「ねえ、ママ」 「なに?マリア」 「なんていうか、こういうとき、うちの男性陣に敵う男の人なんていないんじゃないかと思うんだけど、どう?」 「…確かに」 親子がそろって、同じ色の目を向ける先には、父と弟の姿。 手際良く料理を作っていくその姿は、かっこいい以外に形容詞が浮かばない。 「もう少し待ってね、姉さん」 「イタリア、ほら、これ食べてていいから」 じっと見ていたらおなかすいたという催促にとられたらしい。違うんだけど。でもパパの作ったフォカッチャはおいしいのでありがたくもらう。 「最近さあ、ドイツもてるみたいでさあ」 「既婚者なのに?」 「既婚者って知らない人が声かけてくるんだって…」 逆ナンにあってる、ってことか。そりゃあドイツはかっこいいけどさあ。そう言いながらフォカッチャをちぎるママに小さく笑う。 「それ、ガヴィも一緒」 「え、また女の子泣かせたの?」 「泣かせてはないけど…ねえ。」 フェミニストの弟は、女の人みんな、に優しすぎるから。…勘違いされやすいのだ。もうあれは治りようがないのだと思うけれど。 「まあでも、ねえ?」 「ねー。」 顔を見合わせて、笑う。 「お待たせ、お嬢様方。」 「あったかいうちに食べろ。」 椅子を引いて待っている二人の男性の、その優しさは、他でもない私たちに一番向けられているんだから! 戻る . 「姉さんって」 「ん?」 「どっちかというと父さん似だよなあ。」 ガブリエルの言葉に、眉をひそめて彼を見る。 次いで、その視線の先のマリアを見る。 明るい声で笑うマリアは、隣で絵を描くイタリアに顔も表情もそっくりだ。瓜二つとはこのことを言うんだろう。…間違っても俺には似ていないと思うんだが。 「外見じゃなくて性格だから。」 考えを読んだようなガブリエルの声に、それでもやはり、そうか?と首を傾げる。 性格だってそうだ。明るく元気で。まさにイタリアそのもの。 「…じゃあ、父さんと母さんのうち、しゃべり上手なのは?」 「は?そりゃあイタリアだろう。」 「俺と姉さんなら?」 「……ガブリエル、かもな…」 それは確かにそうだ。マリアはイタリアのように、自分から、というよりは、話しかけられたら返す、という感じの方が多い。 ほら。と言わんばかりのガブリエルの顔。…いや、だけど。 「掃除上手なのは?」 「マリア、だな。」 …そうだ。掃除となると隅から隅まで、本当に夢中になってしまう。些細な汚れも見逃さない。ドイツより鬼だ、とイタリアがぼやいていたのは、いつの大掃除だったか。 「じゃ、いざというときたよりになるのは?」 ………。 返せずにいると、姉さん、なのはわかってるよ。とガブリエルの声。 …とっさの決断力なんかはガブリエルの方が上だ。けれど。 困ったときにフォローをいれてくれるそのタイミングとか、的確さは、断然、マリアの方が上なのだ。 「ほら。父さん似。で、俺がどっちかというと母さん似。」 …ううむ。そう……なのか? 「うひゃあ!」 「わああ!」 庭の方から突然上がる悲鳴。 洗濯物を取り入れようとして失敗したのか、わたわた慌てている二人に、ガブリエルと同時に席を立つ。 「あーあー…。」 「まったく…イタリアもマリアも…。」 呟いて、気付いた。ああ。そういうことか。 「ガブリエル。」 「ん?」 「どちらにも似ている、んだと思うぞ。」 二人とも。…俺たちの子供なんだから。 そう言えば、彼はきょとんとしてから、少し困ったように。…イタリアとマリアが、俺にそっくりだという笑顔で笑った。 戻る . ふざけるな! 怒鳴りつけると、びくん、と目の前の体がふるえた。 けれど引かない。俺は怒ってるんだからな、イタリア! 「……て…もん」 「なんだ!」 「ふ、ふざけて、ないも、ふぇ、えええ…」 ぎょっとした。ぼろぼろ流れ落ちる大粒の涙。こんな風に泣くのを見るのは、かなり久しぶりだ。 「うええぇドイツのばかー!」 どえすーあほーと続く罵倒に頬をひきつらせる。久しぶりではあるが、おまえの泣き顔には慣れてるんだからな! 