i -変音

 後続の音の影響で、ある母音に i の響きが混ざる、というかある母音がもっと口を横に引っ張ったような音に変わることをいいます。 i -変音を受ける母音には多数あり、また i -変音の結果として出てくる母音も多数ありますが、i の響きが混ざるだけであって変音前後の母音に直接 i が出てくるわけではないことに注意してください。
 「後続の音の影響」と書きましたが、 i -変音をひきおこす i や j はもう消失していることも多いので、 i -変音に関しては、「ここで i-変音」という場面ですぐに変音後の母音が頭に浮かぶよう組み合わせを覚えておくだけで充分です。
 この i -変音が重要となるのは、
・強変化動詞で、原形から直説法現在形単数の母音を決めるとき
・強変化動詞で、直説法過去形複数から接続法過去形の母音を決めるとき
・弱変化動詞4類で、原形の語幹から過去形と過去分詞の母音を決めるとき
などです。

 
i -変音による母音の変化

i -変音前 i -変音後 備考 直説法現在の例 接続法過去の例
a e au は別扱い↓ taka → ég tek velja → ég valdi → ég veldi
au ey hlaupa → ég hleyp なし
á æ já は別扱い↓・接続法過去に多い fá → ég fæ gefa → þau gáfu → ég gæfi
é sjá → ég sé なし
ý brjóta → ég brýt spýja → þau spjóu → ég spýi のみ
ý ljúka → ég lýk なし
o e koma → ég kem なし
o y 接続法過去のみ þola → ég þoldi → ég þyldi
o æ vera, koma の接続法過去のみ なし vera → þau voru → ég væri
ó æ jó は別扱い↑・接続法過去に多い gróa → ég græ taka → þau tóku → ég tæki
u y 接続法過去のみ なし verða → þau urðu → ég yrði
ú ý jú は別扱い↑ búa → ég bý spýja → þau spúðu → ég spýðiのみ
ö e höggva → ég hegg slökkva → ég slökkti → ég slekkti

 詳しい文法書を見ると他の組み合わせ(e → i など)も挙げられていることがありますが、動詞を変化させるときに必要なのは上の表の組み合わせだけです(spýja は弱変化も強変化もします)。
 ですから、ある強変化動詞の原形や直説法過去形複数の語幹母音が上の表の一番左の列に出てくる母音でなければ、その動詞の直説法現在形単数や接続法過去形は語幹母音を変えずに作られるわけです(leika → ég leik (直説法現在形), leika → þau léku → ég léki (接続法過去形), bíða → ég bíð (直説法現在形), bíða → þau biðu → ég biði (接続法過去形))。

 i -変音はアイスランド語以外のゲルマン語にも広く見られます。ゲルマン語の中ではもっとも語形変化が少なくなった英語にさえman → men、foot → feet、old → elderなどの例があります。
 ドイツ語だと同じ例がウムラウトを利用して Mann → Männer、 Fuß → Füße、 alt → älter と書かれますから、ふたつの語の関連性が一層明確です。そもそも「ウムラウト」は「変音」を意味しており、 i -変音もドイツ語では i -Umlaut とか Palatalumlaut といいます。
 ドイツ語の不規則動詞には、直説法現在形の2人称単数と3人称単数で原形の語幹母音を a → ä、 e → i/ie に変えるものがあり、また過去基本形から接続法2式現在形を作る際、ほとんどの不規則動詞で語幹母音を a → ä、 au → äu、 o → ö、 u → ü と変えます。

ドイツ語 アイスランド語 ドイツ語 アイスランド語
原形 fahren fara halten halda
直説法現在 ich fahre ég fer ich halte ég held
du fährst þú ferð du hältst þú heldur
er fährt hann fer er hält hann heldur
ドイツ語 アイスランド語 ドイツ語 アイスランド語
原形 werden verða geben gefa
過去基本形・過去複数 wurde urðu gab gáfu
接続法2式・接続法過去形 würde yrði gäbe gæfi

 接続法の作り方に関してはアイスランド語とドイツ語はよく似ています(ほぼ一貫した i -変音)が、直説法現在形の単数に関しては実は違いが結構あります。
・アイスランド語では i -変音するなら1人称単数も変音するが、ドイツ語では2人称単数と3人称単数しか変音しない。
・ドイツ語では語幹母音が e でも i-変音しないことがある(gehen → er geht、 stehen → er steht など)。
・ドイツ語に多い e → i/ie の i-変音はアイスランド語(の動詞変化)では失われており、逆に o や u はドイツ語では i -変音しない(kommen、rufen など・唯一の例外は stoßen → er stößt)。
・ドイツ語で e→ i/ie となる動詞では du に対する命令形でも変音した方の語幹母音を使うが、アイスランド語の動詞には e → i/ie がないので命令形に i -変音は出てこない。

 1人称単数での i -変音の有無が特に目立ちますが、歴史的にさかのぼってみると一層話が込み入ってきます。
 まずアイスランド語(というかアイスランドに移住前の北欧人の古い言葉)では、ドイツ語のように本来1人称単数は i -変音していなかったのが、2人称単数や3人称単数の i-変音した母音に合わせるようになったようです。さらにいえば、今ある3人称単数も、実はもともとあった語形を捨てて2人称単数を使うようになったと考えられています。確かに弱変化動詞と強変化動詞のほとんどで現在形の2人称単数と3人称単数は同形ですね。
 逆にドイツ語も古来から1人称単数は変音しないと決まっていたわけではなく、強変化動詞の一部では1人称単数も i -変音するのが普通だったり、強変化7類では1人称単数どころか2人称単数や3人称単数でも a → ä の i -変音がなかったり、初期新高ドイツ語の時代が進むまではばらつきがあったようです。
 よくアイスランド語については文法体系の古風さや保守性が強調されることがありますが、それはアイスランドのような絶海の孤島での凍結保存が始まってからの話で、それ以前のスカンジナビア半島の古い北欧語は、変化を繰り返して最古層の言語からかなり離れたものになっていたと考えられています。

 
2022年9月1日更新

 
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