プロフィール


 
ナッサオ・イン(独立戦争時の病院が現在ホテルになっています)の前で
 
  
 
プロフィール
 
 
 
名前:脇 今日子(ペンネーム/原 今日子)
 
経歴:
 
10月16日生まれ
 
5歳の頃、父の赴任先の大阪でバレエ教室に通い始める。
先生は松竹歌劇団出身の鴨先生。(ユニークな教え方の綺麗な先生でした。)
 
7歳、東京に戻り、友達の紹介で茂木明子バレエ教室に入る。(子供の気持ちを
大切に考えて下さる、とてもチャーミングな先生です。)
 
13歳、初めてレニングラード・バレエ団の公演を見る。ロシア人の身体と自分
の身体の違いに、大変なショックを受け、バレリーナになる夢を断念。
(公演の前日までは、バレリーナになろうと思っていた私・・・。東京文化会
館の緞帳が上がった途端、しばし呆然、そして自失・・・。一幕が終わった時に
我に返って、一瞬のうちに、夢を諦めてしまったのでした・・・。本当のバレエ
を、初めて目の当たりにした日でした・・・。)
しかし、どうしてもバレエが好きで、止められず、そのまま続けてしまう・・・。
(バレリーナにはなれないと思いながらも、自分のために踊るのなら、いいんじゃ
ないかと・・・)
 
17歳、バレエ教室で2歳年上の友人(佐々木潤子さん・旧姓中田潤子・現在愛知
県の豊橋市で、佐々木潤子バレエスタジオを主催)が、チャイコフスキー記念東
京バレエ団に入団。
 
18歳、T短大入学。潤子さんからバレエ団の話を聞き、13歳の時の決心が少し
揺れる・・・。しかし、やはりバレエ団の試験を受ける勇気が持てず、バレエの
レッスンと子供のクラスを受け持たせていただきながら、ふつうの短大生活を送
る。
 
20歳、M物産に就職。(秘書室に配属。社会人として、とても沢山の事を勉強さ
せていただきました。)
 
24歳、(実は、あと3日で25歳になる24歳)主人と結婚・・・!会社は退職。
地方に転勤などもあって、バレエから足を洗ってしまう・・・・。(結局半年で
東京に戻ってくるが、足は洗い続けたままで・・・。)
 
28歳、そろそろ子供ができてもいいのに、ちっともできない・・・。
子供のいない専業主婦の存在意味は・・・? 等とコンプレックスの塊になり、
何かしなくては!との強迫観念に襲われ、文学の勉強を始める。
(小説教室に通い始める。(現在、芥川賞作家の八木義徳先生に師事))
 
28、29、30、と悩める不妊妻となる。(病院に行ってみたが、「そのうちで
きますよ」とお医者様に言われる。ちっともできないで3年過ぎる・・・。)
 
30歳、子供ができないのなら、せっかくだしと、バレエに復帰。
茂木先生のところで子供のクラスレッスンを担当させていただきながらユニーク・
バレエ・シアターのレッスンに通い始める。
そこで岸辺光代先生にお目にかかり、すっかり心酔!(教え方の素晴らしさもさる
ことながら、人格的にも、人間的にもとっても魅力的な先生です!)
 
35歳、身体の衰え(先生から腰が弱いから気を付けるようにアドバイスいただいてい
たにも関わらず・・・。)も、ブランクも省みず、若いつもりで無理をして、坐骨
神経の痛みを3カ月も我慢して、ついにその痛みの原因だったらしい大きな椎間板
ヘルニアが神経の束を大圧迫。
今までに味わったこともない、ものすごい激痛に襲われ緊急入院。
何とか手術は免れたものの、ヘルニア君は残したままのため、バレエは踊れず、ス
ポーツセンターのプールの中をゆっくり歩くリハビリを続ける・・・。
闘病中、たくさんの本を読んで、バレエの基本を理論で認識することの大切さを実感。
自分が実践(踊る)することはもう無理だけれど、子供達に、是非伝えてあげたく
て、教えに復帰できる日のために基礎技法をまとめはじめる。
 
38歳 文園社「バレリーナへの道」の記事を執筆させていただくことに。
 
39歳 夫の転勤でNYへ。
 
40歳 事務所の移転でニュージャージー州プリンストンへ
    
ヴァイオリンを習い始める。(先生は元ウイーン・フィルで活躍していた方・・。
プリンストンは全米屈指、教育環境のいい場所だそうで、各国、各地から教育熱心なご両親が
集まってこられる。音楽家の方たちも例外でなく、素晴らしい経歴をお持ちの方が、たくさん
おられる。生徒獲得の競争も激しく、よって私のような大人の初心者が、このようなもったい
ない先生に指導を仰ぐ恩恵にあずかることができるのです・・・!)
 
