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はっと目が覚めて、瞬いた。
深呼吸を一回。…それから部屋の中を見回す。…私の部屋、だ。オーストリアさんの家にある。見慣れた。
……見慣れた?

しばらく、ぱちぱちと瞬いたり、ん?と首を傾げたりごろごろと転がりながら記憶の整理。…ええと、私、縁談、……いやちがうちがう。
そう。そう昨日。昨日の夜。すすめられた本読んでたら結構遅い時間になってて、オーストリアさんに泊まっていってください。もう遅いですからって言われて、じゃあお言葉に甘えてって。だから私ここで寝てるんであって。
……あれ?
つまり。さっきまでのは。

「……夢、ってこと?」
声に出したら、なんだかどっと疲れた。はああ、とため息をひとつ。
なんだもう、そうだよね。私が属国とか。オーストリアさんと会ったことがないとか。そんな。
そんなことあるわけないもんなあ…。
簡単に信じてしまうところは夢の不思議なところ、だ。
「はあああ…。」
もう一度ため息をついて、もそもそと体を起こした。



階段を降りると、そこにはすでに、カップを口に運ぶ彼の姿。
「おはようございます。」
声をかけると、読んでいた新聞から、視線がこちらを向いた。柔らかい笑顔。あ。やっぱり本物がいいかも。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい。長い夢みちゃうくらい、ぐっすりと。」
ありがとうございます。いえいえ。そう会話を交わして、コーヒーを入れよう、とキッチンへ向かう。

「ああ、ハンガリー。こちらへ。」
「?はい?」
手招きされて、寄っていくと、髪留めが落ちそうですよ。とぱちん。と直してくれた。
「あ、ありがとうございます。」
「いえ。」
会話を交わしながら、そっと髪留めに触る。…夢の中と、同じ感触だったな、今の…。

「長い夢、というのは?」
「あ。それがねー。変な夢なんですよ。私がオーストリアさんの属国なんですよ?」
そう言いながら、コーヒーを自分の藍色の花のカップにそそぐ。…大事な、カップだ。彼に買ってもらったもの。
「昔の夢ですか?」
「いいえ、今の夢、でした。…オーストリアさんが私に会ったことなんか無いって言うんです。」
おかしな夢だ。ありえない。
だって彼とは、もうずっと長い付き合いなのに。
……でも。
嫌な夢じゃなかったと、思う。
彼のそばにいるだけで十分だと、そう信じて、縁談を勧められて泣いて、彼に好きだと言ってもらって。
…楽しかったし、つらかったこともあったけれど、でも。
見てよかった、というのも変だけど、そう思える、夢だった。
彼に好きです、と真剣に言われたあのときの感動は、簡単には忘れてしまえなさそうだ。

「そうですか。」
「変な夢、ですよね。」
笑って言って、カップを持って、彼の隣りに座る。…こうやって隣りに吸われるようになったのも、だいぶ前のことだ。
それがどれだけ幸せかってことを、思い知らされた気がする。


「ところでハンガリー。」
「はい?」
「私と、生涯を共に歩んでもらえませんか?」
夢の中でははい、と答えてくれましたが、こっちではどうかわかりませんから。


さらっと言われた言葉に、ぴし。と固まる。
…なんで、夢の中と同じセリフ、というか夢の中って言った!?
どういうこと、…おんなじ夢を見てた、って、こと?
がば、と慌てて彼の方を見ると、楽しそうな表情。
新聞を置いた手が、頬に触れた。


「お、オーストリアさん…?」
「それとも、夢の中の私と違って、現実の私には誓う価値がありませんか?」
そう言われて、首をぶんぶんと横に振る。
「是非誓わせてください!!!」
「…ありがとうございます。」
叫ぶ勢いで答えたら、彼はうれしそうにそう言って。
かっこいいなあと、近い距離の笑顔にドキドキしている間に。
す、と顔を近づけていて。
「!お、おーすとりあさ、ち、近い、」
「…目を、閉じて。」
キスをしてもいいかとは、聞いてはいけないのでしょう?と柔らかく言う低い声に、はい、とか細く答えて、目を、閉じた。


『誓いのキスを、あなたと』End!


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