってしまった者の宿命ですが、日本人は(少なくとも僕は)微妙な母音の違いを習得するのがまったく苦手です。アイスランド語にも「イ」にしか聞こえない「í, ý」と「i, y」の区別があります(「í」と「 ý」、「i」と「 y」はそれぞれ同じ音で、前ふたつの方が口の開きが狭い)。ただしこの違いは無視しても、日本語でイとエを混同するほどちんぷんかんにはなりません(「いがおでええねけた」=「笑顔で家に来た」)。
 「m, n, l, r」に有声・無声の区別があるのも独特です。日本語や英語ではもちろんこれらの音は有声ですが、アイスランド語では次に無声音が来ると「m, n, l, r」も無声音になります。ということなんですが、やはりもともと母音性の高い「m, n, l, r」を文字通り無声化したら何も聞こえません。実際には声帯が振動しない代わりに、鼻や口を通る息の音が聞こえてきます。ただしこの「m, n, l, r」も、無声化は気にしないで有声音に読んでも実用上差し支えありません。

まとめ

 文字の読み方は規則的だがその規則はローマ字より複雑で、日本人に難しい発音もあるが初歩の段階ではそれほど気にしなくてよい。
 

文法=ふつう (ただし他のゲルマン語と比べると難しい)

 アイスランド語というと、まず文法の複雑さ、特に語形変化の多さが話題になります。動詞や名詞や形容詞や代名詞、全てにわたって英語とは比べものにならないくらい変化があって、footの複数形feetやtake - took - takenに相当する変化なんてアイスランド語では特に不規則ではないと知って愕然とするものです。
 例えばfootにあたるアイスランド語fóturには複数形も含めるとfótur, fóts, fæti, fót, fætur, fóta, fótumの7形がありますし、takeにあたるtakaは現在形でtek, tekur, tökum, takið, taka、過去形でtók, tókst, tókum, tókuð, tókuのそれぞれ5形があり、過去分詞のtekinnも受動態では主語に合わせて他にtekin, tekið, teknir, teknarという形にもなります。ちなみにこの英語のtakeという動詞は1000年くらい前に当時の北欧語、つまり昔のアイスランド語から外来語として採り入れられたものです。
 形容詞も変化の多さでは引けをとりません。英語のflatにあたる形容詞flaturはflats, flötum, flatan, flöt, flatrar, flatri, flata, flatt, flötu, flatir, flatra, flatar, flatiの全部で14形があります(比較級や最上級ではありません)。
 以上の例は全てアイスランド語では標準の語形変化で、わざと変化形の多い単語の例を挙げたわけではありません。
 でもよく考えてみると、このアイスランド語の語形変化の多さは、英語やドイツ語やフランス語などの割とよく知られているヨーロッパの言語に比べて多いだけの話です。アイスランド語は格は4つですが、同じヨーロッパの言語でもロシア語では6つ、しかもアクセントの移動は複雑を極めます。動詞の変化も、世界には話し手か聞き手か第三者かという区別以外に、さらに男か女かを区別する言語はたくさんあります。それにアイスランド語の動詞には日本語の敬語表現のような微妙な使い分けの必要な語尾は付きません。
 このように世界中のいろいろな言語を考えてみると、語形変化の複雑さを除けば、むしろアイスランド語は英語と共通点も多く(もともと同系言語なので当たり前ですが)学びやすいと思います。
 フランス語には過去形が2種類ありますが、アイスランド語には英語と同じく1種類しかありません。ドイツ語には現在進行形がありませんが、アイスランド語では英語と同じように現在形と現在進行形を使い分けます。動詞の過去分詞から完了形や受動態を作る点も英語と同じです。

まとめ

 英語やドイツ語などの同系言語と比べると語形変化が複雑で大変だが、同系言語と切り離してひとつの外国語として考えれば、英語と共通点の多い学びやすい言語といえる。
 

語彙=ふつう (ただし他のゲルマン語既習者も初心にかえる覚悟が必要)

 個人的な体験ですが、僕は英語・ドイツ語・デンマーク語のあとにアイスランド語を始めましたが、アイスランド語にはテレビ・コンピューターなどの「国際語」がなくて苦労しました。テレビはsjónvarp、コンピューターはtölvaというんですが、要するにアイスランド語はこの情報化時代にあっても最新の事物に自前の単語を作り出しているのです。
 ところでsjónは動詞sé「見る」から派生した名詞、varpも同じく動詞verpa「投げる」から派生した名詞、tölvaは別の名詞tala「数字」から母音を変えて派生させた名詞なので、画像を投影するもの・数字を扱うもの、という実は納得のいく作りで、覚えにくい外来語を増やす日本語(「コミニュケーションだったかなコミュニケーションだったかな」)よりもアイスランド語は正しい道を行っていると言えるかも知れません。
 とはいえ、これまたいつの間にか英語を基準にしている考え方で、日本語にも英語からの外来語が氾濫していますが、世界の言語ではアイスランド語のように、新しい事物に自前の名前を付ける方が普通ではないでしょうか。以前中国語のWindowsを見る機会がありましたが、いろいろなコマンドやアイコンが、全てなるほどと思わせるような漢字に置き換えられていて感心しました。
 そのように考え直してみると、前項の文法の場合と同じことが言えます。つまり、英語を基準にしてしまうと、日本語でも英語もどきの単語で言っていることが全然違う単語になっていて取っつきにくいでしょうが、まったく同系でない、例えばこれからアラビア語をやるとか、タイ語をやるという時の単語暗記の労力に比べたら、アイスランド語の単語の多くは、同系言語である英語によく似た形をした対応物があって覚えやすい、ということです。
 ただしひとつ注意したいことは、他の同系ゲルマン語にも対応物がある基礎単語が、アイスランド語でだけ独特な使われ方もすることが多い、ということです。たとえば、語源で対応させると英語のgo from ~にあたるganga frá ~や、find at ~にあたるfinna að~の意味は、それぞれ「~を済ませる」と「~を非難する」です。これは別に特殊例ではなく、この意味でよく使われる普通の表現です。
 こういうものは、デンマーク語やスウェーデン語やノルウェー語などを知っていてもとまどうもので、アイスランド語は特異な言語だと思ってしまいますが、これは実はデンマーク語やスウェーデン語やノルウェー語が、中世に低地ドイツ語から膨大な語彙を採り入れた時に失ってしまった、北欧語本来の姿なのかも知れません。これを証明するには古デンマーク語や古スウェーデン語や古ノルウェー語を調べる必要がありますが…。

まとめ

 前項の文法の場合と同じく、英語を念頭においてしまうと新しく覚えることが多いようだが、英語と同系でない言語で新たに単語を覚える労力に比べれば、英語の知識も役に立つし、それほど大変ではない。
 ただし英語やドイツ語の知識を元に、デンマーク語やスウェーデン語やノルウェー語を始めるときほど楽ではない。

2003年6月10日更新

 
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