「っ、元はといえばおまえが!」 「あたまいたいー!」 「だか……は?」 あがった、関係ない言葉に瞬く。 つらいーもうやだーとさらに大きくなる泣き声に、まさか、とその額に手を伸ばす。 「!おまえ熱があるじゃないか!」 「知らないようううもうやだー!」 わんわん泣く彼女をああもう、と抱き上げて。 「そんな状態で家事するからあんな危ないことになるんだろうが!」 「だ、だってドイツ、帰ってくるから、俺、そうじとか、ごはん、ううっ」 そうだ。仕事に疲れて帰ってきたら、家の中がぐちゃぐちゃで。子供たちが2人とも留守なのは知っていたが、それにしてもひどすぎる惨状を怒鳴りつけたところから喧嘩が始まったのだ。 「ああもう!俺は!」 おまえが笑っていてくれればそれでいいのに。こいつは十年経ったってなんにもわかってないらしい! 「…とにかく休め、イタリア。」 「ううー…」 「な。」 「…ドイツもう怒ってない?」 「怒ってないから。…寝ろ」 その体をベッドに下ろし、額にキスをして、とりあえずいるもの、を頭の中で整理しだした。 相変わらず俺はイタリアに弱い。そう自覚しながら。 戻る . するり、と首に回った、真っ赤なものに少し、ぎょっとした。 「どーいーつー…。」 「…イタリアか…。」 何かと思ったら、それは、絵の具で基本真っ赤に、ついでに黒とか黄色とか混じった色に染まった、イタリアの腕だった。 なにか思いついたらしいイタリアが今日は朝から延々アトリエにこもっていたのは知っていたが。 日付が変わって、ようやっと満足がいったのだろう。 アーティスト、の国であるイタリアには、たまにあることだ。 「大丈夫か?腹減ったか?」 「…すいたけど…それより眠い…。」 どうやらシエスタも忘れるくらいに熱中していたらしい。やれやれ。 「寝るな。手をどうにかしてからにしろ。風呂に入れ風呂に。」 「…んん…むり…。」 「ああこら、顔をこするな。」 目の下に黄色と黒のストライプ。美しい琥珀色の瞳は、もうまぶたに隠れてほとんど見えない。 やれやれ。ため息をついて、読んでいた本を置き、その体を抱き上げる。 「んん…。」 眠っているやつを風呂に入れるのは、苦労するのだが。仕方ない。 もうこっくりこっくり船をこぐイタリアを、風呂に入れ、その爪の間にまで入り込んだ絵の具を落として綺麗にし、髪を洗って、トリートメントして、その体を風呂からあげて、タオルで拭いてパジャマを着せて髪を乾かして、水を飲ませて、その体を寝室へ運ぶ。 イタリアの世話をすることにかけてはプロフェッショナルだ、という自信があるぞ、まったく。すでにすやすや夢の中、なイタリアを見てため息。 この分では、明日の午前中は起きてこないだろうな。では明日の朝食は、と考えながら、寝室の扉を開く。 ベッドに、そっと寝かせれば、離さない、とばかりにぎゅう、と首にまきついた腕に力が入って。 「…はいはい。」 その隣りにすべりこむ。抱きしめる、温かい体。 「…ドイツ、」 すき。ふにゃり、と笑った。幸せそうな寝顔。 …それが見れるだけでもう十分だと、全てを許せてしまう、なんて。まったく。とんだ馬鹿だと自分でも思う。 けれど、それが嫌ではないということが、きっと。 彼と共に長い時間を過ごして来た、その答えなのだろうと、思う。 「俺も愛している、イタリア。」 戻る . 「ママ、寝ないの?」 そう声をかけると、ママは、ああ、もうちょっとだけ。とそう、笑って、雑誌に目を落とした。 「これ読み終わったら、寝るよ。」 …うそつき。とっくに読み終わってるくせに。 ママはただ、パパを待ちたいだけだ。 長い出張に行ってるパパが帰ってくる予定は、明後日だけど、予定より早く帰ってくるのはよくあることだから。まあ延びることもよくあるんだけど。 だから、予定日が近くなるとこうやって、ママが夜更かししだすのもいつものこと。 そわそわそわ。誰を待ってるのか、なんてわかりやすすぎる。 「じゃあ、私ももうちょっと起きてよーっと。」 そう言って座ったら、んーじゃあ。