「はいこれ。」 わくわくなバレンタインデー。 愛しい彼女から渡されたのは、日本では義理チョコ定番チロルチョコ(五個入り)。 「…え。」 固まっている間に、じゃ。とエリは歩き去ってしまって。 はあああ、と深くため息。崩れ落ちるようにしゃがみこむ。 「…こーれーはそういうことかー…?」 何回か、思うことはあった。…好きな気持ちは一方通行、なのかなあと。 いや、好きとか言ってくれないのは、照れてるだけだと思っていたのだ。つん、としているのはいつものことだから。 だけれど。 いつも、好き、とは言ってくれないから。…俺の勘違いなんだろうか、と。 好きだからつきあって、と言ったら、仕方ないわね、と言ってくれたんだけど。 はああ、ともう一度ため息。 「へこんでますね。」 後ろから声。振り返ると、何だか楽しそうな笑顔のケイの姿。 「…何だよ」 「おもしろい話あるんですけど、聞きます?」 「は?」 「姉さんの。」 「!」 つい反応してしまったら、くすくす笑われた。手招きされて耳を寄せる。 「実は…」 ぐすん、と鼻をすする。 バレンタイン、だから。頑張って、気合い入れて、作ったのだ。チョコレートのクッキー。 だけれど、気合いが入りすぎたのか、………焦がした。 茶色通り越して真っ黒な、クッキーのなれの果てを見て、深くため息。 結局、チロルチョコを渡してきた。…用意する時間もなかったから。 …ほかの料理なら勝てるけど、お菓子に関しては、負けるから。すごいがんばった、のに。 …好きって、言おうと、思ったのに。 こんな機会でもないと、言えないのに。 ぐすん、と鼻を鳴らす。がさり、とクッキーの入った袋が鳴った。 「…ーっ!」 立ち上がって、その袋を振りかぶって足を振り上げて投げようと… 「っと」 「!?」 手の中から、感触が消えた。けれどモーションを止められなくて、空の手で投げきってから、慌てて振り返る。 そこにはがさがさと袋を開けて黒こげ取り出してるマックスの姿! 「ちょっと!」 「いただきまーす」 「!」 さく、と焦げたそれを食べてしまった! 「な、何やって」 「まっず」 「っ!な、なによ!」 わざわざ言わなくたっていいじゃない馬鹿! 泣きそうになっていると、でも、と言われた。 「でも。これがいい。」 「え…」 「俺のために作ってくれた、世界で一つしかない、これがいい。」 ありがと、なんてさわやかに笑うから。 なにも言えなくなってうつむいた。 「…何で、知ってるのよ…」 「ケイが教えてくれた。」 「あのバカ…」 余計なことをするんだからあいつ…。 うつむいて、そのまま、頭を彼の胸に当てる。深呼吸。言える?…がん、ばる。 「エリ?」 「………すき…」 かすれた小さな声で、呟いた。 しん、と静まりかえってしまって、かああ、と頬が熱くなる。 何よバカ!と叫ぼうと口を開いて、ぐ、と抱き寄せられた。 ひゅ、と息を吸って、声が出なくなる。 「な、な、何よ!」 おろおろと逃れようとしたら、ぐい、と強く抱きしめられる。 胸に押しつけられる顔。ふわ、と男の人の匂いがして、どきどきした。 「…もう少しだけ、このまま…」 熱っぽい声でそんなことを言うから、ほんの少しも動けなく、なった。 世話見のいいお兄さん彼氏×ツンデレ純情乙女彼女 戻る . ばらり、と物語へのドアをめくる。 ファンタジーは好きだ。めくるめく世界。魔法と剣の世界。恋愛小説とかもおもしろいけど、そういうのはエリの担当範囲だし。 ばら、と一枚、ページをめくる。進んでいく世界。はらはらどきどきな、物語が進む。 …と、背もたれが動いた。 「もう、リリー?」 「あ、ごめん、ベアトリクス。」 背もたれにしていたリリーの背中を振り返る。 彼の方は、旅行記を読んでいるようだ。山の写真が見える。 いつ見ても綺麗な、美少女のような顔が優しくこちらを見ている。 「疲れました?」 「疲れてはないけど。…ただ、ちょっとじっとしてるのが苦手で…」 苦笑いした彼に、ならいいですよ、と、かけていた重心を戻す。 「もたれていいから。ね?」 ぐい、とまた、体を後ろに倒される。 今度は、後ろから抱きしめるように座らされて、少し落ち着かなくなる。 「お、落ち着かないんですけど…」 「そう?」 いいじゃない。そんな風に抱え直されて、うー…と呟く。 「…それとも、僕に抱きしめられるのは嫌?」 耳元で囁かれて、一気に体温が上がり、そういうことするから嫌なんですよ!