「兄様?」 呼びかけながら部屋に入ってきた小さな影に、どうしたの、ベアトリクス?と声をかける。 「あ、お母様、兄様を見ませんでしたか?」 「見てないけど。いないの?」 こくん、とうなずく彼女に、じゃあ外遊びに行ったかしらねえと呟くと、でも靴はあるんです。だそうだ。 なら家の中にはいるのか。ううむ。 「全部の部屋見て回ったんですけど、いなくて…」 「ううーん…どこにいるんだろ…」 部屋の中にはいなくて外にも出てない?なら… 考えていると、上からばん!とドアか何かを開ける大きな音と、あー埃っぽいー!と怒鳴るマックスの声。 「上にいたみたいね?」 とうさーん、ほんとにここにあるのかよー 遠くから聞こえる声からすれば、オーストリアさんも一緒らしい。 「でも、私二階は全部見ましたよ?」 いなかったんです。困惑ぎみの表情に、あ。と思いついた。 「ベアトリクス、行ったことなかったか。」 「はい?」 「屋根裏部屋。」 かなり古いものをいれてある部屋だ。 昔から持っている貴重なものや、危ないものを、子供たちから隔離するために倉庫にしたから、行ったことはなかったはず。マックスは、やんちゃだけれど分別はあるからもう大丈夫だろうと、入ることを許可していたのだけれど。 「ベアトリクスは…」 まだ小さいから。言う前に、その表情の変化に気づいて口を閉じる。 「屋根裏部屋…」 あらら。きらきらと瞳を輝かせちゃってまあ。興味津々、らしい。…ううん、まあ、ベアトリクスかしこいから大丈夫かな。上でオーストリアさんにも聞いてみよう。 このかわいらしい少女には、家族全員甘いからきっと大丈夫だと思うけど。 「お父さんがいいですよって言って、一つだけ約束守れるなら連れて行ってあげる。」 「何ですか!?」 「危ないから、お父さんかお母さんと一緒じゃなければ、行ってはいけません。お兄ちゃんじゃだめよ、オーストリアさんか私ね。」 「わかりました!」 いい返事。くしゃと頭を撫でて、じゃあ許可もらいに行こうか、と、秘密の部屋の入り口へと歩き出した。 戻る . うさぎさんだと思ったらしい。最初は。 髪の銀が白い毛に見えて、かつ赤い目=うさぎさん、という思考回路で。 最初はさすがに眉をひそめたが、自分の名前も満足に言えないころの、お人形みたいなベアトリクス相手だ。まあいいかと諦めて。 「うさぎ、さん。」 ある日、そう呼んでとてとて走ってくるのが危なっかしくて仕方なくて、抱き上げたらきょとんとしてから、せきにんとってくださいねって、ぷんすか怒っていた。 どうやら、家族以外に抱き上げられたのが初めてだったらしい。人見知りする彼女は、他の人間に会うと、誰かの後ろに隠れてしまうから。…うさぎさん、だからか、俺様は平気だったけれど。 「責任って…どうやってだ?」 尋ねると、おおきくなったらけっこんしてください!っておお。 かわいらしい少女の言葉に、満更でもなく笑い、いいぞ、と言おうとしたその瞬間。 背中に刺さる、殺気、ふたつ。 「…うさぎさん?」 「あー…ほらベアトリクス、兄ちゃん帰ってきたぞ」 「!おにいさま!」 下ろしてやれば、門をくぐったところの、少年に抱きつきに走っていって。 はああ、とため息をつきあがら、おそるおそる振り返る。 「あんたなんかにはぜっっったいあげないから。」 「万が一、の時には命はないものと思ってくださいね。」 絶対零度の声と視線。ふくれあがる殺気。 …てめえら二人を敵に回す勇気はねえよ、とつぶやいて。 「まったく覚えてません。」 はっきり言いやがったベアトリクスに、はああ、とため息をついた。 「だろうな…。」 「はい。」 俺に結婚してくださいって言ったんだぞ、おまえ。って言ったら、オーストリアそっくりの不審そうな顔しやがって…たく… だとすれば、覚えているのは俺だけ、なんだろう。あーあ。ちょっとはからかえるかとか、思ったのに。…少し、寂しい気も、する。 「でも。」 「ん?」 顔を上げると、本にまっすぐ落とされた視線。 「好きか嫌いかで言えば、好きですよ、プロイセンさんのこと。」 家族として、友達として。鈴の鳴るような声がそう告げる。思わず返事に窮して。 「…お、う…」 それだけ答えることしか、できなかった。 戻る . 「オーストリアさん!見てあれ、すっごい!」 わあああ、とうれしそうな笑顔を見せる彼女に、小さく笑って。 「ええ、本当に。」 そう囁いて、彼女の手にそっと、自分の手を絡めた。 びくりと震えた彼女は…少しの後、きゅう、と握り返してくれた。 旅行に行きませんか、と誘いをかけてきたのは彼女の方だ。 「ええとその、結婚式、来れなかった子たちから、ぜひ一回遊びにきてほしいって連絡来てて…どう、ですか…?」 そんなにおそるおそる聞かなくても、私が断るわけないんですが。 こくんとうなずけば、彼女はぱああ、と輝くような笑顔を見せてくれた。 最近、まずい、と思う。 結婚してから…いや、婚約、したころからだ。 なんだか、彼女が魅力的に見えて仕方が無い。 優しい笑顔、タイミング完璧に差し出されるティーカップ。 いつのまにか綺麗になっている部屋。おはようございます、おやすみなさい。柔らかい声音。 …つい、キス、してしまいそうに、なる。 怒る…だろうか。いや、怒らないと思う。けれど、顔を真っ赤にしてしまうかもしれない。ちょっと潤んだ瞳で、見て、きて。 …うわ。 想像だけで、どくん、と心臓が高鳴った。まずい。これは…まずい。 ずっと、こんな状態だった。 そんな中で彼女と二人きりで旅行、なんて。 …おかしくならないわけもなくて。 「オーストリアさん…楽しくない、ですか…?」 不安げな表情で訴えてくる彼女に、ああ、やってしまった、と思った。 気もそぞろ、もいいところ、だ。いつカフェに来て昼食をとったのか、も覚えていない。 ハンガリーしか、見えてなかった。 「…ごめんなさい、私ばっかり、浮かれて…。」 しゅん、としてしまった彼女に、言い訳、よりも先に、欲、が体を支配する。 手を伸ばして、頬に触れて、驚いたように顔を上げた彼女に、 キス、を。 「……へ?」 「とりあえずハンガリー…それ以上私を煽るのはやめてください。…観光どころでは、なくなるので。いや、もうない、という方が正しいんですが。」 「へ、へ!?」 「あなたで一杯で…旅行どころじゃないんですよ。どうしましょうかね?」 「………っ!!!!!!」 一瞬で真っ赤になってしまった彼女が本当にかわいくて、思わずその頬にキスを落とした。 戻る |