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すみません、こんな日にまで仕事だなんて、と申し訳なさそうにするから、そんなことないですよ、と苦笑。クリスマスコンサートで、オーストリアさんが指揮を務めることになっているのだ。

「パーティには間に合う時間ですし。」
「コンサート楽しみにしてるから!」
「私もですわ。」
子供達の明るい声に、オーストリアさんはほっとしたように微笑んで。
そんなオーストリアさんの、髪をブラシでとかす。ほかのことはもうばっちりなのに、どうして出て行く間際まで寝癖が跳ねたままなんだろう。と思う。
尋ねてみたら、そんなの当たり前じゃないですか、としれっと言われた。

「放って置いても、ハンガリーが直してくれるでしょう?」

その、全幅の信頼みたいな言葉に、ついかああっと赤くなってしまって。
「…ベアトリクス。」
「はい。お父様、私達、マリアたちの家に寄ってからコンサート会場にまいりますので。」
「それまで二人きりでごゆっくり〜。」
そそくさと逃げ出した二人に、ちょ、ちょっと!二人とも!と声をかけても、ばたん、とドアが閉まる音だけが返って。
「…やられましたね。」
くすくす、と楽しそうなオーストリアさんの声に、楽しくないですよ、もー…と呟いて。
「ああ、そうだハンガリー。」
「はい?」
「今日のコンサート、ちょっとしたプレゼントがありますので。」
寝ないで聞いててくださいね。と、マックスに伝えておいてください。と言われて、わかりました。何が何でもたたき起こしておきます。とにっこりした。



超がつくほど高いだろう特等席が三つ用意してあって、思わず頬を引きつらせた。けれど、ベアトリクスが、主催者側の用意した席なんですから、お金はかかってないでしょう、と呟いたおかげで、ああ、そうか。とやっと座れて。
「うわー椅子ふかふか。寝そう。」
「寝ない!」
たたき起こすわよ、と拳を握ったら、寝ません!と首をすくめていた。
ため息をついて、逆側を振り返る。
「ベアトリクス、見づらかったら、膝の上来る?」
幼いベアトリクスには、少しつらいだろう。でも、と困った表情になる彼女に、大丈夫よ、だって私達しか見てないんだから。と笑う。三人だけの特等席。
「ほら。」
両手を広げると、はい、と飛び込んできた。
当たり前だけど赤ちゃんのころよりは重くなった体を、抱きしめて、座る。
「そろそろ時間?」
「うん。」
確認したところで、ちょうど、コンサートが始まった。


オーストリアさんと一緒に、コンサートには何度も来たことがある。
その中でも、一番すごい、と思ったコンサートだった。…当たり前か。だって指揮をしているのはあのオーストリアさん。誰よりも音楽を愛する人。後姿を見ながら、やはりこの人はすごい、と思った

「…お父様かっこいいです…。」
「うん。かっこいい。」
目をきらきらさせるベアトリクスとマックスに、そうね、と呟いて。
時間が経つのは早いもので、あと一曲を残すだけとなった。
そこで、突然、指揮台を降りたオーストリアさんが、マイクを受け取った。
「なんだろ?」
「さあ…。」
首をかしげて、舞台を見る。
まっすぐ、彼と目が合った、気がした。
『次の曲を。…私の、愛しい家族に捧げます。』
「え、」
柔らかく、優しく。彼は、まっすぐにこっちを見て、微笑んで。また指揮台に上がった。

少しの間。
奏でだしたのは、祈りの歌。平和を、祈る歌だ。
優しく、美しいメロディーに、思わず聞き入って。

「…お母様、泣いてるんですか?」
ベアトリクスに、頬を拭われるまで、自分が泣いていることにすら気づけなかった。


待ち合わせ場所で、彼を待つ。このまま、各国参加のクリスマスパーティに出席するためだ。
「…あ!来た!」
ベンチに登っていたマックスの言葉に、顔を上げる。すみません、遅くなりました、と、すぐに燕尾服の上にコートを羽織ったオーストリアさんがやってきて。
何も言えなくなって、ただただ、抱きついた。
「え、あの、ハンガリー?」
「さっきからずっとこの調子なんだ。」
「ご心配なさらず。感動、されてるんだと、思いますわ。」
子供達の声が聞こえるけれど、本当に、何も言えなくて。涙をこらえることしかできなくて、オーストリアさんの胸に、きゅ、としがみついた。

