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朝ご飯はお父さんの担当だ。
「おはよう、お父さん。」
「おはよーさん。ほい。お姫さんの分。」
笑顔のお父さんから焼きあがったところの目玉焼きを受け取ってテーブルに向かうと、ふあ、とあくびをしながらお母さんが現れた。

「おはよう、お母さん」
「おはよう、イザベル。今日もかわいいな。」
頭を撫でてくれる手はいつだって優しい。思わず顔をほころばせると、お母さんは残りの目玉焼き三つとも持って、お父さんの方を見た。

「おはよう、コーヒー。」
「おはよ。ちょっと待ってなー」
…なんかコーヒーが人の名前みたい。思いながら、自分の席に目玉焼きを置く。隣の椅子には、まだ誰もいない。…いつものことだけど。

「ルキーノは?」
「一回は起こしたんだけど…」
どうやら二度寝したらしい。しょーがねーなあいつは、と呆れた声。
「そろそろ朝ご飯できるで〜」
「じゃあイザベル。二回目行ってきてくれるか?もし起きなかったら」
「朝ご飯抜きっておどす、だよね。いってきまーす。」

いってらっしゃい。と重なる声を聞きながら、毎朝のごとく、お兄ちゃんを起こすために階段を上った。


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とうさーん。遠くから呼ぶ声に、何ーと返しながら体を起こす。
うお。腰と背中がばきばきって言った。
「やっぱ堪えるなあ…。」
「なあ父さん!一人じゃ持たれへんねんけどー!」
「わかったー!」
答えて、手をひらひら振れば、また畑に戻っていく姿。その俊敏な動きに、若いなあとしみじみしながら。
うーん、と一度伸びをしてから、遠くに見えるルキーノのそばに歩いていった。

庭にある畑は、一面の緑と、赤。
トマトの収穫時期なのだ。
すでにいままでの収穫分だけで、これ出荷できるんちゃうん、くらいの量になってしまっているトマトは、まあありがたい太陽の恵みだと、きっちり家族の腹の中に収まるんだが。
今年はどうかと思っていたのだけれど、なかなかの出来。これならロマーノも機嫌いいだろう。

「あんまりつまみ食いしてると昼ご飯作らへんでー。」
ルキーノのところに行く途中、母娘そろってむしむし食べてる姿に声をかけると、二人そろってぎくん、と肩が揺れた。何個目食べてるんやろうなあ…。まだまだあるんやけど。
呆れつつ、ルキーノーと呼ぶと、ここーと上がる手。行ってみれば、ここにもつまみ食い犯が一人。

「おまえもかい…。」
「ん?父さんも食う?」
甘酸っぱくてうまいで?にこにこ差し出されれば、そりゃあ食べないはずもなく。
口に運べば、思わず頬が緩むくらい、うまい。
「ん!うまい!」
「な!今年もいい出来や!」
笑ってそう言いあって、大量にトマトの入った籠を持つ。
「うわ重。」
「中身がぎゅっと詰まってるからなあ。」
そうやなあ。いい出来の証拠や。言いながら、歩いていく。

「イザベル、それも持つで?」
「ううん。私が持つ。」
俺たちが持っているものより小振りの籠を持ったイザベルに声をかけるけれど、首を横に振られた。私の担当だから、らしい。とことこ家に向かう姿が…かっわええなあ…。
「ほらスペイン。さっさと戻って昼飯だ昼飯!」
「りょーかい。」
…ロマーノもなあ。トマトとなると率先して働くんやから…。
その両手にいっぱいのトマトを見ながら、苦笑。
「なんだよ?」
その笑顔を見とがめたのか、ロマーノが怪訝そうな顔でこっちを見る。
「んー。…やっぱ赤は、ロマーノの色やなって。」
笑って言えば、馬鹿みたいなこと言ってんじゃねーよ、って心底呆れた表情。…ひどい…。

「…赤はおまえの色だろーが。」
「ん?ロマーノなんか言うた?」
「何も言ってねーよちくしょーが!」


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わああん、と響く泣き声に、まだ一歳にもなっていない小さなルキーノを抱き上げたロマーノはど、どうしよ、と焦る。

元々あんまり子供と会う機会もなかった。赤ちゃんなんて、ますます会ったことない。だから、こんなに小さな赤ちゃんなんて、なんかもうどうしていいのかわからなくて。

焦って、すぺいん、って心の中で呼ぶと、ロマーノ。とかけられる声。
「!スペイン、」
「あーあ、大泣きしてるやん…」
ほら、と手を伸ばして来る彼に、その小さな体を預けると、迷いなく抱き上げて、あやしはじめる。
大丈夫やからなーと声をかければ、あっと言う間に泣き止むルキーノ。

