英語ほど書き言葉と話し言葉は離れていませんが、母音の数が多く日本人には特に難しいです。日本語には通常母音は5個(あいうえお)と数えますが、デンマーク語では16個です。例えば日本人には「エ」と聞こえる音が少なくとも3種類、「オ」と聞こえる音もまた最低3種類あります。僕は初めてデンマークに行ったとき、新聞は結構読めるのに町ではビール1本買えず、なんとも不甲斐ない思いをしました(ビールのことは「øl」と言いますが、ドイツ語では事実上1種類と思っていい「ö」と似た「ø」の発音も、デンマーク語としては最低でも3種類区別しなければならないのです)。あなたは「顔」と言うときのの「お」と「音」と言うときの「お」の違いがわかりますか(東京弁で普通に発音したとき)。
英語と似て、綴りと発音の関係がかなりいい加減です。その脈絡のなさは英語以上かも知れません。次のような綴りと発音の関係を見ると、文字なんかほとんど意味ないという感じですね。
selvfølgelig 「セフェリ(もちろん)」、kobber 「コウォ(銅)」、Det
er mig. 「デマイ(それは私です)」
その他、童話作家で有名なアンデルセン(Andersen)ですが、デンマーク語での発音は「アンスン」です。ビールの名前も、Carlsbergは「カースベア」、Tuborg「ツーボー」です。
もごもごした発音の割に、独特の抑揚・リズム感(スウェーデン語やノルウェー語と違って音楽的とは言い難いですが)があり、そこからはずれてたどたどしく発音するととても通じにくいです。例えば、
「Jeg er begyndt at lære dansk. (デンマーク語の勉強を始めました)」
という一文を、頑張って各単語をゆっくり正確に「ヤイ・エア・ベギュント・オ・レーア・ダンスク」と読むより、細部の発音はいい加減でも「ヤベギュント・オレアダンスク」と言った方が断然通じます。そして相手も「Du
snakker dansk!」とか言って喜んで、その後ゆっくり目のデンマーク語で会話を続けてくれるでしょうが、多分前の言い方では「Really?」などとやられる可能性が高いです(せっかく勉強始めたって言ってるのに)。
因みに、「Philosophy of grammer」などの著者として、英語学者なら知らない人はいないイェスペルセン(Jespersen)もデンマーク人です。イェスペルセンは音声学者としても大変な業績を残した人ですが、母音が16もあるデンマーク語が母語だったこともあながち無関係ではないでしょうね。また、あまり知られていないことですが、イェスペルセンは著名な言語学者としてはただひとり、エスペラントに触発されてその後流行った人工言語開発に積極的に関係した人で、自身でも「ノビアル(Novial)」というエスペラントの一変種を開発しています。ノビアルに関しては手前味噌ですが拙論「言語学者の考えた国際補助語 ―イェスペルセンとノビアル―」などを参照下さい。
現代ゲルマン諸語の中では英語に次いで単純(アフリカーンス語やフリージア語もかなり単純だと思われますが筆者はよく知りません)で、また英文法とよく似ています。英語でもお馴染みの所有格がある他は面倒な格変化はありませんし、時制の使い方や単語の並べ方も英語とあまり変わりません。とはいえ英語よりはいくらか複雑です。
英語と比べて一番違うのは名詞に文法性があることでしょう。複数形では区別する必要はありませんが、単数形では絶えず、ある語が共性か中性のどちらの種類か気にしていなくてはなりません。そしてこの区別と連動して、単数では代名詞や形容詞の語尾などは文法性に従って異なるものを使わなければなりません。
この他に英語にはなくてデンマーク語では意識しなければならない区別としては、名詞の複数形や動詞の過去形と過去分詞の作り方に何種類かあること、受動態を現す形式が2種類あること、完了形を作るときにto
haveと過去分詞の他にbe動詞と過去分詞を使う動詞があることなどでしょうか。
逆に、be動詞も含めて全ての動詞に人称変化(例えば英語の3単現の-s)がなかったり、疑問文を作るときはいつも主語と(助)動詞の順番をひっくり返せばよく、to
doのような余計な助動詞を付け加える必要がないところは英語より簡単です。
ゲルマン語のひとつですから、当然ごく基礎的な語彙は英語を含めた他の現代ゲルマン諸語と似ていて覚えやすいのは当然ですが、それ以外の大部分の語彙はオランダ語やドイツ語に似ています。
中世以降、様々な新しい事物の出現に伴ってどんどん新しい言葉が必要になるわけですが、その際どんどんフランス語を採り入れた英語と違って、デンマーク語は地理的にも近いオランダ語やドイツ語(正確には低地ドイツ語)から新語を採り入れました。また、オランダ語やドイツ語のように単語をどんどん繋げて長ったらしい複合語を作るところも似ていますので、結果として、デンマーク語もオランダ語やドイツ語と同じく、ある程度の基本語彙からかなり複雑な単語の意味も予想が付き、またその際、その基本語彙にもオランダ語やドイツ語の知識が相当役に立つ、ということになります。
そのような低地ドイツ語からの借用語の例を挙げます(わざと英語だけ違うものを選びましたのでちょっと意図的)。
デンマーク語 | 日本語 | オランダ語 | ドイツ語 | 英語 |
videnskab | 学問・科学 | wetenschap | Wissenschaft | science |
bidrag | 貢献 | bijdrage | Beitrag | contribution |
sundhed | 健康 | gezondheid | Gesundheit | health |
begreb | 概念・考え | begrip | Begriff | concept |
また、オランダ語やドイツ語を全く知らないとしても、はっきり調査して数えたわけではありませんが、日常使う語彙は英語に比べてかなり少ないと思います。英語は非常に語彙が多いので、例えば中学から英語を何年も勉強してきたはずなのに、初めて英字新聞や映画の脚本を見ると全然見たこともない単語がかなりあって愕然とするものですが、デンマーク語ではそういうことはあまりありません。いわゆる熟語の数もよく使うものは英語よりもはるかに少ないと思います。
文法の複雑さは英語とそんなに変わらない一方、語彙は英語よりも少なくて済むので、発音に目をつぶれば、つまり読み書きに限ればかなり学びやすい言語だと思います。特にオランダ語やドイツ語を知っていれば相当楽に学べるでしょう。その代わり正確な発音を身に付けるのは日本人にとっては至難の業だと思われます。
2007年3月10日・更新