『注文の多い水晶宮』  はるかとほたるがすっかりセーラー戦士のかたちをして、ぴかぴかする 鎌と剣を持って、クリスタルパレスの裏手にある深い森の、木の葉のかさ かさしたとこをこんなことを言いながら歩いておりました。 「ぜんたい、キングエンディミオンも偉いお方だ。こうしてボクたちみた  いな外勤の戦士を水晶宮にお招き下さるなんて」 「そうですね。少し緊張しますけれど」 「でもさ、今週はクイーンが恒例の月詣ででお留守だからね、いつもほど  堅苦しくなくてそれも悪くない」  ふたりは森の中の一軒の西洋造りの家の前に立ちました。玄関には   『燕尾軒』 という札が出ていました。 「ここだね、入ろう」 「立派な家ですね。キングのご趣味でしょうか」  玄関の脇に札があります。 『本日はようこそおいで下さいました。  注文が多いでしょうがどうかいちいちこらえてください』 「あはは、これはアルテミスの字だな」 「キングにお会いするのに注文ってなんでしょう」 「キングの晩餐会だから料理の注文が多いってことかな?」  玄関を入ると廊下になっていて、また扉があります。  戸の内側にこんなことが書いてあります。 『鎌や剣などの武器はここへ置いて下さい』 「そうか、キングとお食事を共にするのに武器もないもんだ」 「失礼にあたりますね」  ふたりは鎌と剣をそこに立てかけて先へ進みます。  廊下の先にはまた扉があります。そこには 『ここで変身を解いて変身ペンを置いて下さい』 と書いてあります。ふたりは首をひねりました。 「これはどうしたことだろう」 「どうしましょう」  ふたりが躊躇していると扉の文字がかわりました。そこには 『キングは今日は地球人としてのふれあいをお望みです』 と書いてありました。 「・・・そうか、なるほど」 「深いお考えがあったんですね」  ふたりは変身を解き、変身ペンをそこにある箱に入れて鍵をかけました。 「でもそれならおしゃれしてくればよかった」  普段着のほたるとはるかに戻ったふたりは静かな長い廊下を歩いているう ちにまた不安になってきました。 「・・・ねえ、はるかパパ、なんだか去年わたしとせつなママがへんな朝顔  に襲われたときと状況が似てる気がするの」 「は、はは、ま、まさか。まさか・・・」  はるかは「まさか、みちるがボクを売るわけが・・・」という言葉を飲み 込みました。  つぎの扉を開けるととてもよい香りが立ちこめています。 『どうぞ深呼吸でリラックスしてください』 と書いてあります。ふたりは言われるままに深呼吸をしました。  そしてつぎの扉をあけると、小さなビンがあり、こう書いてあります。 『深呼吸は十分にされましたか。念のためこの香水をたっぷりつけて下さい。  特に耳の後ろ、首筋には念入りにつけて下さい』  その香水は前の部屋と同じ香りでした。 「・・・キングがこの香りをお好きなのかしら・・・」 「・・・」  やはりふたりは言われるままに香水をつけました。  その香りに包まれて廊下を歩いていくとほたるはなんだか息が少しあがっ てきた感じがしました。運動もしてないのに変だな、とはるかを見るとはる かの顔も少し上気して見えます。 「はるかパパ・・・」 「・・・この香り・・・どこかで・・・」  はるかはなにか少し考えています。  ふたりは酔ったような少しふらつく足どりでつぎの扉にたどり着きました。  分厚い頑丈な扉です。開けて中にはいるとそこは小さな部屋で、反対側には 小さな扉がふたつついています。部屋の中には札があって、金色の文字で 『いろいろ注文が多くてうるさかったでしょうお気の毒でした。  もうこれだけです。  おひとりずつここで服を脱いで別の部屋へお入りください。』 と書いてあります。  やっとふたりは「地球人としてのふれあい」の意味に気がつきました。  ほたるは震えてはるかの背中にしがみつきます。 「そうか、あの香り・・・」  たしか太古の地球国に伝わり、最近では復活したクインベリルが愛用して いたという興奮剤の一種・・・。 「ほたる、出るんだ」  ところが入ってきた扉はもう一分も動きませんでした。  はるかはほたるをかばう形で部屋のすみに身を寄せました。  となりの部屋ではこんなことを言っています。 「ほら気がついたよ。アルテミスの書き方が悪いんだ。服を脱いでなんて  書くからバレちゃったじゃないか」 「だったら衛が書けばいいんだ。ぼくは人間の服の脱がせ方にあんまり慣れ  てないから・・・」  けんかをする衛とアルテミスに後ろから忠告するものがいます。 「ほら、どっちでもいいじゃない。どうせ逃げられないんだから。もうあれ  だけあの薬を吸ったら時間の問題よ」 「でも、やっぱりちょっとコワいな」 「ふふふ、思い出してよ、なんの為のこの部屋の仕掛よ」 「あ、そうか。さすが」  はるかとほたるは、部屋がなんだか暑くなったのに気がつきました。蒸気 が部屋の隅から湧いてきてあっという間に部屋を満たしていきます。  ここでふたりはその部屋がサウナと同じ構造になっていることに気がつき ました。  さすがのはるかも青ざめました。 「しまった、ハメられたぞ」 「はるかパパ!」  ふたりはみるみる汗だくになっていきます。  隣で覗いている一味は大喜びです。 「ほらほら、これだけ血行がよくなれば薬もどんどん効いてくる」 「ふふふ、それにね、すぐに気づくわ。なんでサウナって100度になっても 裸なら大丈夫なのか。それはね、皮膚のまわりに汗の被膜ができて守っている からよ。ヘタに服を着ていれば反対に蒸気でヤケドしかねないのよ」 「と、いうことは!」 「自分で脱いでくれるっ!」  室温は80度を越えました。汗でへばりついた服がたまらなく熱く感じられ ます。 「ほたる、しかたない、服を脱ぐんだ」 「ええっ!」 「はやく!」  ふたりは服を脱ぎ始めました。  でも熱気と薬の作用で意識はもうろうです。 「ほら、脱ぎ終わった時分でバタンキューよ」 「うううっ、さすがはネプチューン、見事な計算だ」 「さて、支払いも計算通りですわね。毎度どうも。じゃあね」  はるかとほたるは膝を屈しました。もう立てそうにありません。息が荒く 喉が乾き、でも目は潤んで身体が熱くなにも考えられません。  その時です。  入り口の扉が勢い良くあき、クイーンセレニティと月の猫ルナが飛び込んで きました。 「ちょっとまもちゃん!」 「アルテミスーっ! なにやってるのよ!」  ふたりはつぎの扉を突き破って飛んでいきました。つぎの部屋の暗闇の中で 「にゃあお、くわあ、ごろごろ」 という声がしてそれからがさがさ鳴りました。  家は煙のように消え、ふたりは裸で草の中に座り込んでいました。  そして後ろからは 「ほたるぅ、はるかさあん」 とせつなが呼ぶ声がします。  ふたりはやっと安心しました。  そして汗でぐっしょり濡れた服をよろよろと着ると、せつなの車で帰り ました。  しかしさっき熱くなってしまった身体はちょっと手当するまで治りません でした。  おわり