「…ハンガリー。」
優しく呼ばれて、髪を撫でられて、やっと。
「…ありがとう、ございます…。」
そう、告げることができた。声裏返ってたけど。泣き笑いみたいな変な顔だったけど、それでも。
オーストリアさんは、小さく笑って、Frohe Weihnachten.と言ってくれた。
「…はい。メリークリスマス。」
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス。…素敵なプレゼントでしたわ。お父様。」
駆け寄ってきた子供達を、ぎゅうう、と抱き寄せる。
「行けますか、ハンガリー?」
「…はい。もう大丈夫です!」
にこ、と笑って、さあ、パーティに行こうか。と腕の中の子供達に笑った。

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さらわれました。なんて、一生の不覚だわ、と目を覚ましたエリは小さく唇を噛んだ。
「姉さん、無事?」
「悔しい〜!」
「…元気そうで何より。」
後ろに縛られたケイの声を聞きながらそっちもね、と呟いて、腕を動かす。…ダメだ。ほどけそうもない。

「あーもう…」
悔しいわ。これでパーティー遅刻とかしたら、もうどうしてやろうかしら。
ぶつぶつ呟いていたら、大丈夫だよ姉さんと言われる。
「だって、僕たちには最強のボディガードが二人もいるんだから。」
「だから二人の手を煩わせるのが嫌なの!」
くそう、クリスマスラブラブ夫婦作戦が台無しよ、と嘆いたら、苦笑された。

「…ああほら、そうこう言ってるうちに。」
ケイの声に、耳を澄ます。聞いたことない罵声と、どかばき、と、音。
「来た?」
「みたい。」
足音もしなかったのに、突然がちゃん、とドアが開いた。
「エリ、ケイ!」
見慣れた黒髪黒目の人影に、ママ!と呼ぶ。棒らしきものをを抱えたママが、すぐスーツの懐からナイフを出した。
「遅くなってすみません。ケガしてませんか?」
「はい。」
「平気よ、ママ。」
答えて、すぐにナイフで縄を切ってもらう。あーあ、痕になってる。ため息をつきながら、ママに手を引かれて立ち上がる。

「もう少しだけここにいてください。くれぐれも気をつけるように。」
置いていた棒らしきものーもとい、竹刀を拾い上げたママの目が爛々と輝いているのを見て、あーあ、誘拐犯の人たちかわいそう、と思いながらはぁい、と答える。
途端に駆け出すママ。相変わらず足音はたてない。
追いかけて、ドアから外をのぞく。

パパが大立ち回りをしている。多勢に無勢、だけれど、パパが負けるわけもなく、誘拐犯より凶悪に楽しそうに笑いながら伸していた。その実力の差は、圧倒的。
「私の分も残しといてくださいよ、イギリスさん!」
「OK!暴れるぞ日本!」
「はい!」
そこに竹刀を抱えたママが参加して、まあ、戦局なんか、私たちを誘拐した時点で決定してるんだけど。
「たーのしそう。」
息ぴったり。と呟いて、ながめる。パパの背中を狙おうとしたやつをママが一閃で倒し、そのママを横から捕まえようとした輩の頭にパパの回し蹴りが決まる。

「やっぱ最強よね!」
うちのパパとママは、と笑ったら、向こうにとっては最凶だと思うよ、とケイが呆れたように呟いた。

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アメリカ主催のクリスマスパーティー。
例年賑やかなそれが、今年は特に賑やかだった。

「Hey,Everybody!Merry Christmas!みんな元気かい!」
赤いサンタクロースの格好に大きな髭までつけたアメリカが笑う。
「あ、アメリカのおっちゃん、」
小さくルキーノが言った途端、ぴたり、と笑うのをやめて、ルキーノのもとに走って、頭をぐりぐり。

