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「あーもうわっかんない!」
両手を机の上に投げ出した姉さんの姿に、今日は早かったなあとこっそり思う。
週に一度の日本語と英語勉強会の日はまあ、よくある光景ではあるけれど。

「あきらめたー…」
「こら、簡単に諦めるな。」
「…じゃあパパにはわかるのね?徒然草。」
言い換えされてぐ。とつまる父さん。あ、苦手なんだ。日本語の古典は結構得意なくせに。誰のためだか、なんて思わなくもないけれど。

「ケイは!?」
「鏡の国のアリスです。」
「いいなあ私も物語がいい…」
「そう言って逃げるから課題出されるんじゃないですか。」
「うー…」
やだーって。そんなわがまま言われても。

思っていたら、かたん、と父さんが立ち上がった。向かう先は閉まったドア。
がちゃり、と開けば、母さんが両手にお盆持って歩いてきたところで。
「ありがとうございます、イギリスさん。」
「いや。」
「…ねえ、今なんか聞こえた?」
姉さんの潜めた声に首を横に振る。なにも。なのにどうして父さんは、母さんが来てることに気づけたんだろう?いつものことだけれど謎、だ。

「お茶が入りましたよ。」
「ちょうどよかった。エリがわからないって投げ出したとこだ。」
「おや。エリは随筆、とことん苦手ですねえ。」
「だって、」
「ほら、どこですか?」
「えっとね」
母さんに教えてもらう姉さんを見ていると、ほら、ケイ。と差し出されるグラス。ありがとうございます。と受け取って。
「エリは相変わらず日本の言うことには素直に従うんだよなあ」
ぼそっと言う父さんに、そうでもないと思いますけど。と呟く。姉さんが従うのは、自分が納得すること、ただそれだけだ。

「ところでケイ」
「はい?」
「おまえ1ページも進んでないのは気のせいか?」
…ははは、と視線をそらしたら、逃げない。と頭を押さえて元に戻された。


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「はー…」
エリとケイは相変わらずかわいいあるなー。父親に似ず。感慨深そうな声を聞きながら、小さく苦笑。
遊びにきた中国さんの腕の中には、四つと三つになったエリとケイが抱き上げられている。中国さんが二人を気に入っているように、この二人も中国さんが大好きだ。お話聞かせて、とせがむ姿。

一方で、少し眉を寄せたイギリスさんの姿も、視界の端に捉えながら、相変わらずですねえとため息。
中国さんがイギリスさんを嫌っているのはいつものこと。

「二人は父親みたいになっちゃだめあるよー?」
「…ちゅうごくさんは、父さんのこと、きらい?」
ケイのあどけない声に、えっ、とエリも声を上げる。
「パパのこと嫌いなの!?」
「えーあー…」
さすがに子供たちに向かって嫌いだというのには抵抗があるらしい。弱った表情をする中国さんに、追い打ちがかかる。

「私、パパも中国さんも大好きよ。だから、二人にも仲良くしてほしいわ!」
「僕も。」
きらきらした子供たちの瞳に、うう、と中国さんがたじろいで。
「に、にほん〜」

情けない声に、思わずイギリスさんと顔を見合わせて吹き出した。




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ぱあん!とクラッカーの音。
誕生日おめでとう、と言えば、驚いたように見開いた目が、困ったような色になる。
「ありがとうございます。けど…いい加減そうやって、サプライズにするのやめません?」
「やだー」
ケイの言葉に、エリの否定。その即答っぷりに噴き出しながら、イギリスさんが言う。
「だそうだ。」
「来年も、覚悟しておいてくださいね。」
最後に付け足せば、困り果てた表情。
「姉さん…」
もう、弱ったなあ。そう呟く彼に、みんなで顔を見合わせて笑った。

ケイの誕生日は八月だ。だから、誕生日パーティーを毎年する。
ただし、ケイの誕生日にやるとは限らない、のだ。

毎回、3人で計画して、いつやったら効果的か、どうやって準備するか、ケイには内緒で話し合って。
ケイが遊びに行っている間とかに、準備をしてしまう。あとは、帰ってきた彼にぱあん!とクラッカーを鳴らせばいいのだ。
丸くなるその瞳は、小さな頃から変わらないまま。

