夕立で濡れちゃったほたる
07/26/00


 わたくしがその山深い過疎の村を訪れたのは、美しい蝶を採集するためだった。
 沢には理想的な風が吹き、早朝から夕暮れまで時間を追って様々な蝶、アゲハ、ヤンマ、
川トンボ…がわたくしの眼前に現れた。わたくしは狂喜してその村で日を過ごした。
 あれは滞在三日目の午後であったろうか。ふと日が陰ったことに気付いて顔をあげると、
空を暗く覆ってきているのはまぎれもなく雄大積雲の巨大な底面であった。谷の向こうから
は雷鳴も聞こえ始めていた。
「これはいけない」
 急に湿り気を帯びてきた風に追われるようにわたくしは沢から林道へとはい登った。
谷川にかかる小さな橋のたもとに町営バスの古びた待合所があったのを覚えていたからで
ある。
 沛然…わたくしが待合所の入ると同時に激しい雨が地面を叩いた。雨の降り始めに独特の
埃っぽい空気がわたくしを包んだ。
 小さな古ぼけたバス停。一日2往復しかないバスをもう長いこと待ち続けてきたその暗い
小屋は妙な落ちつきをわたくしに与えてくれた。わたくしは壊れかけた作りつけの固い
ベンチの一番奥に横たわるとヤッケを頭からかぶった。
 雨音と瀬音…水の音を聞きながらわたくしはいつしかまどろんだようだった。

 その少女がいつ入ってきたのか、わたくしはうかつにも気付かなかった。
 おそらくは夏の間を農家を借りて別荘の替わりに過ごしているのであろう、この村には
およそ似つかわしくないタイプの少女であった。
 清楚な白いセーラー服は激しい夕立ですっかり濡れそぼっており、身につけた下着の線
がはっきりと浮き出ているのが見て取れた。
 少女は奥まった暗がりでヤッケをかぶっているわたくしに気付いていない様子であった。
 わたくしも思わず声をかけそびれ、そのまま息を殺しているしかなかった。
「濡れちゃった…」
 天使のような声であった。
 少女はちょっとはにかんだような表情を浮かべると濡れてぺったりと足に張り付いたスカート
をちょっと捲りあげるようにした。
 スカートの裾から覗いた太ももの白さがわたくしの眼を射った。わたくしは自分が自分で
無くなった気がした。

 わたくしはまだ夢の中にいたのかも知れない…
『美しい…』
 わたくしは自分がここを訪れた目的を改めて反芻していた。
『そう、美しい…美しい蝶を採集するため…ウツクシイ、チョウヲ…』
 わたくしはゆっくりと身を起こした。美しい獲物を手にするために。