「いたたたたた痛い痛い!」
「んー?俺は永遠の19歳なんだけどなー?なんか言ったかなー?」
「ごめんなさいごめんなさいお兄さん!お兄さんですアメリカのお兄さん!」
「そうだよなー!」
にこ、と笑ってルキーノの肩に手を回す。兄と弟(今は妹)に相次いで子供ができて、急に叔父になったことをちょっと気にしているのだ。

「みんなー!楽しんでいってくれよ。今日はブレイコウだからなー」
あなたはいつでも無礼講でしょうと、小さく義姉が呟いたのが、聞こえるわけもなく。
アメリカは楽しそうに笑った。

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Merry Christmas!とやってきたアメリカサンタに、わあ、と双子が駆け寄った。
「ほら、サラ!プレゼント。言ってた望遠用レンズ。」
「きゃああありがとう〜!アメリカさん大好き!」
ぎゅ、と抱きついたサラににこにこしながら、どういたしまして、と答える。
「かっこいい俺をたくさん撮ってくれよ!」
「もちろん!」
「それと、こっちは、リリーに。」
小さな包みに、ありがとう、とお礼を言う。
「けど、本当にこれでよかったのかい?」
あの山プレゼントしたのに、というなんともまあ大きな話をする叔父に、リリーは曖昧に笑って。

「だから!そんなものもらったって困るんだってば!」
兄の大きすぎる話をすんでのところで止めたカナダは、えーなんでだい?あって困るもんじゃないだろ、だから困るって言ってるじゃないか、とまったく話を聞いていない彼にため息をついて。

うきうきしているサラに、なかなか強力なスポンサーを手に入れたな、とフランスが苦笑した。
「あら。カメラマンには、必要なことよ?」
にこ、と笑ってみせた娘の行く末をちょっと恐ろしく思って。
「…リリーは何をもらったんだ?」
「サバイバルナイフ。」

さすがに山もらうわけにいかないから、と苦笑したアウトドア好きな息子に、だな。と笑って。
「ああ!じゃあ滝にするかい?」
「そーいう問題じゃないんだってば!」
困り果てた声を上げた妻の加勢に行くことにした。


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「…平和ですねぇ」
「そうだな。」
仕事の話を少しだけして、周りの喧噪を眺めた。
笑いながら話しているもの。ぎゃいぎゃいと言い合いするもの。きゃあ、と声を上げて走り回る子供達。
…平和でなければ、見ることのできない光景。

「朝目覚めて、おはよう、父さん、と呼ばれる度に未だに夢なんじゃないかと思ってしまうんですよ。」
実は。そう笑うオーストリアに、…俺も、たまにそう思う。と苦笑した。戦争があった。戦わないと生きられない時代があった。
それから考えたら、今の状態は本当に幸せだ。愛しい人と結婚して。一緒に暮らして。毎日、おはようとおやすみを交わして。

「…まあ細かい問題はあるんですけどね」
目の前をルキーノとともに駆けていった息子にオーストリアはため息。マナーというものをたたき込み直した方がいいですかねぇ、とぼやく。苦笑して、いいんじゃないか。人とのつきあい方を知ってるのは大事だぞ、と言ってやる。ドイツもオーストリアも、それに困ってきたくちだ。
「そういう意味では、ガブリエルが心配ですか?」
「…いやあいつがな…」
微妙そうな顔をすると、どうかしました?と声がかかって。
「…最近イタリア男だということを実感するというかなんというか…」
女性に対する態度がな、とため息。
「将来が末恐ろしいよ」
「将来、ですか…」
小さく、呟いて。オーストリアは、額に手を当てて深くため息。

「どうした?」
「いえ…いつか、ベアトリクスが嫁に行ってしまう日が来るのかと思うと…」
「うっ…言うな、俺も考えないようにしてるんだ…」
愛くるしい娘を持つ父親二人は、同時にため息をついた。


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