「ほらケイ!どう?味は。」
「おいしいですよ。とても。」
「ケイ、口の中に物入れたまましゃべるな。」
「む、」
「はい、紅茶どうぞ。」
優しく和やかに過ぎる時間。うれしそうなケイの顔を見るだけで、こちらまでうれしい気分になってくる。

…ほんとは、知ってる。エリがこうやってサプライズパーティーを開く理由。
私たちを励ますためだ。
八月はいろいろと、あった月だから。落ち込んでいるつもりはないのだけれど、気づかれてはいるようで。
だから、出来るだけ楽しくなるように、私たちも楽しむのだ。ふわふわのケーキにおいしいご飯、おいしい紅茶。できる限りのものを用意して。

「ありがとうございます、みんな。」
ケイの笑顔に、どういたしまして、と笑顔で答えた。


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「はい、母さん。」
渡された包みを、ありがとうございます、と受け取った。
母の日のプレゼントだそうだ。ちなみに、エリからはしおりだった。綺麗な模様の入った、手作りの。
がさがさと包みを開くと、現れるのは、一枚のハンカチ。
綺麗な刺繍が入れてある。これは…桜だ。

「綺麗な桜ですね」
そう言ったら、よかった。とため息。
「なかなか大変でしたから…」
「大変…ってこれ、もしかしてケイが刺繍を?」
うなずく彼に、目を丸くして。
「父さんに教わったんです。楽しかったですよ。」
うれしそうなケイに、そうですか、と小さく笑う。

それはきっと、ケイよりイギリスさんが喜んだだろう。エリは途中で挫折していたから。
「ありがとうございます。」
笑ってみせると、ケイは安心したように笑った。


「…日本、これ。」
「はい?」
差し出されたハンカチを受け取る。ケイにもらったものと同じだけれど…ケイの分は、今机の上に置いたところ、だし。
くるりとひっくり返すと、こちらも花の刺繍。…赤い薔薇と、黄色い菊、の。

「…か、勘違いすんなよ、ただ、ケイに教えるために作ってたやつ、もったいないなと思って仕上げた、だけ、だからな!」
だけ。らしい。…だけ、で、こんな図案にしますかね。彼と私の花。寄り添いあうような、そんな絵に。
そう思うけれど、言わないであげることにした。

「ありがとうございます。」
笑って言えば、イギリスさんはおう、と言いながら視線を逸らしてしまった。


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「…パパって、犬だと思うんだけど。」
「はい?」
ケイが振り返ると、エリが庭の方を眺めていた。
視線を追うと、庭で、ポチくんと遊ぶ父さんの姿。

「…僕はうさぎだと思いますけど。」
「えーでも、ママに対する態度は犬じゃない?でっかいやつじゃなくて、小さめの。きゃんって鳴きそうな。」
その一言に思わず、吹き出した。きゃんって鳴きそうな!

「いやまあ…わかります。はい…大型犬なのは、ドイツさんとか、ですよね?」
くすくす笑いながら言うと、そうそう!と返事。
「あとは…ロマーノさんは猫よね、イザベルも。」
「オーストリアさんとベアトリクスは、鳥ですか?」
「そうね…フランスさんは…何かしら」
「シカとか?」
「えー…」

二人であーでもないこーでもない、と言っていると、庭の方に人影。
庭に一度立ち止まったその人は、やめろよポチーと遊んでいてまったく気付いていない父さんを見て。
つかつか歩み寄り、その背中に抱きついた。

「うおっ!?…日本?どうした?」
ぎゅう、としがみついて離さないその様子を見ながら、ママは猫よね、とエリがつぶやく。
「あまり人になつかないけれど、主人と決めた人には甘える、ですか?」
「そう。」
でもって、主人が別のものに夢中になるとヤキモチやくと。
こっちを見たエリと、苦笑しあって。

「ポチ、いらっしゃい!」
「僕たちと遊びましょう」
とりあえず、巻き込まれたかわいいうちのわんこを救出することにした。
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目覚めて最初に見えたのは、長い指だった。
ページに添えられたそれが、ぺら、とページをめくるのをしばし見て。
もぞり、と動くと、起きたか。と声。
「…ええ。」
一応、と体を起こすと、背中に掛けられた毛布。…気遣いに頬がゆるむ。

