「…わかった。責任はとる。」 結婚しよう、日本。 そう言われて、言葉の意味が分からなくなった。 女の子に変えられて、戻れなくなった、という事態だけでも大パニックなのに、その上、皆さんがいる前でプロポーズ。もうどうしていいのかわからなくなって、とっさに逃げ出してしまった。 部屋に入って、扉を閉めて鍵を閉める。 それから、扉にもたれたままずるずると座り込んだ。 …今、今。一体何が起こった?結婚しよう?誰が?誰と? 「…私が?イギリスさんと…?」 そんな、だって。私たちの間にはそんなことはないと思っていた。遠いし、文化も全然違う。それに男同士だし。…ああ今はそれは違うのか。でも。だけど。 そうだ。彼は、責任をとると言った。それなら、あの言葉は、『責任をとる』ためのもの…? わからない、なにがどうなっているのか、さっぱりわからない。 「私は…どうしたらいいんでしょう…」 小さく呟いて、膝に顔を埋めた。 しばらくして、ノックの音がした。日本、とかけられる声に、体が強ばる。イギリスさんだ。 「さっきは、…その、すまなかった。突然。」 何も言えないでいると、開けなくていいから、聞いてくれないか、と静かな声。 「…突然、に感じるかもしれない。でも、ずっと考えていたことなんだ。」 日本と結婚したいって。 「もちろん、今までの関係に不満があったとかそういうことじゃない。…ただ、そうだな、証が欲しかった。結婚っていう、証が。マリッジリング、でも、写真一枚でもいいから、日本は俺のだって、みんなに言える証が。」 あかし。声にならない声で呟く。そんなのがないと不安なんて、情けない話だけど。そう言う彼に首を横に振った。見えないとわかっていたけれど。 「…なぁ、日本。もし、おまえさえいいって言ってくれるなら。」 結婚しよう。…二人で暮らそう。きっと楽しい。それで、いつか、子供、とか生まれて、いや、そうでなくても。 答えられなかった。何も言えなかった。 涙がこぼれてこぼれて止まらなくて、声が出ないからだ! 胸がいっぱいで息が苦しい。ああ、こんなに、苦しいくらいにうれしいなんて! 嗚咽を必死でこらえていると、話は、これだけだ、ごめん、とイギリスさんが歩き出す気配がした。慌てて立ち上がり、扉を開けようとして、ああもう鍵が面倒くさい! 扉を開け放ち、驚いた顔をしているイギリスさんの胸に飛び込んだ。 離さないようにしがみついて、必死で嗚咽を耐え、口を開く。 ひとつだけ。たったひとつだけ。聞いておきたいことが、あった。 「…私、で。いいん、ですか…?」 不安になりながら、それでも尋ねる。それだけ、聞いておきたかった。 彼は、当たり前だ。おまえ以外と結婚する気なんかない。と言って抱きしめて余計に私を泣かせて。 「…日本、」 結婚、しよう。 そう言われて、まだ涙の止まらないひどい顔で、それでも少しでもよく見せようと、笑って、一度だけ、うなずいた。 戻る . 純白、という色の美しさは、知っているつもりだった。 日本の、綺麗さも、わかっているつもりだった。 なら…あれは、何だ? 国柄上、人間でないやつらとも仲がいい俺は、いろいろ神聖なものだって神秘的なものだって見てきた。なのに。 そんなもの及びもつかないくらい、純白のドレスに身を包んだ日本は美しかった。 呆然と立ちすくんでいると、くす、と笑われた。 「なんて顔してるんですか、イギリスさん。」 鮮やかな紅の唇が笑みの形をつくる。 美しかった。誰よりも! 「いや…見惚れてた。」 正直に言うと、さ、と頬に朱が走る。 「もう…」 急にそんなこと言わないでくださいよ、と言う日本が、愛しくて仕方ない! セットされた髪や服に注意しながら、後ろから抱きしめる。 「…ほんとに、綺麗だ。」 「…イギリスさん、ほんとに私でいいんですか?」 そんなことを言うから、当たり前だろ!と鏡越しに日本を見た。 白と黒のコントラストが、眩しい。 「日本が、いいんだ。」 「…はい。」 うれしそうに頬を緩めた日本に、小さく笑って見せた。 彼女の唇に誓いのキスをするとき、その美しさに泣きそうになってしまったこと以外、実はあまり覚えていない。 あとは、日本が投げたブーケが、すとんとカナダの腕の中に入って、隣にいたフランスの野郎と目があってしまったくらいしか。 戻る . 「どうしましょうイギリスさん。」 「どうした?」 「妊娠5ヶ月だそうです。」 ためらうと絶対言えなくなりそうだったので、一気に言ってしまった。 そうしたら、イギリスさんはぴし、と固まって。 「…何?」 「妊娠。…子供ができたみたいですよ」 ここに、とおなかを押さえると、イギリスさんは目を見開いて、それからばん、と机をたたいて立ち上がった。 