「ええ子やね。」
ちゅ、と額にキス。その手慣れた様子になんだか頼もしさを覚えて少しドキッとした。
…何でだろうな。俺が抱き上げると泣くのに、スペインだとすぐ泣き止んでしまう。
俺のこと嫌いなのかなあ、と思っていたら、ロマーノは、と言われた。

「もうちょい自信持ち」
「…自信?」
「そ。しっかり抱きしめて、大丈夫やでってルキーノに伝えてあげて?そうしたら、ルキーノも安心して泣きやむから。」
抱き上げる方が不安がってたら、抱き上げられてる方めっちゃ怖いやろ?そう言われて、そりゃそうか、と思う。

「ルキーノのこと大好きやろ?」
その気持ちが伝われば大丈夫やから。そう言って、ルキーノを渡される。
そっと受け取って、しっかり抱きしめる。
するときょとんと、見上げてくる、オリーブ。
愛しい色に自然と笑みがこぼれて。
そうしたら彼は、きゃあ、とうれしそうに笑った。




ルキーノの扱いのうまさはもちろんスペインの方が上。大丈夫やでーというその声を聞く度に、ああ、スペインと一緒でよかったとそう思う。
けど!

「ええい…いい加減はなせ…っ!」
「いーやーやー」
ロマーノは俺のやもんじゃねえ!抱きついてきたまま全く離そうとしないこの馬鹿は、あろうことかルキーノに妬いたらしい!ああもう!
ぎゅむぎゅむ腰にまとわりついてくる腕が邪魔で、風呂にさえ行けやしない!
「俺は風呂にはいるんだ!」
「じゃあ俺も」
「嫌だ!」
おまえと入ったら『風呂に入る』じゃすまなくなるだろうが!

「ルキーノとはええのに俺はあかんの!?」
「ふてくされんな!てか息子とはりあってんじゃ、」
言い掛けたところで、すぐ目の前に、現れるオリーブ。思わず口を閉じる。
「あかんの?ロマーノ…」
キスできるくらい近くでじっと見つめられて、…ああ、もう!

「勝手にしろちくしょーが…」
そう言ったら、彼は嬉々として、俺を抱き上げた。


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だん!と突き飛ばされた男の人に、イザベルとルキーノは目を丸くして。

「…俺の家族になんか用か。」
地を這うような低い声。ちらりと視線をやる。大きな背中。いつもは優しくて、強くて、頼れて…今はちょっと、怖い。
父さんがこんなに怒っているのを見たのは、初めてだ。

その激怒の色をした瞳に、怖い、とイザベルが思わずロマーノにしがみつくと、大丈夫だ。と優しい声。…というか…落ち着いた、声。
さっきまで震えていた声とは全く違う。安心しきった声。
見上げると、小さな笑み。安堵のため息。
…さっきの人よりお父さんの方が怖いのに。そうは思わないのかな?

思っていたら、
「大丈夫だ。スペインだから。」
だって。


そうこうしているうちに、なんか因縁付けてきた怖そうな人たちは逃げちゃったみたい。
目を閉じた父さんがこっちを振り返る。思わず、びくっとして。

「っはああ寿命縮んだ〜!みんな怪我ないか?大丈夫か?」
ぱちん。目を開いたときにはすでに、いつもの父さんで。
頭を撫でる手も、心配そうな瞳も。…さっきまでのが嘘みたいに、いつも通り。

「う、うん」
「平気。」
「遅いぞスペイン!」
ったくおまえは!ごめんてロマーノ…。ぎゅう、と母さんを抱き寄せるのも、やっぱりいつも通りだ。
「…来てくれるって思ってた。」
「…遅くなってごめんな。」
甘い声。でもまあそれもいつも通りなので、イザベルとルキーノは顔を見合わせて。

「…父さんなんだから大丈夫、か」
「そうだね。」
あの怒りが自分たちに向くことはなさそうだと、2人で小さくうなずきあった。
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※黒親分注意


がたん!と大きな音がした。
遅れて背中に痛み。
眉をしかめてから自分を押し倒す男の顔を見上げ、一つ、ため息をついた。
久々、だ。

「それで?ロマーノはあいつと何してたんかなあ…?」
低い声。いつもは鮮やかなオリーブが、濁っている。
…まったく。

「ロマーノ。返事は?」
ぐ、と首を大きな手で圧迫される。痛みに眉を顰めながら、これじゃしゃべれねーだろうと思った。
スペインは、いつも優しいが、けれど、たまにこうやって何かの拍子にぷつん、といってしまうことがある。その時だけは、ひどく暴力的だ。けれど、最近はまったくなかったのに。…だから、簡単にたががはずれてしまったのかもしれないが。視界の端で、子供達が怯えているのが見えた。