プリンストン大學の聴講生になる。
      
    
 
 
過去の日記
 
1998年4月
 
NYへ来てから2ヶ月が経ち、アッパー・イースト、ミッド・タウン付近は、ずい
ぶんわかるようになってきました。ダウン・タウンへは、英会話の友人で、とても
親切な可愛いナミさんとそのお友達に、「自由の女神」へ連れていって頂いたのが
初めてで、チャイナタウンやウオール街は、バスから眺めただけです!
マンハッタンは小さな半島ですが、まだまだ制覇するには時間がかかりそうです。
4月はサンクトペテルブルク、ボリス・エイフマンのカンパニーが来米(?)!!
念願の「レッド・ジゼル」と「チャイコフスキー」を観る事ができました。公演は、
シティー・センター(55ストリート、6と7アベニューの間)で行われました。
1番良いお席が50ドル!!日本では考えられないほどのお安さに、感激!!
全く! 素晴らしい舞台でした。振り付け(エイフマン固有の表現の中に、クラ
シック・バレエが織り込まれている独特の・・・)、布・テーブル・バー等の道具
の使い方はもとより、ダンサー達が素晴らしかった!
アカデミックに鍛えぬかれた美しい身体、表現力!エイフマン独特の舞踊言語で
振り付けられているリフトは、ともすればクラシカルなバレエ言語に刃向かうよう
な、一種醜悪な形であるのに、クラシック・バレエの基礎を究めた美しい身体で表
現されると、あのマクミランの流れるようなリフトに優るとも劣らず、陶酔の世界
に誘ってくれました。特に「レッド・ジゼル」は、その内容の、政治的な表現の危う
さが、曲った膝、内股のつま先による、決して優雅ではない形によって、ひどく現
実的に、あるメッセージを突きつけられたような気がして、とても効果的だと思い
ました。
「チャイコフスキー」も、面白かったけれども、少々冗長ぎみの感がありました。
もう少しコンパクトに、1幕で纏め上げた方が、かえってインパクトのある内容に
なったのではないかと思います。
それにしても、エレナ・クズミナ、ベラ・アルブゾヴァ(読み方が間違っていた
ら、ごめんなさい・・・)の肩の柔かさは逸品でした!肩が柔かければ、上半身の
表現力が、より深みを増し、また、より自由に開放され、その幅が再現なく広がっ
ていくように思います。
今月の28日からは、ニューヨーク・シティー・バレエの、来月の11日からは
アメリカン・バレエ・シアターのスプリング・シーズンが始まります!!
アメリカン・バレエ・シアターの「シーズン・シート」を入手し、NYCBの
「ギルト」のメンバー・シップ(リハーサルが4回見られる事になっています!)
になったので、バレエ三昧の5、6、7月が楽しみです!
 
 
 
1998年3月
 
そろそろ、体の中のバレエの虫が、むずむずと動きはじめた私・・・。
「ブロードウエイ・ダンス・センター」と「STEPS」にスケジュールをいた
だきに行ってきました。(ブロードウエイ・ダンス・センターは、現在、ハード・
ロック・カフェのビルの5階に移転しています。)STEPSは、いくつもあるス
タジオのドアが、ガラスになっているため、それぞれのクラスを外から見学する事
ができます。プロの方が多く受けられている「ADV」クラス「ADV INT」
クラスを覗いてみると、中に、とてもお歳を召したおばあちゃまや、まだ、バレエ
を始めたばかりの様子の女性、車椅子でレッスンを受けておられる方など、色々な
レベルの方がいらっしゃいました。おばあちゃまは、バーだけ受けられ、スタジオ
をあとにされました。「自分の好きな先生のクラスに出て、自分のできる事をする
!」アメリカの懐の広さと、自由な環境を垣間見る事が出来、とても勇気が湧いて
きました。
 
翌週、ダンス・センターへ、翌ゝ週に、STEPSへ行って、レッスンを受けま
した!3年ぶりのレッスンなので、まずは週に1回、初級クラスから受ける事にし
ました!私はSTEPSの水曜日、11時45分から1時15分までのADVビギ
ナークラス(初心者ではなく、ある程度バレエを知っている人を対象にしているク
ラスで、内容は難しくなく、基本に重点を置いたプログラムになっている)が、現
在の私に最適なクラスの様に思いました。「Ms.Sullivan」先生は、受
付の女性もお勧めの先生!とてもわかりやすく、丁寧に、熱心に指導して下さいま
す。(初めて訪れた私にも、ちゃんと注意して下さいました!)しばらく、このク
ラスに通ってみる事にしようかな?
 