「ほ、ほんとうか!?」 「はい。」 ひゃあ、と声が上がった。聞いたことのない高い声に小さく笑っていると、机を乗り越えたイギリスさんに抱きしめられた。 「日本!」 はい、と返事をするが、ただ強く抱きしめられて。 はあぁ、と感嘆のため息を耳元に感じて、やっと、ようやっと、妊娠を告げられたときに忘れてきた感情が戻ってきた。 子供、がいる。イギリスさんとの子供が。 奇声を上げそうになって必死に耐えて、ぎゅう、と抱きついた。うれしい。うれしいうれしい!子供、だって。この人と私の、子供ができたって! すり寄ると、つむじにキス。 「何でもするから。だから、何でも言ってくれ。」 できることなんかあんまりないかもしれないが、と言われて、小さく笑い、ああでも、料理だけは勘弁してもらいたいなとこっそり思った。 戻る . 「帰る」 「帰るな!」 肩をつかまれ、ちくしょお!と叫んだ。 「家帰って日本のそばいたいのに何でおまえと仕事なんだよ馬鹿!」 「仕方ないだろうが俺だってイヤだ!ああ…カナダといちゃいちゃしたい…」 ぐったり、と机につっぷす大の大人が二人。 まあ、どうしようもないこと、というのは、生きていれば必ずあるものだ。 「くそ…帰りたい…」 ぼやきながら、回ってくる書類をチェックし、サインしていく。 「俺だって帰りたいよ…なんでおまえなんかの顔見てなきゃいけないんだ…」 「それはこっちのセリフだ!」 思わず立ち上がって向かいに座るフランスに怒鳴ると、あーあーはいはいそんなことしてる暇あったら手動かせ、と呆れた声。 悔しいが、さっさと終わらせたいのはこっちも同じなので、舌打ちして、がたん、と座り直す。 かりかりかり、とペンを動かす音が響いて。 「そういや、そろそろだよな?出産予定日」 「…今日だよ」 「きょ…っ!?」 がたん、と今度はフランスが立ち上がった。 「おまえこんなとこで何やってるんだ!」 「うっせーな仕事だよ見りゃわかんだろ!」 しかも、今日の日付変わるまで、が期限の、だ。 だから、こんな大事な日にもかかわらず、大嫌いなフランスの野郎とこうやって顔をつきあわせているのだ。 「…くそ、」 帰りたい。日本のそばについていてやりたい。できることなんてないってわかってるけど、でも。 「ほらよ。」 一枚、また書類を渡された。ひったくるようにとって、内容に目を通す。 「それが最後な」 「は?」 まだ半分ちょいくらいしか終わっていないのに、変なことを言う。頭沸いたか。 「後の書類は、おまえのサインいらないから。…さっさと帰れ。目の前でいらつかれると邪魔だ。」 やれやれ仕方ない奴だなあみたいな顔をしているのが非常にムカつくが、その申し出は本当に助かった。 ほら!とサインした書類を突き返して、立ち上がる。 早く早く、一刻でも早く、日本の元へ。 「お礼は日本のちゅーでいいからな〜」 「誰がさせるか!!」 胸の中に、小さな命を抱かせてもらった。 泣いていた声が、止む。 小さい。…本当に、小さい。 けれど、動いている。生きている! 感極まってしまった。視界が潤んで、涙が頬を伝う。 声を殺して、きっとひどいことになっている顔を伏せる。すると、近くからずび、と鼻をすする音がして、驚いて顔を上げた。 すぐそばにいたイギリスさんも、泣いているようで。 じっと見上げると、な、泣いてなんかないからな!と主張された。 「…イギリスさん」 「なんだよ!」 「目が真っ赤です。」 指摘すると、慌てて向こうを向いた。その様子がおかしくて、何だか笑ってしまう。 「お、おかしいか!?」 「いいえ、…いいえ。」 そう答えた。だって、私とこの人の子供が、赤ちゃんが、ここにいるのだから! 「…あなたと私の、娘、ですね。」 女の子だった。きっと、イギリスさんに似るだろうな。そう思う。想像でしかないのだけれど。 「名前、イギリスさんが決めてください。」 「え。」 「毎晩考えてたでしょう?」 知らないとでも思ってたんですか?苦笑すると、かあ、と真っ赤になってしまった。夜中まで起きて、何を書いてるのかなと気になったから、こっそり机をのぞいてみたのだ。 そうしたら山のように名前の書かれた紙がたくさんでてきたのだ! 「や、だって、その…」 うろうろと視線を動かす彼に、笑ってみせる。 「…エリ、は、どうだ?」 おそるおそる言われたのが意外と日本名で驚いていたら、いやその。両方の国で名前として通じるように、と、彼らしい言葉。 「…いい名前ですね」 「そ、そうか?」 はい、とうなずいて、そっと名前を呼んだ。 「エリ」 彼女は、応えるように少しだけ動いた。 この子の未来が、光に満ちていますように。そっと、祈る。 戻る |