ぐく、と首に圧迫感。返事をしないから、機嫌が悪くなっているようだ。
けれど、まったく。こっちがこいつと何年一緒にいると思ってるんだか。
対処法なんて、とっくに知ってる。
拘束されていない手を伸ばし、その後頭部を引き寄せる。

不意をつかれたからか、簡単に倒れてくる体を受け止めて、ぽんぽん、と頭を撫でて。
それだけで、黒く暗い気が、晴れていく。

「…ロマーノ、」
「何だよ」
「…ロマーノ〜…」
捨てんといて。情けない声でのバカな呟きに、ぺしりと頭をはたく。

「ばっっかじゃねえの?」
「やって〜…仲良さそうやったやんか」
「あれは肉屋の旦那だ!」
「えっあの美女の旦那さん!?」
「そうだよ!ったく…」
馬鹿。もう一度言えば、あがる顔。へらりとした表情。…鮮やかなオリーブ。
「ほら、ルキーノたち怖がらせてるぞ」
「え、わ!ごめんな〜もう怒ってへんから」

大慌てで近づいていく姿に、小さくため息。
…その濁った色が向けられるのが、けっこうきゅんとしてしまうなんて、秘密だ。
それをまっすぐに見れるのは自分だけだと知っているから。


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ジャムつくろか。にこ。と家族の前で笑ったのは、シエスタ終わってすぐ後のこと。
今年もきれいに美味しくできたトマトを、さてどうやって食べるか、と話していたのだ。

「トマトのジャム、か」
久しぶりだな、とロマーノがうれしそうに笑い、子供たちはきょとんとしている。

「昔はよく作ったけど、最近つくってなかったな、そういえば。」
「どっかの誰かさんがつまみ食いばっかしてすーぐなくなるからなあ。」
瓶詰めにできることが珍しいくらいだ。
今回はあんま食べたあかんで?子供たちの分も残しといてや?
ロマーノに念を押すと、わかってるよ、とふてくされた表情。

「おいしいん?」
「めっちゃうまい。」
息子にそう答えると、二人の目が輝きだした。おいしいものに目がないのは、母親譲りだろうか、かんわええ。期待に応えなければ、とスペインは腕捲りして。

「よっしゃ、つくろか!」




鍋の中身の熱をとらないといけないと、しばらく置いている、間。
こそり、と鍋を開ける。広がる香り。思わず微笑んで、はっとしてまわりを見回した。…よし、誰もいない。
そうっとスプーンをつっこんで、口に運ぶ。…うまい。やばい。

「…くそう…ほんとにうまいんだよなこれ…。」
ダメだと言われても、こうやってつまみぐいしてしまうくらい。
本当は全部食べてしまいたいけれど、そうするのは怒られるだろうし、それに子供達に申し訳ないからしないけど。したいけど。…ううん、ダメだ、だめ。

でももう一口だけ、と口に運んで、そのうまさに微笑んだ。




「お兄ちゃん、ダメだよ…。」
「一口だけやって!」
ロマーノがいなくなった鍋の前にやってきたのは、子供達だ。
こっそりと鍋のふたをあけ、お、えーかんじ、だめだって!とひそひそ。
「ほら、イザベル、あーん。」
「う…っ!」
共犯ーと差し出されるスプーンの誘惑に、イザベルが負けて、ぱくり、とくわえる。

「〜っ!」
「どう?どうなん?」
「おっいしい!」
なにこれすっごくおいしい!
目を輝かせる妹に、おお!と兄も口に運んで。

「うま!」
「でしょ!」
「ええなあこれ!もうちょっと…。」
「あ、お兄ちゃんずるい私も!」





「…で?」
なんで1時間でなくなるんやろうな?
呆れたスペインのまなざしに、小さくなる3人。
鍋の中身はからっぽだ。すでに。
こそこそしながら、繰り返しつまみ食いを繰り返した3人のせいで。
あまり反省していないロマーノ、しゅんとしたルキーノ、申し訳なさそうなイザベル。3人それぞれの姿を眺め、ため息をひとつ。

「まあ、食べてもうたもんはしゃーないけど…。」
今度から気をつけるんやでー?ロマーノも。子供らの前やねんからもうちょっと考えなさい。
怒られて、はい、ごめんなさい、と声がそろって。

「で、どないする?」
「…もっぺん作る。」
「今度は俺らで作るから!」
「お父さん休んでてね!」
「ほんまにー?できるまえに無くなるんちゃうん?」
からかうように言えば、無くならない!と声がまた、そろった。


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