ちなみに、「STEPS」の入っているビルの1階は、NYでも1、2を争うと
言われている、お安く、新鮮な果物やお野菜が売られている「FAIRWAY]と
言うお店です!お野菜などの他にも、パスタやチーズ、缶詰なども売っているスー
パーマーケットです!
 
 
1998年2月
 
夫の転勤で、ニューヨークで暮す事になりました!
NYに来たのも、海外生活も初めての私・・・。1月31日にジョン・F・ケネディ
空港に着いたときには、不安と期待で心臓が爆発しそうでした。
3日程、ホテルで過ごし、いよいよ、アパートに移る事になりました!
主人が用意してくれたマンハッタンのアパートは、部屋からイースト・リバーが見
下ろせるとても眺望のいいアパート!!ワン・ベッドルームで2部屋の、日本とそ
う変わらない広さのアパートですが、天井が高いのと、景色がいいのとで、とても
快適なアパートです。ここから、私たちのNY生活が始まる事になりました。
私にとっては、初めての海外生活!言葉の問題(大問題!!主人は子供の頃にア
メリカ生活を経験し、英語がペラペラです)もあり、戸惑う事も多くありますが、
好景気に沸くNYの街は、ジュリアーノ市長のお陰で、治安もずいぶんよくなり、
地下鉄も落書きがなくなり、とても綺麗で日本とほとんど変わらず、8時ごろまで
は、安全に乗れる状態です。が、吊革につかまった人の腰に、拳銃が覗いていたり、
町なかで、手錠を架けられる人を目撃したりと、やはり、日本と同じように安心し
てはいられません。ある程度の緊張感は必要ですが、時間と場所さえ、気をつけて
いれば、楽しい日常生活を送れそうです!
NYは噂に違わず、人種のるつぼ!活気のあふれたエキサイティングな街です!
せっかくの経験なので、こちらでの生活を少しでもHPでご紹介できれば!
と思っています!
 
1997年12月31日〜1月9日
 
文園社の方々と、フランス、イギリスにバレエ取材に行って来ました!
フランスでは、パリ・オペラ座で「ライモンダ」を、イギリスでは、ロイヤル・バ
レエ団の「シンデレラ」(ギエム、吉田都さん)、AMPの「シンデレラ」を観ま
した。AMPの生舞台を見たのは初めて!鬼才マシュー・ボーンの振り付けの魔術
とサラ・ウイルドーとアダム・クーパーの夢の舞台に酔いました。
 
 
1997年1月
 
「バレリーナへの道」という季刊誌を発行されている文園社中島社長様からご連絡
をいただき、次号から、ライターをさせていただくことになりました。
近く編集会議があり、5月に発行される本の企画について話し合うことになってい
ます。
紹介して欲しいダンサー、教室、特集して欲しいバレエ、バレエ団、で質問したい
こと、公演、発表会案内など、バレエに関することでしたら何でも結構ですので、
ご質問、情報等お寄せ頂ければと思います!
 
1996年9月
 
青山にある「ロシア・バレエ・インステテュート」のプロフェッショナル科教授
法(ボリショイバレエ学校の生徒指導法)のクラスの受講を始める。
先生はボリショイバレエ学校で教授法の資格を得られた、テレンチェヴァ先生。
現在第4学年(11歳)の指導法を教えていただいています。
ボリショイバレエ学校の教科書をもとにしながら、それぞれの動きの特徴、意味の
他、教え方のコツ、この学年ではやらせてはいけないことなど、口頭でのご指導の
他、実際に先生の動きを見せていただくことができる、とても魅力的な、ためにな
るクラスです。その日に習った動きは次回までの宿題になり、受講者は自分のアレ
ンジで組み合わせを作り、次回、それを披露し、アドバイスをいただきます。とて
も緊張しますが、自分で考える力がつき、大変勉強になります。(このやり方も、
ボリショイバレエ学校のやり方だそうです。 )
ここで教えていただいたことを、「INTERNET BALLET STUDIO」で生かせるよう、頑
張りたいと思います。
 
1996年3月
 
夫がパソコンを買い換え、その指導のもと、ホームページを開く。
常々、私には過ぎた、賢くていい夫だと思っていた主人。去年のヘルニアの時もこ
のホームページを開くにあたっても、海のように広く、太陽のようなあたたかい心
で助けてくれました・・・。
 
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