「あんまり夜更かしすんなよ」
「すみません。本がいいところだったもので、つい。」
これ?と示す彼に、うなずく。つい先日発売したばかりの本だ。おもしろくて、つい夜遅くまで、というか読み終わった後机に突っ伏して眠ってしまったわけで。

はあ、と息を吐いて目をこする。眠い。
「今日休みだろ?寝直すか?」
「…でも変に寝ちゃうと寝られなくなりそうで…」
それに、朝ご飯も作らないと。最近エリに任せっぱなしだったから。
「…じゃあ」
来い。って腕を引かれて、ソファの方へ。

すとんと、座った彼に、ほら、と膝を示される。
「…え」
思わず立ち止まると、強く引かれる、腕。
「いいから。」
そのまま、仕方なく彼の膝の上に頭を乗せる。…ちら、と見上げたら、耳が真っ赤だった。私の方が恥ずかしいですよ!もう!でもこういうこと、してくれるようになったのは、結婚してからだ。

「起こしてやるから。」
そう言って優しく頭を撫でられると、ゆっくり意識がまどろんできて。
「…絶対起こしてくださいよ、」
「わかってる。…おやすみ、日本。」

おやすみなさい、は吐息に消えた。


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「1月30日と3月25日と10月30日さあどれがいい?」
帰って来るなりエリに勢い込んで言われて、はあ?と瞬いた。

「誕生日?俺の?」
「そう。ないなら決めちゃおうって」
だって、みんなのお祝いしてるのに、パパだけしないの不公平だもの!…らしい。
「で?1月30日は、同盟締結か。10月30日は、結婚記念日だし、…3月25日?」
「冬夏秋はいるから春かなあと思いまして。」
…日本が冬、ケイが夏、エリが秋生まれってことか?
ふうん。呟くと、で、いつがいい?ともう一度聞かれた。
別にいいぞ、とか言ったって引かないんだろうなあ…
頑固なところはそっくりだからな、どっちに似たんだか…まあ、どっちもか。
…ならば、選ぶのは、どれかって。

「…3月25日。」
「ほらやっぱり!」
言ったでしょう、パパならそうだって!
エリの自慢するような声に、ん?と首を傾げる。
「他の記念日は減らしたくないんでしょう?ちゃんとお祝いしたいから。」
「イギリスさんはそういう気遣いをする人だって話してたんですよ。」
ケイと日本の言葉に苦笑。大当たり、だ。
「じゃあ、毎年3月25日はお祝いするからね、忘れないでよ!」
「わかった。…ありがとな。」
小さくお礼を言うと、三人はうれしそうに、照れたように笑った。


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「ただいま。」
声をかけるが、返事がない。あれ、電気はついているのに?
そう思いながら、とりあえず中に入る。途端にぴしゃっ!と、外を明るく照らす雷光。…今日は夜が更けるにつれてだんだん雷が激しく…ああ。
気付いて、リビングをのぞくと。…ほらいた。布団おばけ。日本、雷苦手なんだよなあ。

「日本。」
声をかけながら、そっとその布団をめくると、いぎりす、さん、と声。
その瞬間にすさまじい轟音!
「ひっ!」
声を上げた彼女に抱きつかれる。がたがた震える日本に、あーよしよし。と頭を撫でて。

「怖かったな。子供たちは?」
「…寝かしました…。」
震える声。ちょっと泣いているのかもしれない。
がんばったんだろうな。きっと。エリとか恐がりだから、大丈夫ですよって優しく言って二人とも寝かしつけたんだろう。
そして、寝た瞬間にこの布団持って来て、雷が聞こえないように見えないように、俺のこと待っててくれたんだろう。

よしよし。頭を撫でて、ぐすぐす言い出した彼女が落ち着くのを待つ。
雷は、さっきのが一番近くて、後は遠ざかっていくだけらしい。だいぶ音も光も遠のいて。
…もうちょっと降っててくれてもよかったのに。そんな風に思ってるのばれたら、日本、怒るかもな。
そう思って苦笑した。



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