とママが立ち上がった。 「甘いもの食べたくない?」 「食べたい。」 そう言ったら、くす。と笑って。 キッチンに行って、冷蔵庫をのぞいて。 取り出したのは、ひとつ、ケーキだ! 「どうしたの、それ?」 「ハンガリーさんにもらったんだ。」 超おいしいらしいよ、と。ママが持ってくるのは、ケーキの乗ったひとつのお皿と、フォーク二本。 「はい、俺と半分こ。今夜は特別。この事は、二人だけの秘密だよ?」 しい。と言われて、はあい。と答える。ガヴィは先に寝ちゃったし。パパはいないし。ママと、二人だけの秘密、だ。 ウィンクひとつ。…ママはとっても美人だから、笑顔でそういう仕草がとっても、綺麗だ。 「これ食べ終わったら寝なよ?夜更かしはお肌の敵なんだから。」 「ママも、パパ待ってるならベッドでね。ソファで寝ちゃダメよ。」 「…はーい。」 会話を交わして、くすくす笑った。 「あれ?」 「ああ、おはよう。マリア。」 優しい笑顔に、パパ。と呟く。 今日の朝ご飯当番は私だから、朝早くに起きてきたんだけど。 新聞を読んでいるパパの姿が、リビングにはもうすでにあったわけで。 「帰ってくるの明日じゃなかった?」 「ああ、早く終ったんだ、一応、日付が変わったころに帰ってきた。」 「…ママは?」 「…まだ寝ている。」 どうやら、パパが帰ってくるのを待って、それから一緒に寝たんだろう。なかよしー。 「いいの?勝手に出てくとまた、ドイツのばかーって言い出すよ?」 何で先に行っちゃうのー!ってぎゅうぎゅう抱きついている姿は、よく見る光景だ。 「まあ、後で起こしにいくさ。」 「そうしてあげて。」 なんだかんだ言って、パパがいないと寂しそうなんだから。ママは。 「それより前に、マリア。」 「なあに?」 おいで、と手招きされて、近づいていくと、寝癖ついてる、って髪を撫でられた。 「えっ」 「髪結んでやろうか。」 「やった!」 わーい、とパパに背中を向ける。櫛で、髪を梳く感触。 「どうしてほしい?」 「そうだなー。じゃあ三つ編み!」 「はいはい。」 パパの指が髪を撫でる。とても優しい指使いにがとてもうれしい。 「……少し会わないうちに、キレイになったな」 「ほんと?うれしい。」 「ああ。」 とても。そう優しい声が言う。 「ありがと、パパ。」 そう言いながら、こっそりと、それはママに言ってあげた方がいいよー。と思う。 パパの柔らかい声は、…ちょっと心臓に悪い。 するする、と髪を整えていく手を楽しんでいると、ばたばたどた、と階段から降りてくる音。 「あ。」 「…起きたのか…。」 たぶんこれ、ママだ。そう思って入り口の方を見てると、ば、と走りこんでくる姿。 「どい…ああああ!いーなあ!!マリアずるいー!」 俺も髪くくってー!と騒ぐママが、パパに突撃する。こら、イタリア!ばらり、と髪が離された。 「俺もー!」 「わかったわかった。マリアが終ったらな。」 「んー。…あとドイツ、先出てかないでよ。ひとり寂しいじゃんか。」 「悪かった。」 「ひどいよねえマリア。そう思わない?」 ぎゅう、と抱きついてくるママに、くすくす笑っていると、髪に触れる手。また、三つ編みが綺麗に作られていく。 「ドイツは器用だねえ。」 「そうか?」 会話を聞いていると、また、階段を下りてくる音がした。 「おはよう。母さん、姉さん。お帰り、父さん。」 さっきのママより断然静かに姿を現したのは、ガヴィだ。おはよう。みんなで返事をして。 「ところで、父さん、母さん、ちょっとずるいんじゃない?」 「なにが?」 きょとんとしていると、すたすた歩いてくる弟。あっ、もしかして昨日ケーキ食べたのばれたかな!? そう思っていたら、私の座ってるソファの背もたれに腰をかけて、私の手をとって甲にキスを 「姉さんとらないでよ。」 俺も混ぜて…って。 柔らかい笑顔。そーいうのは彼女にしなさに、と言いながら、思わず、笑い出してしまう。 「わーい私もてもて?」 「当然!」 うちのお姫様なんだから。そう言って、ママが頬にキスをした。 戻る |