と振り返って怒鳴った。 戻る . マックスーと呼ばれて、手を広げた。 「マックス!」 胸に飛び込んでくる、ふわりと柔らかくて軽い体。 「マリア。おはよう」 「おはよう〜」 華やかに微笑む彼女は、まるで天使のようだ。 額にキスをするとうれしそうな笑み。かーわいい。恋愛表現の豊かな彼女は、いつも元気だ。会うときはこういうふうに嬉しそうに笑う。俺が大好きだと、そう笑う。 もう愛しくて仕方がない! イタちゃんもそうだったけど、マリアの可愛さはほんと反則よねえ、甘やかしたくなるもの。そう言ったのは母さんだ。 「今日は、つきあわせてごめんね?」 「俺以外の男呼ばないでくれたからいいんだよ。」 「もー…」 困ったように笑う彼女に、小さく笑った。 「で?ガブリエルの誕生日祝い?」 「そう。毎年あげてるともうネタつきちゃって…」 「なるほど。」 小さく苦笑して腕を差し出す。 どうぞ、レディ?と笑って言えば、ぱあ、と笑って飛びつくように腕を組んだ。 戻る . 「お邪魔しまーす」 「はいどうぞ。」 ケイは、彼女を自宅に招き入れた。 色っぽい話では、まったくない。断じてない。 ただ、父さんと母さんの花壇を撮りたいと言う彼女の要望で。 「なーによ、うれしくなさそうね」 かわいい彼女が会いに来たのに。そう笑うサラに、よく言うよ、と肩をすくめる。 「写真のついでに彼氏に会いに来たくせに。」 いいからこっち、と庭へ歩き出す。 「馬鹿ねえ」 「は?」 振り返ると、くすくす、と呆れたように彼女は笑って、とん、と額をつついてきた。 「写真がついでに決まってるじゃない。」 楽しそうに笑うのに、思わず、顔を赤くしてしまった。 「ん?ん?照れた?照れた?」 「ちょ、あーもう、」 顔をのぞき込んでくる彼女から顔を逸らすのに、カメラ片手にのぞき込んでくるんだからこの子は! 「撮らないでください!」 「いやよかわいいのに」 「か、か!?」 「ハーイこっち見てー」 「見・ま・せ・ん!」 戻る . ゆっくりと目を開けると、おはよう、ルキーノ。と呼ばれた。 「…おはよ…。」 「シエスタにしては長すぎるよ?」 「んー、ちょい寝不足で…。」 あれ。これは誰の声だっけ?家族のだれか、ではない声。けれどとても、聞き覚えのある声。少しだけ、首を傾げて。 ああ、そうだ。これは愛しい、彼女の声。 「なんでマリアがうちにおるん…?」 「うーん。どこかの誰かさんが待ち合わせ時間をとうに過ぎても現れないから、かなあ?」 待ち合わせ?待ち合わせ… デート! がばっと起き上がると、そこには困ったように笑うマリアの姿。 「ご、ごめん!」 「いいよ、いつものことだもん。」 「…ごめんな…。」 へこんでいたら、彼女はいいってば、それより、と言った。 「それより?」 「…手、離して…?」 そう言われて初めて、自分が手を握っていたことに気がついた。 ごめん、と離して、着替えてすぐに出ることを約束して、マリアが部屋の外に行くのを見送って。 …あれ。そういえば、いつもなら問答無用にたたき起こされるのに、今日は起きるまで待っててくれたんか? 首を傾げて、だけれど部屋の外から聞こえた5分以内ねーと言う声に大慌てで着替えだした。 ぱたん、とドアを閉めて、マリアは、握られていた手にそっと触れた。 「…あんなに幸せそうな声で呼ばれたら、起こすものも起こせないよ…ずるい。」 聞こえないように呟いて、放っておいたら二度寝しだす彼氏を急かした。 戻る . ※会話のみ 「さっさと帰る!」 「いーやー!マックスのばかあ!せっかくのシャッターチャンスを」 「人様の家入り込んで何言ってるんだおまえは!ほら歩く!」 「きゃーちょっと私のハニーを乱暴に扱うなって何度言ったらわかるのよ!」 「はいはい壊されたくなかったらさっさと歩けって」 「うー……マックスのばか…」 「…へこんだふりしてもだめなものはだめ。」 「…いいもん、あんたの写真売りさばいてきゃー!だからハニーはだめーっ!」 「おまえさあ、仮にも彼氏の写真売りさばいていいのか?」 「公私混同はしない主義だから。」 「(…人の写真売りさばくのは公、か?)」「それに。」 「それに?」 「本人が私のものなら、その他(と書いてしゃしんと読む)はどうでもいいのよ。」 「……(わしゃわしゃ)」 「ちょ、頭かき回さないで髪型がっ!」 「…おまえかわいいな」 「何よ今更気づいたわけだからやめてー!髪がー!」 戻る |